【中国映画コラム】映画製作は“遠い夢”だった――「巡礼の約束」監督&主演が明かすチベットの実像
2020年2月11日 11:00
[映画.com ニュース] 北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数275万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!
“聖地”と称されるチベット――近年では、中国映画産業が発展したことで、チベットを舞台にした映画が増えています。そのなかでも、日本初のチベット人監督の劇場公開作として注目された「草原の河」(2017)のソンタルジャ監督は、世界から注目されている存在です。今回は、新作「巡礼の約束」の日本公開(2月8日)を記念し、来日を果たしたソンタルジャ監督、主演兼製作のチベット人歌手・ヨンジョンジャ(中国名:容中爾甲)にインタビューを試みました!
ソンタルジャ監督「企画は、ヨンジョンジャ先生が『ギャロン地域の映画を撮りたい』と仰ったことから始まりました。当初は、現代チベット文学の著名な作家・タシダワ氏による脚本があったのですが、内容は映画で紡いだ物語とは異なり、男女のラブストーリーでした。しかし、その物語は私が描きたいものではなかったので“主人公が聖地ラサへの巡礼に向かう”という設定だけを使用し、新しいストーリーを考えました。ヨンジョンジャ先生と仕事をするのは初めてでしたが、順調に進んでいましたよ」
ヨンジョンジャ「ソンタルジャ監督の名前は以前から知っていたので、映画を製作する際には、是非お願いしたいと思っていました。私たちの考え方は似ていましたし、ソンタルジャ監督は素晴らしいチームを組んで、撮影を開始しました。春から冬までの季節を撮らなくてはなりませんでしたが、撮影は半年で終わりました」
ヨンジョンジャ「“約束”とは、単なる契約ではなく、人と人の信頼関係だと思っています。人間としての基本的な価値観でもあり、愛の表現でもありますよね。中国公開時には『一諾千里』という言葉を使いながら、いかに“約束”が重要で、現代社会において必要なのかという点をアピールしました」
ソンタルジャ監督「経済発展が進んでいる現代中国では、人々は目先の利益しか考えず、“約束”を忘れてしまった人が大勢いるはず。美しいギャロン地域を撮り、元々あった“価値観”を世の中に伝えられたらと思っているんです。ギャロン地域には、こんなことわざがあります。『漢民族の人々は紙で“約束”をしますが、私たちは口で“約束”をします。話したことは、必ず守り、実現する』。とても純粋な世界観ですよね」
ソンタルジャ監督「チベットが紹介される際、特徴的な服装、宗教文化、あるいは“五体投地”のような礼拝方法を通じて、“外部からの視線”で物語られることがあります。私自身は長年チベットに住んでいるので、“内部”を映し出したいと考えていたんです。チベット人と漢民族の生活環境はそれほど変わりませんし、近年の経済発展によって、交流が盛んになってきました。チベット人はどのような生き方をしているのか――“リアル”なチベットを描きたかったんです」
ヨンジョンジャ「我々チベット人にとって“五体投地”とは、血の中に入っていると言えるほど日常の一部となっています。四川省から“五体投地”を始めた知人がいます。道中では一切止まらないわけではなく、アルバイトをしてお金を稼いてから再出発することもあったので、(完遂に)3年もかかっていました」
ソンタルジャ監督「“チベット映画”の定義とは何なのでしょうか? これは大学の研究テーマになるほどの議題なのかもしれませんね。私は“チベット映画”“チベット人監督”という呼び方に疑問を感じています。私は単なる“ひとりの監督”。本作も“チベット映画”というよりは、“チベット語を話している映画”だと言った方がいいかもしれない(笑)。昔は、アメリカでもチベットを題材にした映画が撮られていますし、定義づけは非常に難しい。正直、自分が符号化されたくないという思いがあります」
ヨンジョンジャ「芸術は、民族、国とは関係のないもの。(“チベット人監督”は)“女性監督”という呼び方と同じようなものだと思いますよ。世界との交流が増えていけば、きっとこの呼び方は消えていくでしょう」
ソンタルジャ監督「チベットは、4つのエリアに分けられていて、それぞれに方言があります。例えば、違うエリアの人同士が会話をした場合、互いに何を言っているのか理解できないでしょう。上海語、広東語の違いと同じレベルです」
ヨンジョンジャ「共通のチベット文字を使用しますが、発音は全然違うんです」
ソンタルジャ監督「だから、今回の撮影も大変でしたよ! ギャロン地域の方言は、私には全くわからないんです。撮影中は、常に通訳の方が隣にいるような状況でした。セリフの意味を確認した後、演技の確認をする――かなり大変でしたね」
ヨンジョンジャ「ほとんどいないと思いますよ」
ソンタルジャ監督「ペマツェテン監督の新作『気球』も同じ問題を抱えていました。それぞれの方言が理解できない――今後の重要な課題と言えるでしょう」
ヨンジョンジャ「でも、それを解消するのは、かなり難しいことですよ。『上海人に広東語を喋らせる』ということと同じくらい“ミッションインポッシブル”です」
ソンタルジャ監督「欧米の記者はチベットの話題となると、すぐに“現代社会と伝統文化の衝突”といった内容を展開しますが、世界中どこに行っても同じことが起きていますよね。今のチベットの放牧民は、毎日スマホを見ているんですよ? 衝突というより、融合です。もう境界線はなくなりました」
ソンタルジャ監督「映画と初めて出会った瞬間は、忘れることができません。通っていた小学校には電気がなかったんですが、移動映画館がやって来ることがあったんです。初めて映画を見た瞬間が、印象に残っています。『世の中にはこんなものがあるんだ!』とびっくりしましたね。でも、標準中国語の映画だったので、内容はさっぱりわかりませんでしたが……(笑)。移動映画館が来る度に、大勢の人々が集まっていました。あまりにも人が多すぎて、私はスクリーンの裏側に行かざるを得なくなりました。でもね、裏側にいても映画を見れるということに気づいたんです。それからは毎回裏側で見ていましたよ。映し出される像は逆なんですが、なんだか不思議で最高でした」
ソンタルジャ監督「ペマツェテン監督(『タルロ』『轢き殺された羊』『気球』)に誘われて、入学することになったんです。2人で何を専攻するのかも相談していて、結果的に、ペマツェテン監督が監督・脚本コース、私が撮影コースに進むことになりました。上手く行けば、今後一緒に映画を作れるじゃないか――私たちはそう思っていました」
ソンタルジャ監督「今でも思い出したくないほど、困難を極めました(笑)。ペマツェテン監督とタッグを組んだ時、私は美術を担当していたんですが、40日間ずっと同じ服装で製作を続けるほど、過酷な現場でした。チベット出身の映画人が、私たちしかいない時代――ほとんど資金もなく、全て自分たちで作らないといけなかったんです。今は時代が変わりました。映画学校にもチベット出身の学生が増え、様々な可能性もすぐに実感できるようになっています。私たちの時代では、映画製作は“遠い夢”。チベットから北京へ行き、チベット語の映画を作り、ようやく映画界に認められました。幸運と奇跡が重なったんでしょうね。私たちの活動によって、チベット出身の若者、映画ファンに希望を持ってもらえたら嬉しいです」
ヨンジョンジャ「歌手は歌が上手ければ、夢への挑戦が簡単にできます。しかし、映画製作は本当に“遠い夢”ですよね。だからこそ、チベット出身の監督が映画を撮ったという話を聞いた時、私は非常に興奮し、すぐに作品を見に行きました。ソンタルジャ監督、ペマツェテン監督がいるおかげで、たくさんの若者たちが夢を持ち、色々なことにチャレンジしています。映画は“キング・オブ・エンタテインメント”。映画人にならなくても、写真家や美術家にも転身できる。チベット文化の輸出にとっては、非常に貴重で大切なことです。2人には感謝しかない」
ソンタルジャ監督「『Lhamo and Skalbe(英題)』は、サンセバスチャン国際映画祭コンペティション部門に選出されたのですが、プログラマーの方に感謝しています。この作品にはまだ修正したい箇所があるんです。特に音楽面に関しては、まだ不満が残っています。テーマはいつもと変わらず“愛と家族の物語”。中国では今年公開となりますが、日本でも是非上映していただきたいです」
ソンタルジャ監督「本当に嬉しいです。『草原の河』は口コミも良かったそうで、私のファンもいるとお聞きしました(笑)。『巡礼の約束』は、中国での上映期間が非常に短かったんです。しかし、日本では、ひとつの作品が2、3カ月も上映される場合もあるとお聞きしました。これは監督にとって、非常に幸せなことです。私は、小津安二郎監督、黒澤明監督の作品を見て育ってきました。近年では、是枝裕和監督が素晴らしい監督ですね。非常に尊敬しています」
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