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ペドロ・コスタ新作「ヴィタリナ」ロングインタビュー 「『ホース・マネー』と双子のような映画」

2020年9月18日 17:00

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ポルトガルの鬼才ペドロ・コスタ監督
ポルトガルの鬼才ペドロ・コスタ監督

移民女性の波乱の人生を圧倒的な映像で表現し、2019年のロカルノ国際映画祭で最高賞の金豹賞と女優賞をダブル受賞したポルトガルの鬼才ペドロ・コスタ監督の最新作「ヴィタリナ」が公開される。作品の構想から、主人公のヴィタリナのバックグラウンド、コスタ作品常連のヴェントゥーラの役柄、リスボンの移民コミュニティについてなど、コスタ監督が詳しく語ったロングインタビューを映画.comが入手した。

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■「ホース・マネー」から「ヴィタリナ」へ
――本作の構想のきっかけを教えてください。

コロッサル・ユース」を作って以来、ほとんどずっとヴェントゥーラという一人の男の世界に浸っている気がしていたので、2013年の秋、「ホース・マネー」の撮影が中盤にさしかかった頃にヴィタリナが自分の人生に登場したときはとても嬉しかった。ヴィタリナとの出逢いが一本の映画に値するというのは、それくらい単純なことだったのです。それに、この出逢いはカーボ・ヴェルデ移民たちのディアスポラ譚を別の側からとりあげるいい機会になるとも思っていた――つまり、女性の側から、ということですね。ヴィタリナと友人になり、「ホース・マネー」では主演のヴェントゥーラの脇を固める役を演じてもらえることになったのですが、彼女のことを知れば知るほど、次はヴィタリナと撮る、ヴィタリナについての映画を作ることになるという確信も深まっていったのです。彼女の人生についての映画、彼女の記憶と経験を軸にした映画を彼女自身が演じる――それは、ヴィタリナを主役に、そしておそらく、ヴェントゥーラを助演に配した、ある種「ホース・マネー」と対をなすものになるだろう、と。現に私はヴィタリナとのこの夢の企画に向け、「ホース・マネー」がまだ撮影段階だったときから動きはじめていますし、このときいくらかの資金を調達してさえもいる。まあそれは「ホース・マネー」を完成させるのに使ってしまったのですが、いずれにしても、この二作はさまざまな点でつながっている。だからこれらは、本当の意味で双子のような映画なのです。

――はじめにヴィタリナありき……といったところでしょうか。

はじめに言葉ありき、言葉はヴィタリナと共にあり、言葉とはヴィタリナであった、と(微笑)。「ヴィタリナ」のはじめには、まさしくヴィタリナと彼女のリスボンへの劇的な到着、コーヴァ・ダ・モウラ地区の亡き夫の家への到着という出来事がありました。この映画はまず、毎日ヴィタリナの家で彼女の話を聞きだすところから、ゆっくりとその具体的なかたちが練られていったのです。そこでは、彼女自身についてのあらゆることが語られました。失踪した夫ジョアキンのこと、二人いる子どものこと、カーボ・ヴェルデでの農家暮らしのこと、リスボンに来てからの移民生活のこと……。私の役割は、彼女の記憶に耳を傾け、映画に入れ込むさいの方向をいくらか示唆することでした。そのアイデアをヴィタリナが受け入れ、あるいはとうぜん、却下もする。私はあくまで、提案したり付け足したり、あるいは圧縮してよりタイトにしていく、といった仕事に徹しつづける――そんなふうにして、二人でこの女性へと向かう道程の整備をはじめたのです。ときどきは冗談を言い合ったりもしましたよ。なにせその道程は、ほとんど「十字架の道行き」も同然のように思えましたから……。

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■神と信仰
――ご自身の友人であり同業者でもあるジャン=マリー・ストローブについて、コスタ監督がこんな話をされていたことを思い出します。あるとき、若い学生たちに向かってストローブが、「『神』の一語を聞いて笑いだすというなら、君らは映画を作る気がまったくないということだな!」と言って叱責した、とのことでしたが、監督ご自身は「神」という単語を聞いて何を思い浮べるのでしょう?

正直言って思い浮かぶことはあまりありません。しかし、彼女と同世代のほとんどのカーボ・ヴェルデ人がそうであるように、ヴィタリナには信仰があります。したがって「ヴィタリナ」において神の問題は避けられませんし、それは「ヴァンダの部屋」においてドラッグの問題が避けられないのと少し似ています。ドラッグを撮らずにヴァンダと映画を作ることができたとは到底思えない、というか、できたかもしれないが、それはもはや、ヴァンダについての映画ではないでしょう。いずれにせよ、ヴィタリナに話を戻せば、彼女の信仰は二人で会話しているあいだにもつねに話題にされていたし、自身の旅路――カーボ・ヴェルデからポルトガルへのこの痛ましい〈十字架の道行き〉――を語る彼女がいつも強調していたのは、神のみがその旅の随行者だったということです。ヴィタリナは誰とも連帯していないし、誰からの助けも得られなかった。

現に彼女は、こんな恐ろしい話を語っています。リスボンに到着して数週間、ひとり夫の家で閉じこもっていた彼女は、ある日ようやく、コーヴァ・ダ・モウラの近くにあるダマイアの教会へと赴いたという。食料や慰めを得て親切な人と少しばかり話せればと思って出かけた彼女を待っていたのは、しかしきわめて冷淡な応対でした。教会のソーシャルワーカーは物質的な支援も精神的な助けも与えず、ただこう言うだけだったといいます。「リスボンにいてどうするつもりなの? 祖国に帰るべきじゃない? 旦那さんが亡くなってもう埋葬されているなら、あなたの暮らしはここにはない。いまリスボンは経済危機があって、とても難しい時期なんだから……」。ヴィタリナは立ち去り、二度とこの教会には来ないと誓いました。ミサに通うための別の教会を自分で見つけた(彼女は日曜ミサに毎週通っています)彼女は、自分の家でもひとりで祈りを捧げています。神は彼女の人生の一部であり、それ以上に、彼女の孤独の一部でもある。だとすれば、「ヴィタリナ」を撮る私にだって、この存在を回避できるはずがないでしょう。たぶん、この映画を作るにも天からの助けが少しばかりあったのではないですかね。知りませんけど(微笑)。

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――彼女の家に十字架はひとつしかありません。それも、映画のなかでは白い薄絹のスカーフに包まれ、亡き夫のための小さな祭壇に置かれています。

あれはアフリカ人コミュニティ特有の喪の作法で、小さな祭壇を設けてそこに十字架や蝋燭や亡くなった人の写真、遺族扶助のためのわずかばかりの献金を入れる皿などを飾る、という風習があるのですね。われわれの場合は、葬式に行き死者が埋葬される、くらいでだいたいが済まされ、一般的には家の中に何週間も祭壇を置いたりしませんよね。けれどもアフリカ人コミュニティにはまだ、ある種のしきたりというか……「sacralidade(神聖さ)」のようなものがある。スカーフの話題を出されましたが……映画のはじめでヴィタリナが亡き夫の家に着くと、彼女は頭につけたスカーフを黒から白に変えますよね。あれもカーボ・ヴェルデ人の葬儀の習わしで、通夜と葬儀ミサと埋葬の期間はたいてい白のスカーフを身につけるのですが、そうした公的な行事が終わって家のなかでの私的な喪が始まると、未亡人はそれを黒のスカーフにつけ変えるのです。実人生においてヴィタリナは、到着が遅れてすべてがすでに執り行われてしまったために、「正式な」行事にはいっさい列席できませんでした。しかし公的な行事に参加する機会が実人生でなかったからこそ、映画のなかではどうしてもスカーフをしきたり通りに身につけたかった。おそらくヴィタリナは、こうした葬儀を遂行する配偶者としての権利をなんとかして主張したかったのでしょう。

つまり結局のところ、夫をきちんと追悼したいというヴィタリナの欲望と、映画こそがやり続けなければならないと私が考えていることとが、火を絶やさない、という一点で合致したのですね。このことはクルー全員が理解しています。ヴィタリナも私自身も、撮影のレオナルドも録音のガズアも、助手のヴィトルとレアンも、制作統括のジョアンもみんな、喪とは撮影であり、撮影とは喪であると理解していた。現に私は――これは良くも悪くもですが――撮影しているあいだ、しばしば自分が生者とよりもはるかに死者とともに生きていることに気づきます。映画とは、彼岸へと呼びかける非常に強力なベルなのです。ところで、「ヴィタリナ」のポルトガルでの劇場公開は、10月31日(「死者の日」の前日)に予定されています。

――ヴェントゥーラを信仰を失った司祭の役に起用するというアイデアはどこから来たのでしょうか?

この配役を思いついたのはかなり後で、制作に入って2~3カ月経った頃だったと思います。ヴェントゥーラ神父が登場したのは、ヴィタリナが語ってくれたいくつかの話のおかげです。ひとつは、リスボン到着後に彼女がジョアキンの墓に行く衝動を抑えこんでいたときの話で、ヴィタリナは当時、墓も見たくないくらいに滅入っていたし、夫に対して怒りを抱いてもいたのですね。それで墓地に行くのを何週間も引き延ばしていたのですが、ある夜、コーヴァ・ダ・モウラの自宅を出た彼女は、あたりをうろついているうちに道に迷ってしまったらしい。しばらくして彼女は、街路にいた見知らぬ人のあとをつけはじめます。この人についていけば墓地に連れて行ってくれるだろう――ヴィタリナはなぜかそう確信していたといいますが、ところが彼女が辿り着いたのは墓地ではなく、キンタ・ダ・ラージェのあの仮設教会だったのです。それからもうひとつ、カーボ・ヴェルデの故郷の村がある教区で本当に起こったという話も語ってくれたのですが、彼女によると、ある日曜のミサで、若いカーボ・ヴェルデ人司祭から洗礼を拒まれた一団がいたという。それは馬鹿げた官僚的な理由からだったのだけれど、失望した一団はワゴンに乗って立ち去り、その先で衝突事故を起こしてなんと全員が亡くなってしまったのだそうです。罪悪感に苛まれた司祭は正気を失い、カーボ・ヴェルデの路上でわめく乞食となってしまう。まるでマルグリット・デュラスの小説に出てくる狂人みたいですね。その後あわれな司祭はカトリック教会の高位者によってポルトガルへと「追放」され、風のうわさでは、家もなく極貧ながら、そこで彼はいまなお生き永らえているらしい。この話はヴェントゥーラも知っていて、彼がその話を耳にするたびにいたずらっぽく目を輝かせていたものですから……それで「これだ!」となったわけですね。

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ヴィタリナの肖像
――ではそろそろ、ヴィタリナに焦点を絞っていきましょう。

彼女は主演女優であり、脚本家であり、映画を作ることになった誘因であり、その源泉です。いったい何が知りたいのでしょう?

――彼女の抱える孤独感について詳しく教えてください。

それがなんと、ヴィタリナは婚礼写真のなかですら独りだったのですよ! そもそも、1980年代前半にジョアキンと彼女は、夫婦が一堂に会することなく成婚しているのです。ヴィタリナはカーボ・ヴェルデの故郷の村で純白のウェディングドレスを着ていますが、ジョアキンは1977年にすでに移住して、リスボンのどこかにいます。もちろん署名はされていますし、それぞれの場所の教会間で手紙のやりとりもありますから、婚姻自体は法に適っています。ジョアキンは自分不在の結婚後に数回カーボ・ヴェルデに戻っていますが、ヴィタリナを二度妊娠させたあとは家を出たきりで、そのまま2013年のある日に死んでしまったのですね。ときに私が興味をひかれるのは、長距離結婚を何年も続けた後になってヴィタリナが夫を見限っていることです。二人の間には息子と娘がいましたから、子どもに関する書類を送るとか何やかんだで、事あるごとにジョアキンと連絡をとらなければいけなかったのに、ヴィタリナは夫との関係を絶っているのですよ。その後ジョアキンが突然亡くなり、すべてが彼女のもとに回帰してくることになる。それは、嘆きと憤怒がはげしく衝突するようなものだったでしょう。ヴィタリナを引き裂くようなすさまじいドラマがあったし、それはいまなお続いています。

彼女は自分の愛の終わりを悼むと同時に、自分に嘘をついて放埓に走ったジョアキンといまだに闘い続けてもいるのです。ヴィタリナにとっては、夫の死こそが彼の卑劣な行為の最たるものだった。われわれからすれば不思議でなりません。なぜ彼女はあの飛行機に乗ってポルトガルへ来たのか? なぜ彼女は亡き夫の家にいつまでも居座ろうと決めたのか? その選択は謎です。なぜ彼女はポルトガルにいたいのか? 私と話すたび、彼女の心はいつもカーボ・ヴェルデに戻っていきます。あの故郷の村、あの山々、自分の小さな土地、そこで育てた動物たち、島に吹きつける風、太陽の光……それなのに、どうしてリスボンに留まっているのでしょう? これは恐ろしい質問です……。一方に故郷の土地からの呼び声があり、他方に激しい怒りがある。その怒りは、カーボ・ヴェルデのすべての男たち、あるいは男というものすべてに対する告発でもあるでしょう。

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――「」から「ヴィタリナ」に至るまでのリスボンを舞台としたコスタ作品すべてに共通することですが、そこでは、善良でおとなしく虫も殺せないほど優しい、といった貧民のステレオタイプが周到に避けられています。移民コミュニティに属す人びとが愛や連帯のすばらしい身振りを見せることもできるとはいえ、他方で彼らは、ゴシップを流したり、酒に呑まれたり、ドラッグの摂取や売買もすれば盗みや詐欺、裏切りや殺しもする、言ってみればかなりやっかいな人たちでもありえます。

仮にも真面目に映画を作る者ならば、あるいは特定の場所で特定の人びととひたむきに働き、そうした場所や人びとの歴史にひたむきに取り組む者ならば、そしてまた、少しでも自分の手仕事に打ち込んでいる者ならば……その人は自分の仕事がクリシェを超えたものとなるよう、脳みそを振り絞らなければなりません。いま「貧民」とおっしゃいましたが、私としては、必死に生きる人びとにかかわる仕事をしているつもりですし、その死にものぐるいの奮闘にかかわっているつもりです。それは、自分たちのもっとも深い内面へと分け入っていく内向きの戦いであり、自分たちの周囲に築かれた壁、自分たちに襲いかかる沈黙に対する、外向きの戦いでもあるでしょう。ひどく惑乱し、ひどく方向を見失ったコミュニティ――私はそんなコミュニティのなかで仕事をしています。かつてカーボ・ヴェルデで農家だった彼らは、リスボンに働きに出たものの、ポルトガルで非情にも搾取され、金が必要だったのです……。われわれを取り巻く資本主義が、いまその進展や挫折のどの段階にあるのかはわかりません。わかっているのは、私にはこの混乱とかかわる仕事をすることしかできない、ということです。とても危険でチャレンジングな仕事ですが、安全なシナリオには何の興味ももてません。

――リスボンを舞台としたコスタ作品に出てくる移民区域の女性たちは、「」から「ヴィタリナ」までのどれを見ても、男性たちよりはるかに強い人たちです。ニューロやヴェントゥーラやジョアキンといった男性とは対照的に、ヴァンダやヴィタリナのような女性はもっと打たれ強く、孤独や苦難や人生を襲う悲劇に向き合うにしても、男たちよりも多くの感情的な手段を持ち合わせています。

何と言えばいいのか……私はほとんどつねにヴァンダと同じ気持ちでいますし、ヴィタリナとも同じ気持ちでいます。自分に逆らって彼女たちと同じ気持ちになるのです。どちらの映画も彼女たちの側に立つものですからね。(しばし思案して)……さらに漠然とした話になってしまうのですが、われわれはいま深い反逆の時代を生きていて、ほとんどの男たちは自分の人生を十全に生きる勇気がないのではないかと思うのですよ。彼らが離反した者なのだとすれば、ヴィタリナは留まって抵抗する闘士なのでしょう。

ヴィタリナ」は9月19日から、ユーロスペース他全国順次公開。

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