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「ミナリ」は“移民”ではなく“家族”の物語 リー・アイザック・チョン監督が語る人生哲学

2021年3月27日 13:00

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画像1写真:Taylor Jewell/Invision/AP/アフロ

第93回米アカデミー賞では作品賞を含む6部門ノミネートの「ミナリ」(公開中)は、アメリカ南部で農業を営み、ひたむきに生きる韓国系移民一家を描いた感動作だ。監督、脚本を手がけたのは、韓国系アメリカ人のリー・アイザック・チョン。自身の家族をモデルにした自伝的物語でありながら、誰もが共感できる普遍的な物語としてスクリーンに映し出した。

1980年代、農業での成功を目指し、家族を連れてアーカンソー州の高原に移住して来た韓国系移民ジェイコブ。荒れた土地とボロボロのトレーラーハウスを目にした妻モニカは不安を抱くが、しっかり者の長女アンと心臓を患う好奇心旺盛な弟デビッドは、新天地に希望を見いだす。やがて毒舌で破天荒な祖母スンジャも韓国からやってきて、デビッドと奇妙な絆で結ばれていく。しかし、農業が思うようにいかず追い詰められた一家に、思わぬ事態が降りかかる。

画像2Photo by Melissa Lukenbaugh, Courtesy of A24

今作は、第36回サンダンス映画祭でグランプリと観客賞をダブル受賞。それを皮切りに世界中の映画祭の観客賞を総なめにした。移民の物語で描かれがちな人種差別や抑圧、軋轢といったマジョリティからの視線で一家を定義せず、一貫して家族の生活にフォーカスしている。劇中の幼いデビッドにあたる監督が見たのは、人とではなく大地と闘う父の姿であり、大地に寄り添う祖母の姿だった。そしてその2つの姿勢は、人生の哲学に繋がっていく。

なお、タイトルの「ミナリ」は、韓国語で香味野菜の芹という意味。たくましく地に根を張り、2度目の旬がもっともおいしいことから、子ども世代の幸せの為に親世代が懸命に生きるという意味が込められている。(取材・文/編集部)

画像3Photo by Melissa Lukenbaugh, Courtesy of A24

――パーソナルな物語を描きながらも、共感を呼ぶ作品になっています。あらゆる人に響くよう工夫した点はありますか?

共感できる作品になっていると言っていただけてすごく嬉しいです。私の映画作家としての目標は、“みんなが理解できる言葉”を話すことなんです。その“言葉”とは、感情や表情や人生経験だと思っています。私は、多くの人々は似通っていると思っています。もちろん文化の違いがあるのは素晴らしいことなのですが、人間という意味ではそんなに違いはないはずです。パーソナルな物語から始まった映画ではありますが、この物語を通して、できる限り多くの方と繋がりたいと思っていました。自分のためだけに作れば端的なものになってしまうと思ったので、みなさんのための物語として作りました。

――今作の大きなテーマのひとつに“大地”があります。「自然は優しくない」という監督の考えにも感銘を受けましたし、自然を安易に美しいだけのものとして描かなかったことも素晴らしいと思いました。どのような意識を持って脚本を執筆し、演出されたのでしょうか?

そのように言っていただけて本当に嬉しいです。この映画では、大地について大いに語り、一家と大地との闘いもたくさん描いています。私は生態学を学んでいた頃から、人は大地に対して様々な接し方ができると考えていました。例えば今作では、父親と祖母では大地へのアプローチが違うんです。父親は、勤勉にとにかく(農場へ)水を引こうとします。しかし祖母は違います。水辺の方へ行こうとするのです。そして、父親は育ちづらく闘いながら育てるような作物を作ろうとしていますが、祖母は水辺で育ちやすいものを植えるのです。

決して父親を批判しているわけではないのですが、自然と人間との関係、つまり自然の扱い方や、自然への耳の傾け方、自然との呼応を考えて脚本を執筆しようとしたときに、大地への接し方は2通りあると思いました。それはある意味、人生に対するアプローチと非常に似ています。人生もまた、常に闘い、もがきながら生きていく人もいれば、耳を傾けて様々なことを受け入れながら、つまり水辺に行くように生きていく人もいます。人生と大地における哲学は、どういうわけかとても近いものがあるように思います。

画像4Photo by Melissa Lukenbaugh, Courtesy of A24
――監督にとってアーカンソーという土地はどのようなものでしょうか?

8歳の頃に過ごしていた土地が一生絆を感じる土地になると、昔友人に言われたことがあります。その感覚はすごく理解できます。壁にぶつかったと感じるようなときは、農場に行きたくなるんです。農場を歩いて、匂いを嗅ぎたくなるんです。いい匂いであろうが、悪い匂いであろうが、当時と同じ体験がしたくなります。そうすると心が安らぐんです。

――デビッドはおばあちゃんにいたずらをしますが、監督自身もいたずらっ子だったのですか?

デビッドよりはるかにひどかったと思います。レイティングをPG-13にしておきたかったので今作では描いていませんが……(笑)。悪ガキでした。家族への謝罪の為にこの映画を作ったとも言えますね(笑)。

――登場人物のモデルになられたご両親は今作をご覧になられましたか?

見てくれました! 喜んでくれて、非常に誇らしく思ってくれています。

画像5Photo by Melissa Lukenbaugh, Courtesy of A24
――今作の舞台は1980年代ですが、移民の物語は、特に移民大国であるアメリカでは普遍的なテーマといえると思います。ご自身はこのテーマに普遍性を感じますか?

確かにアメリカという国はそういう概念が基礎にあって作られた国だと思います。言い換えれば、それが文化的な意味でのアメリカという国だと思います。ただ、人にはそれぞれ色々な物語があります。まずは、先住民の方々は白人による開拓によって苦しめられました。そして、この国を作ったのは移民だけではなく、別の場所から連れてこられた大勢の奴隷たちでもあります。そのことも忘れてはいけません。

正直、いまのパンデミック下のアメリカを見ていると、この国を支えているのは移民たちと女性たちなのではないかと思います。土地を切り開いて何らかの成功を得るというのは、カルチャー的な意味なんですよね。現実では、私たちを生かして、人間性をもたらしてくれているのは、多くの目に留まらない、見過ごされている人々のような気がします。今作のなかでは、それが祖母のキャラクターです。彼女だけが少し違った現実に目を向けていて、それは愛なのです。だからこそ、この作品のタイトルを「ミナリ」にしました。彼女がこの家族に持ち込んで、大切にしたものであり、究極的にはこの家族に生活の糧を与えてくれたものですから。

画像6Photo by Melissa Lukenbaugh, Courtesy of A24
――今作は、移民の物語でよく描かれる抑圧や苦しみ、またはマジョリティからの視線でこの家族を定義付けていません。そのような要素をなくしてシンプルに描くことを選択した理由を教えて下さい。

今作の脚本を書いているとき、とにかく家族の視点から書きたいと思っていました。僕はアーカンソーで暮らしていた頃、まったくと言っていいほど、白人たちと自分たちとの関係や、どんな風に自分たちが見られているのかということを考えませんでした。育った農場が孤立した場所にあったというのもその理由のひとつかもしれませんが、いつも家族や、日々の生活のことを考えていましたね。その感覚をこの映画でも表現したかったのです。

今作に登場する家族も、お互いのことや、どう生き延びていくのかということに思いが向かっているので、外の世界や、自分たちがどう見られているのかということはあまり考えていません。もちろん家族以外の人々との交流もあり、文化の違いでちょっとした軋轢が生まれるかなとも思えるのですが、それも上手く乗り越えています。そして、それが実際の私の体験です。私たち家族の周りには、本当にポールみたいな人がいて、非常に興味深い友情を育みました。こういったことはアメリカ映画ではあまり描かれません。おっしゃったように、(移民の物語では)人種差別や軋轢が描かれがちなのですが、実際に農場を営んでいるときは、そのコミュニティで多文化的な人たちと人間関係を築いていました。その私の実体験を、この映画ではお見せしたかったのです。

画像7Photo by Melissa Lukenbaugh, Courtesy of A24
――そのような環境で成長され、ご自身のルーツである韓国についてどのような思いがありますか? また、韓国にルーツがあることで映画を作りにくいと感じたことはありますか?

幼い頃、韓国は非常に遠くにある国だと感じていました。しかしそれと同時に、両親からは家のなかは韓国、外に出たらアーカンソーと言われていました。家では韓国語だけを話して、韓国のテレビを見て、韓国料理を食べていました。なので、2つの世界で育った感覚はありました。しかし正直に言うと、韓国系であることよりも田舎育ちであることのほうが、映画作りへの道を遠くしていたように思います。大学に行って初めて、「もしかしたら自分にもできるかもしれない」と思えました。私が通っていた高校から大学に進学する人の割合は10~15%くらいでした。とても小さな学校でしたし、同級生はそのまま農業を営んだり、家族を手伝ったり、大卒である必要のない職業に就く方も多かったんです。でも私のゴールは、若い頃からアーカンソーを出て大きな世界を体験することでした。

韓国という国にはずっと興味を持ち続けていて、大人になる前に2回ほど訪れました。当然ですが、みんな韓国人なので誰にも気が付かれずに歩けるのがすごく楽しくて気に入ったのを覚えていて、いつか住んでみたいと思っていました。それがようやくかなったのはつい最近のことですが……。なので、韓国系であるということでストレスを感じることはなかったです。両親も韓国人であることを誇りに思っていますし、「お前は韓国人なんだ! だからいい成績を取るんだ! 韓国に誇りを持て!」とよく言っていたので(笑)、私も韓国系であるという誇りを持っています。

画像8Photo by Melissa Lukenbaugh, Courtesy of A24
――今作を作るうえで影響を受けた映画監督はいますか?

すぐに思い浮かぶのは、ロベルト・ロッセリーニ監督の「ストロンボリ」と「イタリア旅行」です。この2作品はかなり勉強して臨みました。そして、小津安二郎監督からは元々大きな影響を受けていて、彼は完璧な映画監督だと思います。小津監督以降に“完璧な映画監督”と呼べる人は出てきていないと思っているほど敬愛しています。今作の場合は、映画だけではなく、文学作品で信念が違うたくさんのキャラクターが登場する物語や、自然が舞台になっている作品を読んでインスピレーションを得ました。アントン・チェーホフやウィラ・キャザー、フラナリー・オコナー、フョードル・ドストエフスキーらの作品です。

――いまアメリカ映画界でアジア人監督の活躍が目覚ましいですが、ご自身は映画製作がしやすくなったと感じますか? また、アジア人監督の活躍の理由は何だと思われますか?

確かに、アジア系アメリカ人の映画作家には興味深い時代ですね。観客が、アジアの作品を受け入れるようになってきていると感じます。映画だけではなく、テレビ番組や音楽も、アジア系アメリカ人だけではなくアジアからの作品がメディアでも多く見られるようになってきて、そこで交流が起きているのは面白いです。活躍の理由は分かりませんが、時々インターネットのおかげかなと思ったりもします。Netflixなど、アメリカから他国の作品に簡単にアクセスできる場がたくさんあって、観客がよりオープンな気持ちになっているんじゃなかと思います。これが続くといいですね。私自身は、アジア系の内容が含まれている脚本をこれまでにないほど見ているので、アジア系アメリカ人の映画作家として非常に面白いですね。

画像9Photo by Melissa Lukenbaugh, Courtesy of A24
――映画監督になろうと思ったきっかけを教えて下さい。

実は大学では生態学を学んでいて、医者になる予定でした。しかし、大学の最終年度でアートの単位を取らなくてはならず、面白そうだったので映画製作のクラスを選択しました。それでほれ込んでしまったんです。それまで映画を作ろうと思ったことはなかったのですが、授業を受けたり、外国の作品に初めて触れたり、それに助けられながら映画を作ったりと、そのコンビネーションですっかり目覚めてしまいました。アーカンソーでは触れることのなかった中国、日本、アフリカ、イランと様々な国の映画に触れ、自分もこれをやりたいとほれ込んだのです。

――映画作りにおいて一貫した考えや信念はありますでしょうか?

最近は“人”について考えています。若い頃は、監督するということは思い通りに人を動かすことだと考えていたのですが、監督としての自分が変わったように思います。いまは、人がその人のベストを出せるように手助けするのが監督するということなんじゃないかと思っています。ともにベストのものを出すんです。そうすると仕事が楽しくなるし、報われるし、そういう映画作りをこれからも続けていきたいですね。ひとつのコミュニティとして全員がベストを尽くせるような作品を手掛けていきたいです。

――「君の名は。」のハリウッド版実写化の監督をされますが、いまどのような製作段階でどのようなアプローチをされていますか?

お話できることは少ないのですが、いま脚本を書いているところで、東宝から「アメリカの映画にしていいですよ」と大いに励ましていただきました。それもあって“アメリカ映画”としてアプローチしています。私は新海誠監督と同じように田舎育ちで都会に出て映画監督になったという経験をしているので、映画のなかの新海監督にとって意義深い要素は、私にとっても同じように意義深いものです。この作品も自然や大地に耳を傾けるという要素が重要な物語だと思っています。日本の方にとっても非常に大事な物語ですので、その気持ちを大切にしたいですし、最善を尽くしますので、忍耐強くお待ちいただければ嬉しいです。

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