【「ブックセラーズ」評論】この映画に登場する“ブックピープル”の顔は、どれも例外なく美しい
2021年4月18日 20:00
世の中には“書痴”と呼ばれる人種がいる。愛書家などという生易しい形容では決しておさまらない、書物の魔力に憑りつかれ、書物にその生涯を殉じてしまった人々である。「ブックセラーズ」は、世界最大規模のNYブックフェアに参集する古書業者、ブックディーラー、希少本のコレクターたちをスケッチしたドキュメンタリーだが、奇人変人と見紛うような、愛すべき書痴たちが次々に登場し、彼らがあたかも恋人を語るような口吻で書物を称揚する際の、至福に満ちた表情を眺めているだけで、まったく飽くことがない。
実際、たとえばアメリカで最も影響力のあるブックコレクター、マイケル・ジンマンは次のように語っている。「人と本の関係は恋愛によく似ている。他人には理解できないし、完全に自分だけの喜びだ。妻はこう言った“本が初恋の相手なのね。私は何番目?”。私は20秒ほど考え、“6番目。本で生きる者は本で死ぬ”ってことだな」と。その柔和な笑みを浮かべながら、淡々と語るジンマンの表情が何ともすばらしいのだ。
映画はレオナルド・ダ・ヴィンチの手稿が、1994年、クリスティーズのオークションでビル・ゲイツによって2800万ドルという史上最高額で落札された模様を映しながら、アートと古書の相違をめぐって考察したり、「若草物語」のルイーザ・メイ・オルコットが匿名でパルプ小説を書いていたことを発見した伝説のブックディーラー、ロステンバーグのエピソードなど意想外な話題には事欠かない。NY公共図書館ショーンバーグ黒人文化研究センター所長のケヴィン・ヤングが、「ここにはマルコムXとジェームズ・ボールドウィンのすべての記録がある。ボールドウィンはハーレムで生まれ育ち、ここで読み書きを習ったから里帰りでもあるね」と誇らしげに語っているのは、ひときわ印象に残る。この映画に登場する“ブックピープル”の顔は、どれも例外なく美しい。
かつてヴァルター・ベンヤミンは高名なエッセイ「複製技術時代の芸術作品」のなかで、複製芸術の普及によって、オリジナルな芸術作品のもつ<いま、ここにある>という唯一無二の性格が失われ、アウラ(霊気)の凋落を招いたことを指摘したが、この映画で、愛でるようにキャメラにとらえられた夥しい希少な古書の放つ独特のアウラ、その美しさは、まさに芸術作品と呼ぶほかないだろう。すべての古書好きは必見と断言したい。
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