【「レイジング・ブル」評論】俳優と監督の才能が美しい音楽とともに融合した、心に突き刺さる名作
2020年7月19日 11:00
[映画.com ニュース] 新型コロナウイルスの影響により、多くの新作映画が公開延期となり、映画ファンの鑑賞機会は減るばかりです。映画.comでは、「映画.comオールタイム・ベスト」(https://eiga.com/alltime-best/)に選ばれた、ネットですぐ見られる作品の評論をお届けいたします。今回は「レイジング・ブル」です。
Netflixオリジナル映画「アイリッシュマン」(2019)で、「カジノ」(1995)以来9度目のタッグを組み、変わらぬ名コンビぶりを見せたロバート・デ・ニーロとマーティン・スコセッシ監督。これまでにも名作、傑作を生み出しているが、1980年製作の「レイジング・ブル」は、二人にとってそれぞれのキャリアの一つの到達点、俳優と監督の才能が見事に融合した映画史に残る作品となった。
1940年代から50年代に活躍し、ミドル級チャンピオンにまでのぼりつめた実在のボクサー、ジェイク・ラモッタの自伝を元にその半生を映画化。栄光を手にしながら、次第に妻や家族への嫉妬心や猜疑心を募らせて破滅していくジェイクをデ・ニーロが体現。ボクサー引退後の姿を再現するために27キロも体重を増やし、体型をも変化させるその徹底した役作りから「デ・ニーロ・アプローチ」という言葉を生んだ。第53回アカデミー賞主演男優賞を受賞している。
物語は暴力的な人間の弱さや欠点を描き、目を背けたくなるシーンも多い。今の時代にはアウトな主人公に共感はできないかもしれないが、スコセッシ作品に通底する「罪と贖罪」というテーマが次第に見る者に迫ってくる。当時、映画制作におけるカラーフィルムの褪色問題にも関心を持っていたスコセッシ監督はモノクロ作品(一部カラー)として制作した。
そして、相反させるかのように音楽は美しい。オープニングのタイトルシークエンスは、ピエトロ・マスカーニ作曲の歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲で始まり、霧がかったリング上で、ガウンを着てシャドーボクシングしているジェイクの姿がスローモーションで映し出され、真っ赤な「RAGINGBULL」のタイトルがロープの間に浮かび上がる。
さらに、そんなドラマ演出、名演を引き立てるのが、意欲的な撮影技法や編集、サウンドだ。例えば、ボクシングの試合のシーンでは、180度の切り返しのショットやシャッタースピードを変えるなど、カメラは絶えず動き、パンチの音、観衆の声、マスコミのカメラのフラッシュとその音が合わさった編集とサウンドはまるで飛び散る火花のようで、自分がリングで戦っているような錯覚に陥る。今やスコセッシ作品には欠かせないセルマ・スクーンメイカーが、第53回アカデミー賞編集賞を受賞した。
その一方で、本編の約1時間18分あたりから始まる試合直前の約1分30秒のシーンはワンカットで撮影。地下の控え室でジェイクが、ジョー・ペシ演じる弟ジョーイを相手にウォーミングアップしている。そこからバックヤードを抜けて超満員の観衆の中をかき分けてリングへあがっていくまでの間も美しい曲が重なり、CG合成なしのこのシーンは、何度見ても鳥肌が立つ。
「ニューヨーク・ニューヨーク」(1977)で不調に陥り、ハリウッドで撮る最後の映画になるかもしれないという思い、当時のスコセッシ監督のパーソナルな心境がシンクロし、「波止場」(1954)などの名作の影響も反映されている。心血を注ぎ込んだことで、心に突き刺さる最もクリエイティブな映画を生み出した。自分の中にある怒れる魂が呼び覚まされ、見終わった後には、鏡の中のもうひとりの自分に語りかけることになるかもしれない。
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