【国立映画アーカイブコラム】なぜ映画を「残す」のか? 実は身近な映画保存の話
2019年6月23日 08:00
[映画.com ニュース] 映画館、DVD・BD、そしてインターネットを通じて、私たちは新作だけでなく昔の映画も手軽に楽しめるようになりました。それは、その映画が今も「残されている」からだと考えたことはありますか? 誰かが適切な方法で残さなければ、現代の映画も10年、20年後には見られなくなるかもしれないのです。国立映画アーカイブは、「映画を残す、映画を活かす。」を信条として、日々さまざまな側面からその課題に取り組んでいます。広報担当が、職員の“生”の声を通して、国立映画アーカイブの仕事の内側をご案内します。ようこそ、めくるめく「フィルムアーカイブ」の世界へ!
国立映画アーカイブ(National Film Archive of Japan:NFAJ)をご存知ですか? 当館は、東京メトロ・京橋駅と宝町駅からそれぞれ徒歩1分、東京駅や銀座・有楽町・日本橋エリアからはおよそ徒歩10分という、色んな映画館とハシゴも楽しめる立地にあります。これまでは東京国立近代美術館フィルムセンターとして活動してきましたが、2018年4月、その機能を名前に掲げた6館目の国立美術館へと生まれ変わりました。
「2001年宇宙の旅」70mm上映で当館を知ってくれた方もいるでしょう。「昔の映画が見られる場所」というイメージをお持ちの方も多いかもしれませんが、当館はいわゆる名画座でも映画館でもなく、上映ホール以外に展示室や図書室も備えた国立美術館で、フィルム(映画)アーカイブなのです。
フィルムアーカイブとは、映画フィルムおよび映画関連資料の、収集・保存・復元・公開を主な活動とする機関の総称です。こうした映画保存機関は世界各地に存在し、現在75カ国から164の加盟機関が国際フィルムアーカイブ連盟(FIAF)の会員として活動しています。有名なニューヨーク近代美術館(MoMA)や英国映画協会(BFI)、シネマテーク・フランセーズもその一員です。
そもそも、なぜ映画を保存するのでしょう? 映画は、私たちの日々の楽しみであると同時に、歴史を記録し、また表現してきた文化財でもあります。つまり、映画を未来に受け渡すことは、私たち、そして次の世代が文化を再発見し、創造する可能性の選択肢を増やすことにつながっていくのです。例えば、チャールズ・チャップリンという20世紀最大の喜劇王がいますね。100年近く前に作られた「キッド(1921)」 や「モダン・タイムス」「街の灯(1931)」といった彼の数々の名作を今もなおさまざまな方式で見ることができるのは、その映画フィルムを残し、保存してきた人たちがいたからに他なりません。
実は、映画は保存しなければ失われていくものです。文字通り「なくなってしまう」だけでなく、メディア自体が残っていても、適切な管理をしないと劣化してしまいます。
当館の学芸課は5つの部署に分かれており、美術館でいう学芸員にあたるポストである「研究員」と、サポート業務を行う「補佐員」、あわせて約50人が働いています。その中で、映画フィルムの収集・保存・復元を行うのが「映画室」という部署です。
FIAFでは各国の映画アーカイブがそれぞれ自国の映画フィルムを優先的に収集しています。当館も所蔵フィルムの約9割は日本映画です。残念なことに、日本映画は、戦前、特に無声映画の残存率が先進国の中でも低く、劇映画に関して言えば、当館の所蔵数は1910年代ならば公開された総数の0.2%、20年代ならば4.1%のみです。
ですが、今は失われたと思われている映画フィルムも、もしかしたら世界のどこかで眠っているかもしれません。映画室では、映画関係者、ご遺族、時には蒐集家の方から寄贈を受けたり、国内外に散逸した映画フィルムを収集したりすることで、まだ救える可能性のある映画を、散逸・滅失・腐朽から守っています。
95年から務めている主任研究員の入江良郎さんが、こんなエピソードを教えてくれました。
「押し入れや倉庫の奥から古い映画フィルムが発見されたという話は、実際に珍しくありません。その中には、今も有名な監督の映画もたくさんあります。例えば、70年代に溝口健二の『ふるさと』(30)が杉並区の民家で、90年代には小津安二郎の『和製喧嘩友達』(29)の短縮版フィルムが新潟の塩沢にある民家で発見されました。また、映画雑誌の日本映画ランキングでは半世紀以上にわたり幾度も上位にランクインしながら、フィルムが失われており、“幻の名作”と言われていた伊藤大輔の『忠次旅日記』(27)が、91年に広島の民家の倉庫で見つかります。自宅を取り壊す際、倉庫に眠っていたフィルムの処分に困ったご家族が、広島市映像文化ライブラリーに連絡したことから当館に寄贈され、復元に至りました」
こうして当館に収集された映画フィルムは、神奈川県相模原市にある当館の映画保存庫で保管されます。3つのフィルム保存棟から成るこの相模原分館は、合計約49万缶のフィルムを収納でき、24時間空調システムによる管理のもと、温度2~10℃、相対湿度35~40%で安全にフィルムを保護しています。映画フィルムは重くて手間がかかり、化学的にも劣化しやすいと思われがちですが、フィルムはこの適切な温湿度の下で、数百年安定的に保存できることが実証されています。映画室は、京橋とこの相模原で活動する、最も大きな部署でもあるのですよ。
ここで、こんな疑問を持たれた方もいるでしょうか。「現代の映画はデジタルだから、保存は簡単になったのでは?」と。確かに今では撮影・上映どちらもデジタルが主流となっており、デジタルデータならば、保存も簡単そうに感じる方が多いかもしれません。
ところが、デジタル映画も大きな課題を抱えているのです。皆さんも、DVDやBDに傷がついて再生できなくなってしまった、HDが壊れてデータが全部飛んでしまった、ファイル形式が古くなって開けなくなってしまった、といった経験はありませんか。
デジタルデータは再生機器が維持できなければ読み出せなくなるうえに、数年ごとにメディアの変換やソフト等の更新をし続けなくてはなりません。その過程で、データの破損や消滅、読みとれなくなるリスクは増大します。現時点では、コスト面も含め、フィルムよりも長期の保存に重大なリスクがあることが分かっているのです。
そして、いま私たちが見ている見ている新作映画はこの課題に直面しています。皆さんの家族を撮ったホームビデオも同じです。記録メディアの変換や更新作業を続けなければ、近い将来には見られなくなってしまうのです。国立映画アーカイブはこの喫緊の課題に対処すべく、デジタル映画の保存と活用の調査研究も14年から行っています。
映画の保存が何をすることなのか、少しイメージが湧きましたでしょうか。「課題だらけだな」という印象を持ったかもしれませんが、当館の職員は皆それぞれ映画が好きで、深い情熱を持って仕事に取り組んでいます。相模原分館でトラフィック(映画フィルムの出し入れや、運搬)を担当する隈元博樹さんに、仕事の魅力について聞いてみました。
「保存庫で大量のフィルム缶に囲まれていると、“ここから映画の旅が始まるんだな”っていう大きな喜びを感じます。学生時代にアルバイトをしていた川崎市市民ミュージアムでは、映像ホールでフィルム上映を行っていて、そこでフィルムの良さを知ったんです。国立映画アーカイブで働くことを決めたのは、フィルムの物質的側面や、上映に至るまでの流れを現場で知りたかったからです。自分で出庫したフィルムが全国の映画館やホールで上映されているのは、何だか嬉しい気持ちがしますね」
隈元さんがかつて働いていた川崎市市民ミュージアムもそうであるように、映画の保存を行う機関は国立映画アーカイブだけではありません。他にも福岡市総合図書館や京都府京都文化博物館、プラネット映画資料図書館/神戸映画資料館、広島市映像文化ライブラリーを始め、NPOや色んな団体が国内各地で活動しています。実は、皆さんの身近なところにもあるかもしれません。
皆さんが普段楽しんでいる映画を、保存という視点から考えてみる機会となれば嬉しいです。
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