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【「アイズ ワイド シャット」評論】夫婦の嫉妬をテーマに、観る者の人生観を揺さぶる巨匠の遺作

2020年12月20日 21:00

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撮影中、トラブルは日常茶飯事だった…
撮影中、トラブルは日常茶飯事だった…

原作はオーストリアの医者兼作家だったシュニッツラーが1925年に発表した「夢小説」。フロイトからも評価を得ていた彼は、書き上げた第一稿を寝かせたのちに完成させるスタイルを取っていた。「夢小説」の第一稿は1907年に記されており、そのためか第一次大戦後の経済立て直しが進む発表時の世相とは異なる世界観で、舞台となるウィーンが描かれている。

キューブリックは1972年にはこの原作権を取得、90年代に入ってようやくプロジェクトが動き出すまで、その権利を更新し続けた。その間、監督はあらゆる方向から映像化に向けての分析をしていた。ジャンルはコメディからソフトコア・ポルノまで試行錯誤し、主演にはスティーブ・マーティン夫妻やアレック・ボールドウィンキム・ベイシンガー夫妻(ともに当時)、ウッディ・アレントム・ハンクスビル・マーレイなどがリスト・アップされた。そして監督が選んだのは「7月4日に生まれて」の演技を気に入ったトム・クルーズと、その妻ニコール・キッドマン、ハリウッドを代表するゴールデン・カップルだった。

家族と「2001年宇宙の旅」を観て以来の大ファンだったトム・クルーズはオファーに歓喜し、ヘリコプターを飛ばし憧れのキューブリックの元に駆けつけた。予想外の夫婦共演、厳しい現場で知られる巨匠に対して、ニコールはしばらくはナーバスな気持ちを抱いていたという。2人は1996年11月から撮影に入るが、これは「撮影期間最長の映画」としてギネス記録になる、400日にも及ぶ難事業の始まりだった。夫婦は「この撮影は一体いつ終わるのか」を何度か話し合った。映画の公開から2年後、彼らは離婚した(この共演が原因ではないとニコールは後年にコメント)。

撮影は当初、ロンドン市街にニューヨークを再現する予定で、スタッフが詳細なロケマップを苦労して作り上げたが、結局は英国内のパインウッド・スタジオで大規模なセットが構築された。ハーベイ・カイテルジェニファー・ジェイソン・リーは撮影が進んでいたものの、降板が決定していた。「ダウントン・アビー」でも使われたハイクレア城内のシーンでは、出演する俳優たちが余りの過激さに現場を離脱したりギャラのアップを要求してきた。トラブルは日常茶飯事だった。

生涯で3人の女性と結ばれたキューブリックは、家族に関しても常に深い洞察を巡らせ「シャイニング」のような作品も存在する。そんな彼が男女の愛憎を最後に描いたことは自然な流れに思える。描かれる夢と現実、虚実はシュニッツラーのテーマを乗り越え、原作には無い最後のシーンの強烈な台詞へと収斂されてゆく。その瞬間、驚くか、笑うか、嫌悪するか、あなたの人生観がキューブリックから試されているのかもしれない。

なお、本作にはキューブリックを仕事面、生活面で支えた人物が登場している。1人はレオン・ヴィターリ。屋敷で赤いローブをまとった人物だ。もう1人はエミリオ・ダレッサンドロ。街角の新聞スタンドで店番をする老人の役。彼らの波乱の人生を通して浮かび上がる天才の実像は、それぞれ「キューブリックに魅せられた男」「キューブリックに愛された男」という2本のドキュメンタリー映画になっている。

(本田敬)

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