先住民迫害、レイプ、虐殺…植民地時代のタスマニアを女性監督がリアルに描く「ナイチンゲール」
2020年3月20日 14:00
イギリス植民地時代のオーストラリアを舞台に、夫と子どもの命を将校たちに奪われた女囚の復讐の旅を描き、第75回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で審査員特別賞など2部門を受賞した「ナイチンゲール」が公開された。メガホンをとったのはラース・フォン・トリアーの「ドッグヴィル」で助監督を務め、長編初監督作のホラー「ババドック 暗闇の魔物」に続く本作で2018年のベネチア国際映画祭コンペティション部門唯一の女性監督として選出されたジェニファー・ケント。過激な暴力描写で物議を醸したが、母国の歴史を見つめ、人間の暴力性と差別の問題に切り込んだ本作について語った。
19世紀のオーストラリア・タスマニア地方。盗みを働いたことから囚人となったアイルランド人のクレアは、刑期を終えても一帯を支配するイギリス軍将校ホーキンスに囲われていた。そのことに不満を抱いたクレアの夫エイデンにホーキンスは逆上し、仲間たちとともにクレアをレイプし、さらに彼女の目の前でエイデンと子どもを殺害してしまう。ホーキンスへの復讐のため、クレアは先住民アボリジニのビリーと共に将校らを追跡する旅に出る。主人公クレア役はドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」のアイスリング・フランシオシ、ホーキンス役は「あと1センチの恋」のサム・クラフリン。ビリーを演じたバイカリ・ガナンバルが、同映画祭でマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞している。
私自身はアイデアやストーリーに強く引き込まれなければ、動かないタイプで、オファー以外にも様々な書物を通して次回作の候補を探していました。その中で、特にメディアを通した現代の暴力というものが目に付いたのです。問題が起きたときの警察などの初動対応が、暴力ということにすごく心が痛みました。だからこそ、この映画を通して人としての愛、優しさ、そして思いやりなどを、観賞後に語り合えるような映画を製作したかったのです。その思いが、女性やアボリジニの人々に対して多くの暴力のあった1825年のタスマニアを舞台にした映画となりました。一時期はアメリカを舞台にして、暴力を描いても良いかもしれないと考えましたが、最終的にタスマニアになりました。
今日の人たちは様々な暴力を映画やテレビで見てきて、それなりに目が慣れていると思います。HBOの人気シリーズだった「ゲーム・オブ・スローンズ」もそうですが、私はストーリーに必要だったら、暴力はしっかり描くべきだと思っています。そして、私が行ったリサーチの中で、あのタスマニアの地で起きていたことは、かなり悲惨な出来事でした。でも、暴力という題材を探索するうえでは、重要な場所であると思ったのです。しかし、あれ以上の暴力を今作で描いたとしたら、おそらく観客はタスマニアで残虐行為が行われていたという事実に背を向けてしまい、学ばなくなってしまう。だから、どれほど暴力を描くかのバランスは難しかった。ただ暴力は衝撃的で、人の人生を崩壊させることもある。私は、それをモチベーションにして今作のアプローチをしたために、観客の中にはその表現の仕方(暴力的すぎたこと)に怒った人もいました。私自身はその表現の仕方は、悪いとは思わない。ただ暴力を受け、過去にトラウマになった女性は、今作を見るべきではないかもしれません。
撮影は、高山にある原生地域で、秋頃から冬にかけて行いました。近場には大きな都市がなかったことで、我々クルーとスタッフはずっと原生地域にいて、かなり困難な状況下に置かれていました。多くの外国の人たちは、オーストラリアと言うと、砂漠と海に面したゴールドコーストなどを想像するけれど、北欧の寒い地域を彷彿させるかなり寒い場所も、オーストラリアには沢山あるのです。
多くの復讐劇は男性目線ものが多く、女性の私にとっては、あらゆる面で制限されていたように思えます。それに、それらの男性目線の復讐劇は、復讐を感じることの現実的な意味合いを、完全には探索しきれていないと思いました。私は、復讐における内面的な心理を探索することに、興味がありました。ただこの映画は、復讐劇というよりは、主役二人、アイスリング・フランシオシが演じるクレアとバイカリ・ガナンバルが演じるビリーのプラトニックな愛の物語です。個人的には、むしろその部分を伝えたかったのです。
私は、小さなコミュニティの人々を捉えて、彼らの幾つかの話を俯瞰で見るような大きなストーリーを描きたいと思っていました。今作にはアボリジニのアドバイザーが参加してくれて、私や出演者、そしてクルーに、このブラック・ウォー(当時、ヴァン・ディーメンズ・ラント、今のタスマニアで1800年代前半に起きた英国植民者とタスマニアン・アボジリニの争い)がどんな戦争だったか、説明してもらいました。当時、アボリジニの人々はタスマニアの様々な場所に住んでいたため、一箇所で大きな戦いが起きたわけではなく、様々な場所で戦いが起きていたのです。
女性だけでなく、誰であっても性的な欲求のために、性的暴行を受けるべきではありません。現在、刑務所に入っている女性の多くは、過去に性的暴行を受けた経験のあった女性が多いのです。ですから、今から200年前のタスマニアを舞台にした戦争映画を描くうえで、クレアの性的暴行シーンを描かなければ、今作を手がける意味をなさないと思いました。当時、女性は純粋さ、優雅さ、さらに母親の愛を体現していることが好まれ、犯罪を起こした女性はまるで、娼婦のような扱いを受けました。彼女たちはタフで、ダメージを受けた女性なのです。
確かにホーキンス役をキャスティングするのは困難でした。大概の俳優は、できる限りハンサムで、ヒーローの役を好むのが普通で、このような役を進んでやる人は少ない。ただ、サムと出会ったときに、彼はこのホーキンス役に情熱を傾けてくれました。事実、彼はこれ以上称賛できないくらい、内面が傷ついた男ゆえ女性に性的暴行をしてしまう、そんな哀れな男をうまく演じてくれました。このような男性は実際にいると思います。多くの映画で性的暴行をするキャラクターは、あまり魅力的ではない姿をしている男性として描かれますが、外見が美しく見えても、このホーキンスのように内面が崩壊している男性を描きたかったのです。
私自身、“共感”という言葉をとても素敵だと思っています。特に現代社会では、この言葉が急速に消えつつあるようにも思えますし、その現象がとても不安でなりません。“共感”は人間として重要な本質であり、我々人類が生き残っていくうえで必要な要素だと考えています。
私は近年の映画の状況に懸念しています。インディペンデント映画は、影響力のある芸術形態だと信じていますし、それらは今の社会を語る上で必要だと思います。特に個々の視点で描かれるインディペンデント映画はもっと必要です。
我々の母国には、見つめ直さなければいけない問題が山ほどあって、アボリジニの問題もその一つです。同じ国を共有する人々の苦しみに対して心を開くことができなければ、オーストラリアの前進はないと思っています。これは、とても重要な問題です。今作の上映をきっかけに、多くの人たちが、アボリジニの方々の問題も含め、「差別はタイムリーな問題だから話し合うべきだ」と言ってくれました。
「ナイチンゲール」はヒューマントラストシネマ渋谷ほかで公開中。
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
第86回アカデミー作品賞受賞作。南部の農園に売られた黒人ソロモン・ノーサップが12年間の壮絶な奴隷生活をつづった伝記を、「SHAME シェイム」で注目を集めたスティーブ・マックイーン監督が映画化した人間ドラマ。1841年、奴隷制度が廃止される前のニューヨーク州サラトガ。自由証明書で認められた自由黒人で、白人の友人も多くいた黒人バイオリニストのソロモンは、愛する家族とともに幸せな生活を送っていたが、ある白人の裏切りによって拉致され、奴隷としてニューオーリンズの地へ売られてしまう。狂信的な選民主義者のエップスら白人たちの容赦ない差別と暴力に苦しめられながらも、ソロモンは決して尊厳を失うことはなかった。やがて12年の歳月が流れたある日、ソロモンは奴隷制度撤廃を唱えるカナダ人労働者バスと出会う。アカデミー賞では作品、監督ほか計9部門にノミネート。作品賞、助演女優賞、脚色賞の3部門を受賞した。
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。