【映画評論「その手に触れるまで」】イスラム原理主義に洗脳された少年。救いの手をはねのける彼はどう生きるのか?
2020年6月12日 22:00

[映画.com ニュース] 弱者を主人公にした社会派の映画を作り続けているダルデンヌ兄弟。移民や失業、家庭崩壊など、扱うテーマは英国のケン・ローチ監督と似通っているが、作風は微妙に違う。ローチ映画の主人公は理不尽な社会のシステムに翻弄される弱者で、ローチは彼らの怒りを代弁する。かたやダルデンヌ映画の主人公は、盗品を売る感覚で我が子を売る「ある子供」の青年に代表されるように、道義的な問題を抱えていることが多く、ローチ映画の主人公に比べて共感度が薄い。そんな彼らの密かな心の成長に光を当てるのが、ダルデンヌ兄弟の作風だ。
「その手に触れるまで」もしかり。主人公は、イスラム教の稚拙な導師に洗脳されて原理主義に染まった少年という、ダンルデンヌ映画史上最も共感しにくい狂信者。描かれるのは、女性教師を襲って少年院に送られた主人公アメッド(イディル・ベン・アディ)の微妙な心の揺れだ。興味深いのは、「ある子供」や「少年と自転車」などのダルデンヌ映画で主人公の成長の糧となってきた女性が、今回は全く機能しないことだ。女性教師も、母親も、少年院の更生プログラムで出会う農場の娘も、アメッドの洗脳を解くことができない。なぜなら、イスラム原理主義が女性との触れ合いを禁じているから。差し伸べられる手を頑なにはねのけるアメッドは、現状の突破口を単独でみつけなければならない。そこに、今回のダルデンヌ兄弟の挑戦がある。
もうひとつ興味深いのは、西欧社会で暮らすイスラム教徒の葛藤にスポットを当てている点だ。そもそも、女性教師に対するアメッドの反抗は、握手という西欧の慣習を、イスラム原理主義の掟に従って拒んだことが始まりだった。どれほど宗教の戒律を守り、どれほど西欧社会に順応するのか? その加減を、自分で選択しながら生きることの難しさを、アメッドは痛感させる。それにしても、つい最近までゲームに夢中だった13歳のアメッドが、これほど急激に宗教にのめりこんだのだのはなぜなのだろう? 映画の冒頭で感じた謎は、今も解けない。
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