【「ホモ・サピエンスの涙」評論】そぎ落とされた語り口は、時おりサイレント映画を見ているような錯覚すら抱かせる
2020年11月14日 07:00

これまで「散歩する惑星」(00)、「愛おしき隣人」(07)、「さよなら、人類」(14)と、その極端なまでに切り詰めたミニマリズムの語り口で人間存在の不可解さ、独特のおかしみと悲哀を掬い取り、定点観測のように提示してみせてきた北欧の名匠ロイ・アンダーソンの新作「ホモ・サピエンスの涙」は、さらに通常の劇映画の枠組みを破棄し、未知なる領域に果敢に踏み込んでいる。
この新作は、時代も世代も異なる市井の人々の人間模様を、全33シーンに分割し、すべてワンシーンワンカットでとらえているが、ひとつひとつのエピソードには相互の関連性はほとんど見当たらない。ただし、その中でも、敗北を悟った瞬間のヒトラーや、兵士によって支柱に縛られ、命乞いをする男、吹雪の中、シベリアの捕虜収容所に向かって歩いてゆく軍隊の隊列を映し出す光景などには、戦禍の時代であった20世紀という歴史上の一齣のリアルな再現が見られる。一方で、廃墟と化した都市の上空を抱き合ったカップルが飛翔している、マルク・シャガールの名画「街の上で」に想を得たファンタスティックな逸話も忘れがたい。
ロイ・アンダーソンは、本作において、20世紀ドイツを代表する<新即物主義>の画家オートー・ディックスに深いインスピレーションを受けたと告白している。だが、メインのモチーフである現代の都市生活者たちのスケッチ、たとえば、レストランでひとりで食事をする初老の男を見舞う災難、駅で再会する男女の至福、魚売り場で突然、女に激しく平手打ちを食らわす男の苛烈な暴力性、ベッドの下にお金を貯め込む、いじましいパジャマ姿の男といった微苦笑を誘う情景を眺めていると、むしろエドワード・ホッパーのメランコリックな肖像画群を想起させる。
おしなべて寡黙な登場人物たちは深い孤独感を抱えており、そぎ落とされた語り口は、時おりサイレント映画を見ているような錯覚すら抱かせるのだ。それゆえだろうか。映画の中で、カフェの前で流れてきた陽気なナンバーに合わせて三人の少女たちが思わず踊り出す躍動感あふれるシーン。あるいは、バーで、ビリー・ホリデイの絶唱「all of me」に聴き惚れながらシャンパンを呑んでいる女性の歓喜に満ちた表情が、ひと際、印象に残るのは、そこに、ささやかながら<音楽>を介した微かな<希望>がほの見えるからである。
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