【国立映画アーカイブコラム】全国で続くフィルム上映。支えるのは誰?
2019年9月1日 16:00
[映画.com ニュース] 映画館、DVD・BD、そしてインターネットを通じて、私たちは新作だけでなく昔の映画も手軽に楽しめるようになりました。それは、その映画が今も「残されている」からだと考えたことはありますか? 誰かが適切な方法で残さなければ、現代の映画も10年、20年後には見られなくなるかもしれないのです。国立映画アーカイブは、「映画を残す、映画を活かす。」を信条として、日々さまざまな側面からその課題に取り組んでいます。広報担当が、職員の“生”の声を通して、国立映画アーカイブの仕事の内側をご案内します。ようこそ、めくるめく「フィルムアーカイブ」の世界へ!
映画館での映画鑑賞って、考えてみると不思議な体験ですよね。見知らぬ人たちと暗闇に座り、大きなスクリーンを前にしてさまざまな感情を共有する。映画が終われば再びバラバラになり、“現実”に帰っていく――。観客全員で1つのスクリーンを眺める映画体験には、テレビやスマートフォンで楽しむのとは全く異質の興奮や感動があると思いませんか。
時代の変化をくぐり抜け、映画館は今に至るまでその形を残しています。ただ、日本では半世紀以上にわたって、映画館の数はゆるやかに減少しています。最も映画館が多かった1960年、日本には7457の映画館がありました。その数は97年には1747館に、18年には584館にまで下がり、県内の映画館数が10館未満の県は28にも上ります。シネコン時代の到来によって、スクリーン数は同じ期間で1884から3561に増加しましたが、スクリーンに遠い地域も増えているのです。
こうした映画館や映画鑑賞人口の減少に対処すべく、国立映画アーカイブでは所蔵フィルムを全国各地で巡回上映する「優秀映画鑑賞推進事業」(以下、優秀映画)を文化庁との共催で89年(平成元年)から行っています。上映作品は現在、黒澤明、溝口健二、鈴木清順、相米慎二などの日本映画史に残る名作、全100作・25プログラムで構成しています。
「優秀映画はスケールの大きな事業です」と話すのは、当事業を担当する教育・事業展開室長の冨田美香さん。「映画製作から配給、興行の業界団体(一般社団法人日本映画製作者連盟、全国興行生活衛生同業組合連合会)の特別協力もいただき、映画室、総務課、業務委託先の株式会社オーエムシー、各地域の主催者と連携して進めています。参加団体や会場は、公共ホールが多く、毎年、各都道府県の教育委員会や文化行政の主管部署を通じて募っています。今年度は、46都道府県・139会場で開催します。私はこの事業を担当して2年目ですが、フィルム上映をする場所が減り、映画館がない地域も増えている中で、北海道から沖縄まで139もの会場で35ミリで上映されることに、“これって凄い”と素直に思います。なのでパンフレットの『鑑賞の手引き』も、ちょっと華やぎのあるデザインに変えてみました。各会場も、その地域に応じた様々な工夫をしています」
その会場の約6割が、映画館がない地域です。上映会のお客様アンケートには、「映画館がなくなり、残念な思いをしていた。市民ホールで催してもらい大変嬉しい」「子供と一緒で良かった。フィルムで映画を見られることはほとんどないので楽しかった」「電車4本、バスを乗り継いで参加したが、来た甲斐があった」「毎年市民として、優秀映画鑑賞推進事業に参加できることを有り難く思っています」「昼食環境や、ショップの展示、対面販売など、参加するイベントとして工夫されていて感動しました」……フィルム上映に親しんだ世代から初めてフィルム上映を見た若い世代まで、さまざまな感想が寄せられます。
主催者からも、例えば秋田県の大仙市中仙市民会館ドンパルのように、「優秀映画は大体冬の2月に開催しています。映画は2月ともう定着しているので、常連のお客さんも多いですよ」と、地域のイベントとして根付いていることを感じさせてくれる声もたくさんいただきます。
会場に上映用フィルムを無理なく巡回させるスケジュール調整やフィルムの検査にも、長い時間と手間をかけています。「相模原分館の映画室スタッフの確実な仕事があってこそ、成り立っている事業でもあります」と冨田さん。
映画室の小川芳正さんは、相模原分館でフィルム検査を担当しています。「全国を巡回するフィルムは非常に良い状態のものだけではないので、できる限り上映先でトラブルがないよう、丁寧に作業しています。以前、広島で映写技師として優秀映画の上映に関わりました。フィルムセンター(当時)からフィルムが届くと、状態を記録したプリント報告書が入っています。会場からは、上映報告書を書いて戻していました。今、国立映画アーカイブで優秀映画を担当して、これらの報告書の大切さを感じています」と仕事について語ってくれました。
各地の会場もまた、地域の皆さんにフィルム上映を最良の状態で届けられるよう、厳しい環境の中、それぞれで困難に対処しています。上映に必要な映写機を良い状態で維持するためには適切なメンテナンスが欠かせません。しかし、部品を交換しようとしても、製造が終了しており、在庫やバックアップがないと映写機が使えなくなってしまいます。また、メンテナンスやフィルムの映写には専門的な技術と知識が必要になるので、映写技師の確保も重大な課題です。
佐賀県の鳥栖市民文化会館では、若い観客層の開拓にも力を入れて映画セミナーを上映会の前に開催したり、上映時に台詞を聞き取りやすいようにスピーカーを設置したりするなどの工夫をしていました。同会館の渡辺紀代美さんは、フィルム上映を続けるための努力をこう語ります。「当館でフィルムでの上映を続けるためには、まず映写技師さんのスケジュールを確保することが大事です。事業の案内が届いたら、すぐに佐賀と福岡・小郡の会場に連絡して、期間が重ならないよう調整しています。35ミリの技師さんが少なくなっていて、上映日が重なると開催できなくなるからです」
鳥栖会場を担当している有田昭映の映写技師、永松利久さんは「替えのランプを備蓄して、メンテナンスも何とかやっています。この優秀映画の上映会が続く限りは、やっていきたいと思っていますよ」と話します。
実施会場からこんな報告を受けたこともあります。優秀映画開催のため映写機のメンテナンスをしたら、不良個所が見つかり、使用できなくなってしまった。急遽、映写業者から映写機を借りたものの、映写室に入らない。仕方なく客席の後ろに映写機を設置したところ、「映写機を間近で見られた」と言ってお客さまからとても評判が良かったそうです。最近は、このようにレンタルした映写機を場内に設置して上映を行う会場も増えてきました。
会場と、映写技師・映写業者の連携は、こうした上映事業が続いていく上で非常に重要な要素です。そうして、それと同じくらいに大きな役割を果たしているのは、何よりも、映画を見に来てくれるお客さまの存在です。
今年で映写技師5年目の村岡由佳子さんは、中学生のときに父親に連れられて見た「怪談」(監督:小林正樹、65年)がきっかけで、映画館で働きたいと思うようになったそうです。
「会場は、下関市文化会館のホールでした。前の方に座っていた夫婦が“懐かしいね”と話していて、全体に場の空気がすごく良かったんです。大学に入って山口情報芸術センターでもぎりのアルバイトを始めたのですが、もっと深く関わりたいと思いました。でも、映画をいっぱい見ていたわけでもないし、上映プログラムを組むことは想像できませんでした。他に何かないかなって考えて、映画を映すという仕事があると気づきました」
観客として映画に魅せられた村岡さんは、映画フィルムに触れ、映画を映し出す映写技師という、ある意味では映画に一番近い存在になったとも言えるでしょう。
めまぐるしいスピードで変わる時代の中でも、映画館での映画体験を、そして消えゆくフィルム映写の灯を残し続けようと活動する方々が全国にいる。今年で31回目を迎える優秀映画鑑賞推進事業を国立映画アーカイブが続けてこられたのは、映画への深い愛と情熱をもった全国各地の会場のスタッフ、映写技師・映写業者、そして観客の皆さまの支えがあるからなのです。
一般社団法人コミュニティシネマセンター『映画上映活動年鑑 2018』2019年
「日本映画産業統計 過去データ一覧表」一般社団法人日本映画製作者連盟
http://www.eiren.org/toukei/data.html(最終閲覧日:2019年8月28日)
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