ナチスの犠牲になった夫婦描く「あの日のように抱きしめて」監督が語る、ドイツの戦後映画
2015年8月14日 15:00
[映画.com ニュース]ベルリン受賞作「東ベルリンから来た女」のクリスティアン・ペッツォルト監督と主演のニーナ・ホス、共演のロナルト・ツェアフェルトが再び集い、ナチスの強制収容所で顔に大怪我を負った妻と、変貌した妻に気づかない夫の愛の行方を描いた映画「あの日のように抱きしめて」が8月15日公開する。戦後70年を迎える今年、日本と同じく敗戦国となったドイツの過去に向き合う作品を発表したペッツォルト監督が、戦後のドイツ映画を語った。
1945年、ネリーは強制収容所から奇跡的に生き残ったものの顔に大きな傷を負い、再生手術を受ける。夫ジョニーを探し出そうと奔走し、ついに再会を果たすが、ジョニーは顔の変わったネリーが自分の妻であることに気づかないばかりか、収容所で死んだ妻になりすまして遺産をせしめようと彼女に持ちかける。夫は本当に自分を愛していたのか、それともナチスに寝返り自分を裏切ったのかを知るため、ネリーはその提案を受け入れる。
強制収容所の存在により分断された愛を描いた本作製作のきっかけをこう語る。
「私の母の家族というのはナチでした。歴史的にもドイツでは、1933年から1945年までが存在しなかったかのように、70年代初頭になるまでは、まるでブラックホールでした。現在になってようやく考えるようになったわけで、私の家族のなかでもそれは同じでした。僕が質問しはじめても、何も答えてくれませんでした」
「人体実験を繰り返したヨーゼフ・メンゲル博士が、アウシュビィッツ強制収容所のカップルに行った実験を書いた小説を読みました。放射能を使って子供が生めないような状態されたユダヤ人の若い女性と、彼女の恋人を閉じ込めて愛し合わせ、妊娠するかどうかを実験した。しかし二人の間の愛は既に失われ、感情は完全に破壊されていた。実験は失敗し、小説の最後は、そうのような大きな抑圧の下では愛はもはや存在しないのではないか?という疑問符で終わりました。本作では、破壊されてしまったものを再構築することができるかどうかということを描きたかったのです」
強制収容所での出来事に関する実話の映画化やドラマ、生還した実在の人物の史実作品は数多くあるなかで、ドイツの戦後映画について考察し、本作では“収容所のその後”を、愛のドラマとして語っている。
「ドイツには本物の映画はもう無いんです。警察モノやコメディなどテレビに流れてしまっています。その中で描かれるヒトラーはエンターテイナーのようなものだと思うのです。ナチスのユニフォームに魅了され、そして犠牲者のことは考えません。ピーター・ローレが監督した『The Lost One(英題)』(51)という映画があります。ドイツに戻った犠牲者を描いた作品です。戦争の後、子供たちは親を失っていて、そして生き残ったものたちもどこへ行っていいか分からない、そんな状態が続いていた。ローレも難民キャンプにいた人物です。『The Lost One』はとても素晴らしい映画ですが(ドイツ人は)誰も見たがらなかった。それでローレはハリウッドに戻ったのです」
本作はホロコーストという消せない過去への向き合い方、戦争が一個人に与える傷を繊細に描いた。戦争が残した傷についてどのように考えているのだろうか
「3年前に亡くなった父の病院で一週間付き添ったのですが、その病室は死期が近い人たちがいる部屋でした。父と同じ年代の人たちで、彼ら3人ともが戦争の話をしていました。戦争のときには若かった人たちが、人生で始めて戦争の話をしていたのだと思います。年老いて自分たちの体を抜け出し、そこでやっと解放されて話が出来るようになったということです」
「ドイツ映画についていうと、戦争直後というのはファシズムについて考えることを皆が嫌がり、記憶から逃れようとしていた。でもホラー映画のように常に立ち返ることを促す問題ではありました。逃げることはできないということです」
前作「東ベルリンから来た女」に続き、本作でも登場人物が自転車に乗るシーンを印象的に使っている。監督にとって自転車に特別な思い入れがあるのだろうか。
「私のオフィスには1枚だけ写真が飾ってあります。小津安二郎の『晩春』の自転車のシーンです。個人の自由を扱っていて、映画の中の自転車が大好きなんです。車の中では常にせりふがあったりパッションがある。でも自転車では自分が自由でいられる。自分の力で立つことができます。『東ベルリンから来た女』では自転車は自由の象徴でした。『あの日のように抱きしめて』では2人で自然の中に出て行って湖に行く。問題が起きる前は2人はとても幸せな時間を過ごしていたことを表わすのです」
「あの日のように抱きしめて」は8月15日、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開。
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