ドキュメンタリー「カルテル・ランド」が暴く善悪揺らぐ麻薬戦争最前線の実態とは?
2016年4月29日 12:00
[映画.com ニュース] 2006年から麻薬戦争が続くメキシコ。報道だけでなく、「ボーダーライン」「皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇」など、映画人も注目している。若手監督マシュー・ハイネマンもそのひとりで、麻薬戦争の最前線に乗り込みドキュメンタリー映画「カルテル・ランド」を完成させた。
ハイネマン監督は、ローリング・ストーン誌の記事「Border of Madness(狂気の境界)」をきっかけに、「(暴力を美化した)見出しやポップカルチャーの枠組みから取り出し、リアルな人間の顔を付け足して、実際に起こっていること、どれだけの人々が現実に麻薬の暴力の影響を受け、それに対抗しようと立ち上がっているかを描き、市民が法を自分の手の中に入れた時何が起こるかを描く」と動き出す。そして麻薬カルテル、町医者ホセ・ミレレス率いる自警団、米退役軍人による自警団の姿を映し、正義とは裏腹に腐敗した組織とメキシコ社会の実態を明らかにした。
真実を映し出すカギは、「透明性と時間」だった。「国境の両側において、私は何も裏の意図がなく、ただ彼らのストーリーと、彼らが住んでいる世界をドキュメントしたいのだということを明白にしていました」と撮影対象者の信用を得たという。9カ月間(ひと月あたり2週間)を現地での撮影に費やすことで、「長期取材というのは予算のないものです。メキシコで起きているこの問題を取り上げた人はこれまでにもいますが、ほとんどが数日間滞在するだけです。複雑に入り組んだ物語をそれだけの時間で描くのは、不可能ではないかもしれませんがとても難しいことです」と深い関係性を構築した。
ハイネマン監督は、自警団のみならず麻薬カルテルにも切り込むことで、境界が揺らいでいく善悪を浮き彫りにしていく。危険と隣り合わせの環境で、どのように犯罪グループにアプローチしたのだろうか。
「ラボに入り込むには大変時間がかかり、4、5カ月が経った頃、もう実現不可能だろうと思い諦めかけていました。すると最後の撮影あたりで、いきなり事態が動きました。山の中のとても危険なエリアで車が壊れてしまった時のことでした。電話が鳴り、『午後6時に町の広場へ来い』と。その場所へ行くと、マスクの男たちが我々を車に乗せ、小さい町や小さい野原をどんどん抜け、止まりました。また別の車が現れ、森のなかへ連れて行かれました。トランクの中に投げ込まれるのは嫌でしたから、事前にルールを決めていました。カルテルのメンバーは顔を撮影されたくなかったのです。長い間このシーンの撮影を夢見ていて、ついに実現しました」
数カ月にわたり緊迫した撮影が続く中、ハイネマン監督は銃撃戦など死を目の前にした現場も体験する。しかし、最も恐怖を感じた瞬間は「撮影の初期、夫と一緒にカルテルに誘拐された女性と共に過ごした時間」だった。「彼女は夫が切り刻まれ、死ぬまで焼かれたことを語りました。私は彼女の深い悲しみに満ちた目を忘れることができません。まるでカルテルが彼女の魂をそこから吸い取ってしまったかのように窪んでいました」と人をむしばむ暴力の恐ろしさを語る。
撮影開始当初、シンプルなストーリーを想定していたが、現地での撮影を重ね善悪が不鮮明になっていく世界に触れるたびに、「ある部分で、悪との戦いを求める人々の『上昇』の話であり、一方で、彼らが法を自分の手に収めたことで地獄へ向かう『下降』の話です。秩序と混沌、法への欲求という本質的な問題についての物語であると同時に、残虐性と違法性についての話でもあります」と物語は複雑化していった。
「私が好奇心をそそられたのは道徳の曖昧さであり、それは映画の物語やキャラクターの中に、自然と現れてきました。この映画は単純な答えを提供はしませんが、その代わり、私が信じる物語が、様々な方法で翻訳され、理解されるだろうと思います。ある意味で、『カルテル・ランド』は男と女が法のない社会で武器を持つと何が起きるかを警告する訓戒的な物語です。私にとっては、理想主義と暴力の間の矛盾についての不朽の物語であり、歴史や現在の世界とも不気味に共鳴するものです」
「カルテル・ランド」は、「ハート・ロッカー」のキャスリン・ビグロー監督が製作総指揮を手がけ、第88回アカデミー長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた。5月7日から全国で公開。
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