【特別インタビュー】エミリー・ブラントが説く、夫ジョン・クラシンスキーと仕事を共にする意義
2021年6月17日 13:00
私生活のカップルが映画でカップルを演じると、ろくなことがない。
ハリウッドでは、長い間、まことしやかにそんな“伝説”がささやかれてきた。実際、6000万ドルの予算で作られたウォーレン・ベイティとアネット・ベニングが主演した「めぐり逢い」(1994)の北米興収はわずか1800万ドルにとどまったし、アンジェリーナ・ジョリーとブラッド・ピットが夫婦を演じた「白い帽子の女」(2015)に至っては、製作費1000万ドルに対し、北米興収は53万ドルだ。トップ中のトップのスターが出ているのにもかかわらず、観客はこれらの映画に完全にそっぽを向いたのである。
だが、エミリー・ブラントとジョン・クラシンスキー夫妻は、あえてそこに挑戦し、見事なほどにその常識を打ち破って見せた。クラシンスキーが監督と共同脚本家を務め、ブラントと共に夫婦役で出演もした「クワイエット・プレイス」(18)は、1700万ドルの予算で製作され、北米で1億5200万ドル、全世界で3億4000万ドルを売り上げる大ヒットとなったのである。批評家の評価も高く、ブラントはこの映画で映画俳優組合賞(SAG)の主演女優賞を受賞した。ホラーというジャンルは投票者に偏見をもたれて賞をもらう上で不利になりがちなことを考えれば、とりわけすばらしい快挙だ。(取材・文/猿渡由紀)
ブラントとクラシンスキーは、その一連の経験を、貴重で特別な思い出として取っておこうと決めていた。ひとつ映画がヒットしたらスタジオは必ず続編を作りたがるものだが、夫妻はひたすら「ノー」と言い続けたのである。
「同じことはもう起こり得ない。だから私たちは次を作りたくなかったの。『ジャングル・クルーズ』(7月29日公開)の撮影をこなしながら、『次は作らない! 絶対にやらない!』と心の中で叫んでいたのを覚えている。でも、スタジオは私たちなしでも次を作ろうとしていたのよ。アイデアを出させるべく、すでに20人くらいライターを集めていたわ。でも、その人たちからなかなか良いアイデアが出てこなかったところへ、ジョンが『もし自分がまた監督するなら、こんな映画にする』と、私にある構想を語ってくれたの。それがすばらしくて、私は『そんな映画なら出たい』と興奮したのよ」。
クラシンスキーが語りたかったのは、“続編”というよりも、1作目の延長のストーリーだ。ふたりの娘をもつクラシンスキーは、「どんなことがあっても自分は子どもたちを守る」という個人的な思いから1作目を書いた。それで、1作目の最後、彼が演じるリーは子どもたちのために自らの命を犠牲にすることになるのである。だが、次を考えるにあたり、クラシンスキーは、子どもはいつか親から巣立っていくのだということに思いをめぐらせた。1作目で父を失ったふたりの子どもは、その後どうするのか? そこに焦点を当てる「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」では、リーガン(ミリセント・シモンズ)とマーカス(ノア・ジュプ)が大きな成長を見せる。クラシンスキーいわく、この2本はいずれも「わが子へのラブレター」なのだ。さらに今作では、いつ、どのようにクリーチャーがやってきたのかの説明もなされる。
「ジョンは、初めてクリーチャーが侵略してきた時の状況はどうだったのだろうかということに興味を持ち、想像をめぐらせていた。それで映画を1日目から始めることにしたのよ。そこだけ時間が後戻りするけれど、そのシーンが終わったら、話はすぐ1作目の最後へと移る。私が演じるエヴリンは、夫を失い、ふたりの子どもと生まれたばかりの赤ちゃんを抱えている。家は焼けてしまって、どこかに行かなければいけない。今まで危険な状況の中でなんとか隠れて生きてきたのに、その場所はなくなってしまった。でも、どこに行けばいいのか? 誰か助けてくれる人はいるのか? それが、今作のエヴリンの状況よ」。
そうやって裸足で旅をするエヴリンらが偶然出会うのが、クリーチャーの到来前から顔馴染みだった男性エメットだ。愛するわが子をなくしてしまった後、エメットは廃工場にひとり隠れて生活していた。エヴリンらに助けを求められて、最初は渋ったが、結果的にこの一家と運命を共にするようになる。クラシンスキーにとって、エメットは「最も楽しんで書いたキャラクター」だという。「危険が迫る状況で誰かに会った時、その人を完全に信頼することは可能なのか」ということを問いかけてくる、現実的なキャラクターだからだ。モラルの曖昧なこの役を演じる俳優に抜擢されたのは、キリアン・マーフィ。
「私とジョンは(Netflixの)『ピーキー・ブラインダー』の大ファン。ある夜、またあのドラマを見ていて、ジョンが『彼こそエメットだ!』と言ったのよ。彼にはちょうどいい感じの存在感とカリスマがある。エメットは、複雑でミステリアスなキャラクター。良い人なのか悪い人なのかわからない。そういう役を演じる上では細かなニュアンスが必要とされる。キリアンはいつもそういうことをやってきた俳優。彼が出演を承諾してくれて、私たちはすごく嬉しかったわ。さらに、彼は1作目を見ていてくれてとても気に入っていたとも言ってくれたの」。
そんなふうに、ブラントは、女優としてだけでなく、多くの側面でこの映画に貢献している。そのことを誰よりも認めるのは、クラシンスキーだ。「女優として彼女に出てもらえるだけで僕は最高にラッキー。それだけじゃなくて、彼女は常に監督、脚本家、プロデューサーの視点からも物事を見るんだよ。普通、役者は自分の演技のことしか考えない。でも彼女は、ひとつのシーンでは多くの人が多くのことをやっていることを常に意識している。彼女は監督、脚本家、プロデューサーとしても絶対に成功するよ。僕がそう言っても、彼女は信じないんだけど」と妻を大絶賛。彼が言う通りブラントは謙虚で、筆者が「いつか自分がジョンを監督する立場になってみたいですか?」と聞いても、ただ笑うだけだ。しかし、監督としての夫をたっぷり褒め返すことはする。
「彼はきっと俳優の演出はうまいだろうとは思っていたわ。でも、ビジュアルやテクニカルなことにおいても優れていたのよ。カメラでどう映像をとらえるかとか、そういうのもほとんどジョンのアイデアなの。彼には自分がどういう映画を作りたいのかが正確に見えているのよ。そういう彼の姿を目の前で見られるのは素敵だったわ。今作で、彼は監督としての手腕をさらに磨くチャンスを得た。今回は規模がずっと大きいし、こちらだけに専念できたのは良かったと思う。彼は現場でエネルギーと勢いがあって、まるでハリケーンのよう(笑)。みんな彼に着いていくのに必死よ。一方で、私は現場ですごく集中していてまじめに見えるらしいわ。自分では意識していないのだけどね。夫婦であっても、一緒に仕事をすると、普段と違う相手の側面を見ることになる。仕事中の相手は、家にいる時とちょっと違うかもしれない。それをお互いに受け入れることが大事。それが鍵だと私は思っている」。
もうひとつ大切なのは、夫婦であってもプロフェッショナルさと礼節を持って挑むことだ。
「私はほかのどの監督と接する時と同じようにジョンに接した。彼も同じよ。だけど、そういうこと以前に、私とジョンは本当に仕事上の相性が良いとも思うの。私たちのコラボレーションは、とても自然なのよ。全然大変じゃない。そのことには自分たちでも驚いているわ」。
ほかのハリウッドのカップルにしたら、なんとも羨ましいこの発言。このミラクルな夫婦は、これからも一緒に名作を生み出し続けるのだろうか。
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