近未来なのにハイテク機器は登場せず 「Arc アーク」石川慶監督、こだわりの美術
2021年6月30日 14:00

「愚行録」「蜜蜂と遠雷」の石川慶監督が、SF作家ケン・リュウの傑作短篇小説を映画化した「Arc アーク」(公開中)。そう遠くない未来を舞台に、“永遠の若さ”を手にしたリナ(芳根京子)を主人公にした本作では、世界観を作り上げる美術も重要な要素の一つ。「SFはビジュアルが命!」と語る石川監督こだわりの美術を紹介する。
石川監督が徹底的にこだわったのは、未来が舞台にも関わらず、携帯電話・パソコン・キーボードといったハイテク機器を一切登場させないことだった。日々アップデートされ、流行り廃りによって形が変化し続けるガジェット機器は、どうしても時代を感じさせてしまう。そこで、石川監督は「50年、100年と生き残ってきたデザインや素材がある。ならば、それはこの先の50年、100年も残り続けるだろう」という考えから、どの時代にも変わらずに身近にある木材や紙を使って装飾し、不老化処置を行う施術台も木製で作り上げた。

そのこだわりはロケ地にも表れており、日本を代表する建築家である丹下健三が手掛け、約60年前の竣工から今も現役そのままの香川県庁東館で大胆にロケを敢行。不老化処置を受けなかった人々の居場所を作るシーンは小豆島で撮影を行い、モノクロの映像も相まって、無国籍感漂う幻想的な雰囲気を作り出した。
映像化するうえで一番の難所は、原作では「操り人形風」と表現され、読者それぞれの想像力に任されていた「ボディワークス」と「プラスティネーション」の映像化だった。遺体を美しいまま保存する施術「プラスティネーション」、そしてそのための作業「ボディワークス」のビジュアルに頭を悩ませた石川監督の目に偶然入ったのは、以前から親交のあったデザイナー、美術作家の寺山紀彦の作品。ドライフラワーや枯葉が無数の細いピアノ線のような糸につるされている構図から「植物のような有機物が無機物のピアノ線によって留められているイメージを人間に置き換えたらどうだろうか」(石川監督)と直感的に発想が膨らんだ。
「ボディワークス」のポージングについて、石川監督は「あれやこれやと美術部スタッフたちが遺体役の方につながれたストリングスを引っ張りながら、ボディワークスの腕や足の位置を決めていたんです。この様子を少し遠いところから眺めていて『これだ!』と思いました」と振り返る。

偶然から生まれた“紐を引っ張る”動きに“舞”の要素を組み合わせることで、リナやエマの動きに呼応して、滑車を経由してストリングスの先につながった遺体が動く操り人形風の装置を使ったシーンが完成した。
「プラスティネーション」の映像を観た原作者のリュウは「これこそ小説では表現し得ない映画の魔法! フィルムメーカーたちの織りなす、振付・演技・カメラワーク・小道具・照明・衣裳、そして演出が渾然一体となり、直接的に視覚に働きかけ、文字通り物語に『生命』をもたらしている」と絶賛している。
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