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ブータン、ネットの普及で変化する幸福の意味、そして現地の映画事情は?「ブータン 山の教室」監督に聞く

2021年4月3日 09:00

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パオ・チョニン・ドルジ監督と映画に出演したペム・ザム
パオ・チョニン・ドルジ監督と映画に出演したペム・ザム

ヒマラヤ山脈の標高4800メートルにある実在の村を舞台に、都会から来た若い教師と村の子どもたちの交流を描いたブータン映画「ブータン 山の教室」が公開された。雄大かつ厳しい自然とともに生きる村人たちの、シンプルな暮らしを美しい映像で描き、人間の幸せとは何かを問いかけたパオ・チョニン・ドルジ監督が作品と現在のブータンについて語った。

携帯電話を片時も手離せない若い教師ウゲンは、ミュージシャンを夢見ていたが、ブータンで最も僻地にあるルナナ村の学校へ赴任するよう言い渡される。1週間以上かけてたどり着いた村には、「勉強したい」と先生の到着を心待ちにする子どもたちがいた。ウゲンは電気もトイレットペーパーもない土地での生活に戸惑いながらも、村の人々と過ごすうちに自分の居場所を見いだしていく。

画像2(C)2019 ALL RIGHTS RESERVED
――この映画を撮ろうと思ったきっかけを教えてください。
ブータンは非常に興味深い状況です。私たちの国は非常に深い精神的な伝統と文化を有する国ですが、同時にもっとモダンになりたい、他の世界に追いつきたいというグローバリゼーションに必死になっています。しかし、伝統的な文化があるという背景のおかげで、色彩豊かな物語が存在します。この映画は現在のブータンだからこそ生まれた物語です。この映画のあらゆるシーンは、私がブータン中を旅した中で集めて来た実話に基づいたものです。
ある先生が、毎日山に行ってヤクの糞を集めるのに疲れてしまったのでヤクを教室の中に飼ったという話をしてくれました。また他の先生は、黒板がないので壁に直接書いたという話をしてくれました。私がこの映画を作りたいと思ったのは、ブータン的な物語を保存したいという気持ちがあり、それを他の世界の人たちに伝え、また将来ブータンの人たちがブータンはこんな生活があったんだということを忘れないために作ろうと考えたのです。
画像3(C)2019 ALL RIGHTS RESERVED
――ブータンとハンガリーの監督が共同で制作したドキュメンタリー「ゲンボとタシの夢見るブータン」(17)の公開時、来日したブータン人のアルム・バッタライ監督から、ブータン国内には映画館も1つしかなく、もちろん映画の学校もないと伺いました。パオ監督はどういったキャリアを経てこの長編を撮ることができたのでしょうか?
アルム・バッタライは私の友達です。今、彼はルナナについてのドキュメンタリーを作っています。アルムや私のような人が、映画館も映画学校もないような国に居て、なぜ映画の仕事をしようと思ったかというと“情熱”があるからです。私は物語を読むのも、語るのも、作り上げるのも好きなんです。どんなメディアでストーリーを語るにしても私は情熱的に独学で学んできました。ストーリーテリングが大好きなのでケンツェ・ノルブ(『ザ・カップ』)の助手になりました。彼はお坊さんです。まずは彼の助監督として映画を学びました。
ブータンには映画館もありませんし、映画産業が全くないような国なのでアルムや私のような監督は国際的な(ブータン国外の)サポートを頼りにしています。日本の配給会社や日本のお客様をはじめ、そういう方達からのサポートや励ましが私たちアーティストにインスピレーションを与えてくれ、また作りたいと思わせてくれるのです。それがないとブータンの映画監督は映画を作れないと思います。
この映画はブータンでも上映され、ブータンで一番人気の映画になりました。他に映画がないので人気になりやすいのです(笑)。ある家族は、東ブータンから西ブータンまでバスに乗って3日間かけて見に来たのです。ちゃんとした映画館ではなく、いわゆるホールのような場所でパソコンとプロジェクターを使って上映しました。駐車場にテントを張ってそこで映画を上映するという監督もいます。(※この映画の舞台になったルナナでは上映されておらず、映画の中の村人たちはまだ映画を見ていないとのこと)
この話はさておき、本作はブータン全体にとって社会的ないいインパクトを与えました。オーストラリアに住んでいるブータン人から映画の感想とともに「ブータンに戻りたい」というメッセージをもらいました。また、教師たちからは、「教えること」にインスピレーションを感じたと。ブータン語で「お話をして」という意味は「編み物をほどいて」と言うのです。つまり結び目を解くと言う意味なのですが、ストーリーを語ることとは、聞いていて楽しい以上に、もっと高い目的があってそれをほどいていくためにストーリーを語るということなのです。ですから、ストーリーテラーというのは、単に話を語るだけではなく、もっと大きな役割「結び目を解かないといけない」のです。商業的な成功も必要かもしれませんが、人々にインスピレーションを与えるという、文化的な役割をしっかりとしていきたいと思います。
画像4(C)2019 ALL RIGHTS RESERVED
――インターネットの普及で、都市部の人は様々な世界の情報に触れられるようになってきたと思います。主人公のように、伝統的な暮らしから離れてきたブータンの若者の変化を教えてください。また、監督自身もブータン人であることを幸福に感じていらっしゃるのでしょうか?
私はブータン人としてとても幸せに思っています。ブータンは仏教の国、また仏教とはカルマなのです。私がブータン人として生まれたのはすごくいいカルマだったと思い、ブータン人であることをとても誇りに思っています。しかし、ブータンは現代化し、インターネットが普及し、テレビも入って、幸福の意味が変わってきました。昔は、例えばこの映画の中の村人のような人たちは満足していました。でも今はもっと多くの若者が、主人公のウゲンのようになっています。やはり、イネットやテレビから入ってくる情報の影響で、ブータンの外に出たいと思っているのです。もちろん現代的になったことで暮らしが楽になったこともたくさんありますが、同時にいろんな問題も起こっていると思います。私は映画監督として伝統や文化の話を描きたい、つまり影の美しさを描きたいのです。
――映画で印象的に使われている、ブータンの民謡について教えてください。
ブータン人は、民謡を歌うのがとても大好きです。全ての状況の場においての歌があります。映画で使った「ヤクに捧げる歌」は、普通ヤクを飼っている人たち、高地に住んでいる人たちが歌う歌です。この歌は彼らが生きている生活、人生の輪を表しています。それは高地の環境に住んでいる人たちが頼りにしている動物たちとの調和でもあります。音楽に関しても若いブータン人は民謡を忘れ始めていて、西洋的な歌に影響を受けています。私はこの歌を使って、若い人たちにこの美しい民謡を忘れないで欲しいと思ったのです。
画像5(C)2019 ALL RIGHTS RESERVED
――映画の中で9歳のペム・ザムが香木を集めるシーンがあり、国歌には白檀が出て来ます。ブータンという国での香木・白檀の意味を教えてください。
歴史的に日本は日出る国として知られています。同様にブータンというのはいろんな名前で知られています。例えば薬草の土地として知られているし、白檀の木の土地として知られています。木々はブータン人にとってとても大切です。今でもブータンの法律にありますが国土の65%は森林のままでなければならないという法律があります。ブータンでは木を切っただけで刑務所に入れられるような国です。それはとても大事だと思いますし、住んでいる国にそれほどの敬意を持っていることも美しいと思います。変わらないで欲しいです。
――今後どのような映画を撮りたいですか?
私はシンプルな映画作家です。これからも感動的で人々に影響を与えるような、同時に人生のシンプルさを伝えるような映画を撮りたいと思っています。今、私の頭の中にいくつかのプロジェクトがありますが、全て本作に似ているシンプルなストーリーで、私たちにそのシンプルさが大事だと伝えていく物語です。
日本の映画作家では、是枝裕和監督の作品に私は影響を受けています。とても美しく、そして人間的です。「そして、父になる。」や「歩いても、歩いても」が好きです。もし私の映画が是枝監督の作品の小さい一部のようになれれば嬉しいです。ブータンの映画産業はとても小さいです。私たちは外国で成功することにかけています。日本で居場所を見つけたことを光栄に思っています。

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