水谷豊、最新作「轢き逃げ」で継承したイーストウッドの“監督術”は?
2019年5月9日 15:00
[映画.com ニュース] 水谷豊が監督・脚本・出演した「轢き逃げ 最高の最悪な日」が、5月10日に公開を迎える。初メガホンとなった「TAP THE LAST SHOW」から2年を経ての監督最新作は、ひき逃げ事件を発端に、人間の業と本性があらわになるさまを描き切った骨太な一作に仕上がった。監督として、脚本家として、俳優として……どのようにしてこの“高み”まで、作品を引き上げたのか。オーディションで見出した気鋭俳優、中山麻聖と石田法嗣を交え、製作背景を語った。(聞き手:松崎健夫 文:編集部)
本作は、結婚式を数日後に控える青年・秀一(中山)が運転する車に、親友の輝(石田)が乗り込む場面から始まる。結婚式の打ち合わせに遅れてしまい焦る2人は、裏道を通ろうとした矢先、ひき逃げを起こしてしまう……。冒頭から末尾まで物語を引っ張る映画の“顔”を選ぶにあたり、水谷監督は「(主演2人の)オーディションに関しては、最初は僕も立ち会おうと思ったのですが、色々と考えてやめたんです」と舞台裏を明かす。そこには、役者と監督の両方を経験してきた水谷監督ならではの“感覚”があったという。「(自分が)役者をやっていると、役者の気持ちがよくわかる。違う情が動いたら嫌だなと思いまして、最後何人かに絞ったところでDVDをいただいて、それを見て決めました」(水谷監督)。
オーディション時にもし目の前に水谷がいたら、候補者たちは委縮してしまっていたことだろう。本来のポテンシャルを見抜くための、“あえて”の行動だったのではないか。「何か感覚的に、(心を)動かすものがあったんでしょうね。この2人には」と中山と石田に暖かなまなざしを向けた水谷監督は、「どうも、クリント・イーストウッドも(候補者と)会わないらしいですね。そのくらいは真似させてもらってもいいだろうと思ってやらせていただきました」と快活に笑い、場を和ませる。
演出法、演技指導においても、“水谷組”では監督自身の俳優経験をフルに使ったメソッドが導入されたという。中山は「水谷さんは、(自分の出演シーンを)一度演じてくださるので、それは自分だけの特別な演出でしたね。まばたきの回数や、鼻をすする所作も細かい計算の中で演出を付けていただきました。見せてくださっているからこそのプレッシャーがあるんですが(笑)」と大先輩から直に“稽古”を付けられていく中で、役を構築していったという。
一方の石田は、「現場に入ったら監督が『こういう風にやれば大丈夫だから』と実演してくださって、『助かる……』となりました(笑)」とあっけらかんと笑うが、それまでには巨大な重圧にさいなまれたそうだ。「今回、(プレッシャーで)水しか飲めなくて、体重が3キロくらい落ちたんですよ。一回目の“本読み”の時に役を固めていったんですが、結構違っていて立ち直れないくらい落ち込んでしまって……。そのときに、監督が『あと2・3回あるから大丈夫』と言ってくださって。やっと3回目に『光が見えた』とおっしゃっていただけたときは、ものすごくうれしかったですね」。
中山と石田の話に熱心に耳を傾けていた水谷監督は、「2人には言ったと思うんだけど、まず真似をして、心が動いたらそこからは自分のものになる。自分の“何か”が入ってくる、それを2人にはやってほしかったんです」と演出意図を明かす。
自身のこれまでを振り返り、「10代・20代のころはアメリカンニューシネマにすごく引き付けられた。ヨーロッパの映画もそう。映画館に行くと、そこには必ず何か“世界”があった」と語った水谷監督。「自分がどれだけ心を動かされて、いい思いをしていい世界を経験できていたのか。それは、映画音楽とともに僕にはものすごく大きなことなんです。今、気づいたら作る側に回っていて、『自分だったらこうする』と思っていたことをやっていますね」と感慨深げに振り返る。
「監督は、方向性を作らなければならない。それが間違っていたら、みんながどれだけ頑張ってもいい作品にはならないんです。過去の僕が今まで出会ってきた素晴らしい監督たちもそうですが、ダメなときは監督の責任だと感じ出せてくれた。いい時は、みんなに跳ね返る。役者がダメなときは、役者じゃなくて監督の責任という思いはやっぱりありますね。それくらいの覚悟と責任を持たないといけない。簡単にできる仕事じゃないと思いますね(笑)」。
水谷が名匠たちから継承した信念は、監督として生きる糧となり、中山や石田ら、次の世代へ伝播していく。早くも円熟期を迎えた“監督”水谷豊が次にどのような世界を我々に見せてくれるのか、今から楽しみでならない。
「轢き逃げ 最高の最悪な日」は5月10日から全国公開。
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