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スターリンの国葬、粛清裁判、ホロコースト観光を捉えた鬼才、セルゲイ・ロズニツァが自作を解説

2020年11月13日 16:00

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セルゲイ・ロズニツァ監督
セルゲイ・ロズニツァ監督

これまで日本未公開だった鬼才セルゲイ・ロズニツァ監督のドキュメンタリーを上映する企画「セルゲイ・ロズニツァ『群衆』ドキュメンタリー3選」が、11月14日から開催される。上映作品はソ連の独裁者スターリンの56年前の国葬の幻の記録を使用したアーカイブ映画「国葬」(19)、同じくスターリンによって行われた90年前の裁判の記録を使用した「粛清裁判」(18)、そして、ホロコーストの現場となった元強制収容所の観光を捉えた「アウステルリッツ」(16)の3作だ。アーカイブ映画を作る試みは「歴史に近づく行為」と語るロズニツァ監督が上映作を解説した。

▼「粛清裁判」と「国葬」について
「粛清裁判」
「粛清裁判」
(C)ATOMS & VOID

粛清裁判」のもととなっている1930年の産業党裁判の映像はモスクワ郊外のフィルム・アーカイブ所で保管されていて、その一部を見る機会がありました。その映像は2分程度のものでしたが、シャンデリラのある豪華な法廷で自らを国家の敵だと咎め自己批判する人が映っていたのです。スターリン時代の裁判の多くがショー・トライアルで、彼のように捏造された罪で多くの人が殺されたことは有名な話しでしたが、実際に無実だと知りながら罪をでっち上げている者たちと演劇のように法廷を舞台に共演する映像は興味深くありました。

産業党裁判の記録はスターリン時代の初期型の裁判の記録としてとても貴重な映像です。1930年のフィルムの状態はとてもよく、また幸運なことにフィルムには音声も残っていました。私はこれまで誰もの手をつけていなかった無かった裁判を記録したアーカイブ映像を2時間半入手して、この映像を誰も使用しないなら自分が映画にしようと思ったのがこの作品の出発点でした。

フィルムの保管所には裁判のアーカイヴ映像とは別に、この時代に毎晩行われていた民衆によるデモの映像も保管されていました。それら映像には裁判にかけられている人々に対し「銃殺にしろ」と書いた横断幕を掲げ夜の街頭を練り歩く人々の姿が映っていました。この狂気じみた民衆と法廷を傍聴しながら無実の人間に死刑判決が出ると拍手喝采する人たちこそ、1930年のソビエトを象徴する群衆なのです。私は彼らの映像を13日間行われた裁判の記録の合間に差し込み当時の社会的なムードを再構築しました。

「国葬」
「国葬」
(C)ATOMS & VOID

粛清裁判」を完成後、私は引き続きスターリン時代の映画を作りたいと思っていました。「国葬」で使われているスターリンの葬儀のアーカイブ映像は「粛清裁判」と同じ保存所に保管されていました。関心があり一部スキャンして確認したところ、そこにはソビエト各地で行われていたスターリンの葬儀が克明に記録されていました。

スターリンの国葬を収めた映像は合計37時間残っていました。当時のソビエトでこれだけまとまったフィルムが残ることは凄いことです。それに加えて当時の国営ラジオ放送局がルポルタージュした音声記録も28時間残っていました。スターリンに別れを告げに来た人々のすすり泣く声や、政府首脳のスピーチなど、当時の貴重な音声記録が鮮明に残っていたのです。記録フィルムにはソビエト全土の人々が悲しむ姿が記録されていました。広大なソビエトで全員が同じ方向を向き、まるでこの世の終わりを見ているかのように悲しむ様子は異常でした。何がこれを可能にしたのか? その疑問こそ「国葬」のテーマなのです。

ソビエトの社会システムはスターリン一人が作ったのではなく、映像に映る一人一人が小スターリンとしてスターリン主義を人々に浸透させたから可能となり、当時のスターリンによる独裁体制はナチスよりも危険なものでした。当時の権力者は恐怖政治によって民衆をコントロールしてきましたが、今の権力者はメディアを巧みに使い感染症だけでも世論を動かすことが可能で、民衆が権力者にコントロールされる危険性は現代のあらゆる社会が抱えている問題です。

▼「アウステルリッツ」について
「アウステルリッツ」
「アウステルリッツ」
(C)Imperativ Film

私は「アウステルリッツ」を作る1年ほど前にヴァイマールにあるブーヘンバルト強制収容所を訪れ、それ以降ドイツにあるホロコースト・メモリアルを10箇所ほど訪問して撮影しました。その中で映画に入れたのは主にザクセンハウゼン強制収容所の映像と映画の最後のダッハウ強制収容所のクレマトリウムの跡地の映像を入れています。

ブーヘンバルト強制収容所の跡地は、クレマトリウムは当時の姿のまま残っていましたが当時のバラックは取り壊されていて、現在はレプリカが跡地に建てられていました。1日の終わりに私はクレマトリウムの前に立ち止まり、この実用美学を貫いたような建造物が、人間を絶命させる目的のためだけに作られた事実について考えていました。そうしていると、施設の清掃員の方が私に近づきクレマトリウムがどのように稼働して人間を絶命したか説明を始めました。その時私は人間が同じ人間を殺す理由について考えていたのです。

その一年後、ベルリンの郊外にあるザクセンハウゼン強制収容所跡を訪れました。そこには次から次へとバスが押し寄せ、多くの観光客を収容所の跡地へ運び、その人々はそこで大量虐殺が行われたことを理解していないかのような服装で訪れ、死者を侮辱するような振る舞いをする者もいます。元強制収容所の在り方を目の当たりにし、私はホロコーストの歴史をどのように現代に伝えて、記憶をどのように残すべきか考えました。それは歴史に似せただけの偽物を展示することではなく、冗談を交えながら観光客に施設を紹介することでもなく、私たちが人類の過去を忘却してしまい、そのことで人間性が劣化していることを伝える必要があると思ったのです。そんなことを考えながら私は強制収容所の建物を訪れる観光客にカメラを向けました。そこに映るものこそ歴史を美化せず、冒涜せず、そして強調もしない、ホロコーストの記憶の現在地であり、私たち現代人の真実の姿なのです。

「セルゲイ・ロズニツァ『群衆』ドキュメンタリー3選」は、11月14日からシアター・イメージフォーラムで開催。公開初日、13時からの「国葬」初回上映後、セルゲイ・ロズニツァ監督による公開初日記念のZoom舞台挨拶が行われる。

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