熊切和嘉監督、今だから明かせる「私の男」秘話
2015年2月3日 17:00
[映画.com ニュース] 第36回モスクワ国際映画祭コンペティション部門で2冠に輝いた「私の男」のブルーレイ&DVDが、2月3日に発売される。映画化は困難といわれるなか、桜庭一樹氏の原作への強い思い入れとともに執念で撮り上げた熊切和嘉監督が、文化庁の新進芸術家海外研修制度で仏パリ留学直前のタイミングで、映画.comに今だからこそ明かせる同作にまつわる秘話を明かした。
昨年6月14日に全国71スクリーンで封切られた「私の男」は、第36回モスクワ国際映画祭で最優秀作品賞と最優秀男優賞(浅野忠信)をダブル受賞する快挙を成し遂げた。ヒロインの二階堂ふみも第13回ニューヨーク・アジア映画祭でライジングスター・アワードに輝いたほか、第38回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。さらに、第69回毎日映画コンクールの作品部門で日本映画大賞を戴冠するなど、熊切監督の新たな代表作といって過言ではない作品へと大きく飛躍した。
熊切監督が反響の大きさを痛感したこととして、故郷・帯広での上映会に立ち会った際、高校の先輩にあたる作家の鳴海章氏(「風花」「雪に願うこと」の原作者)が鑑賞に訪れたことを挙げる。「気に入ってくださったようで、すぐに興奮のメールをくださいました。あまりほめない方らしいのですが(笑)、『直情に生きるということ、憧れます。憧れますが、現実にはなかなかできない。重いけれど、夢の世界でしたね。何ともしがたい人間というものが愛おしく感じられました』というようなことが書かれてありました。それから、東京へいらした時、一緒に飲ませていただいたりしています」。
桜庭氏の第138回直木賞受賞作を映画化した今作は、天災で孤児になった10歳の少女・花(二階堂)と、若くして花を引き取った遠縁の男・淳悟(浅野)が、寄り添うようにしながら禁断の愛を育んでいくさまを描いた問題作。2人の出会いから16年間を描くにあたり、花の幼少時代を16ミリ、北海道の少女時代を35ミリ、東京に移ってからのシーンをデジタルと、3種のカメラを使い分ける撮影手法は必見。さらに流氷の上で撮影したシーンは、熊切監督をはじめ作り手全員の思いを雄弁に物語り、見逃すことはできない。
公開から半年以上が経過した現在でも、熊切監督は撮影中に見せた浅野と二階堂の姿が脳裏に焼きついて離れない様子だ。長年にわたり一緒に仕事をすることを熱望してきた浅野に対しては、「経験を重ねることで、どこか枠の中で考えてしまうことがあるんです。もちろん台本ありきでやっているのですが、浅野さんは『浅野忠信ならではの実感をこめたらどうなるか』というところで演じてくれる。すごく驚きがあったし、はまった時は圧倒的でした。(テイクを)繰り返しちゃうと型(かた)になってしまうことがあるので、『今すぐに回そう!』と動き出したりして。その生々しさが面白かったですね」と述懐。二階堂に対しても、「あんなに根性のある人はいませんよ。『映画に“殉じる”んだ!』という強い決意が伝わったし、すごく信頼を感じました。個人的にもすごく波長が合いましたね」と称える。
また、長年にわたり苦楽をともにしてきたスタッフに対して、全幅の信頼をにじませる。「海炭市叙景」などでもタッグを組んだ撮影監督の近藤龍人や照明の藤井勇ら、多くのスタッフが現在の日本映画界にあって引っ張りだこの状態が続く。今作でも熊切監督の思いを迅速に汲み取り、説明不要の映像世界をスクリーンに刻み込んでいる。「映画に対しては真摯な人たちしかいないと思います。仕事として来ているっていう人がいないんです。もちろん仕事なんですが、『大人としての常識を超えてでも、なんか映画としてすごい事をやろうよ』ということに賛同してもらえる感じがありますからね」と表情を緩める。
発売されるブルーレイ&DVDには、1時間近いメイキング映像のほか、オーディオコメンタリーも特典として付属される。メイキングでは撮影助手が流氷に落下するシーンも含まれているそうで、「なかなかすごいですよ。見ていて、途中で気持ち悪くなりました。現場を思い出して(笑)。ぞっとしますよ、本当に事故がなくて良かったですよ」と見ごたえ十分であることを明かす。
同時期には、熊切監督が大阪芸術大学の卒業制作として撮り上げ、第20回ぴあフィルムフェスティバルで準グランプリを獲得した伝説の意欲作「鬼畜大宴会」のブルーレイ&DVDが再発売される。同作は1960~70年代に泥沼化のピークを迎えた学生運動を背景に描いた青春残酷群像劇で、学生の作品でありながら劇場公開されると、ロングランヒットを記録。第48回ベルリン国際映画祭で招待作品として上映されたほか、第28回タオルミナ国際映画祭ではグランプリを獲得している。
率直な感想を聞くと、「気恥ずかしいですね。むしろ、本当はいやですよ。タイトルは知っているけれど、どこでも見られないというのがあって許されていた部分ってあるじゃないですか。確かに熱量はあると思うのですが、えげつないじゃないですか」と照れ笑いを浮かべる。「ノン子36歳(家事手伝い)」(08)以降の作風により、女性ファンも増えつつあるが「女性の方が『鬼畜』を見たら、ドン引きするんじゃないでしょうか」。同作の特典映像には、松江哲明監督が司会を務め、熊切監督と山下敦弘監督によるオーディオコメンタリーが網羅されているという。
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
休暇をもらって天国から降りてきた亡き母と、母が残したレシピで定食屋を営む娘が過ごす3日間を描いたファンタジーストーリー。 亡くなって3年目になる日、ポクチャは天国から3日間の休暇を与えられ、ルール案内を担当する新人ガイドととも幽霊として地上に降りてくる。娘のチンジュはアメリカの大学で教授を務めており、そのことを母として誇らしく思っていたポクチャだったが、チンジュは教授を辞めて故郷の家に戻り、定食屋を営んでいた。それを知った母の戸惑いには気づかず、チンジュは親友のミジンとともに、ポクチャの残したレシピを再現していく。その懐かしい味とともに、チンジュの中で次第に母との思い出がよみがえっていく。 母ポクチャ役は韓国で「国民の母」とも呼ばれ親しまれるベテラン俳優のキム・ヘスク、娘チンジュ役はドラマ「海街チャチャチャ」「オーマイビーナス」などで人気のシン・ミナ。「7番房の奇跡」「ハナ 奇跡の46日間」などで知られるユ・ヨンアによる脚本で、「僕の特別な兄弟」のユク・サンヒョ監督がメガホンをとった。劇中に登場する家庭料理の数々も見どころ。
旧ソビエト連邦史上最悪の連続殺人鬼を追う刑事の戦いを、実在の連続殺人犯たちをモデルに描いたサイコスリラー。 1991年、何者かに襲われて怪我を負った女性が森の近くで保護された。女性の証言によると、彼女に怪我を負わせた犯人の手口は3年前に捕まったはずの連続殺人犯のものと酷似しており、3年前の犯人は誤認逮捕だったことが判明。本当の連続殺人犯は10年以上にわたって残忍な犯行を繰り返し、36人を殺害していた。捜査責任者イッサは新たな容疑者アンドレイ・ワリタを追い詰め、尋問をする中で彼こそが真犯人だと確信していく。やがて、ワリタの口から驚くべき真実が明かされる。 本作が長編デビューとなるラド・クバタニアが監督・脚本を手がけ、1978年から90年にかけて50人以上を殺害した容疑で逮捕されたアンドレイ・チカチーロをはじめとする数々の連続殺人犯をモデルに、刑事や精神科医、犯罪学者にインタビューをしながら犯人の人物像を組み立てた。刑事イッサ役に「葡萄畑に帰ろう」のニカ・タバゼ。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。
インドで被差別カーストの女性たちが立ちあげた新聞社「カバル・ラハリヤ」を追ったドキュメンタリー。 インド北部のウッタル・プラデーシュ州で、カースト外の「不可触民」として差別を受けるダリトの女性たちによって設立された新聞社カバル・ラハリヤ(「ニュースの波」の意)は、紙媒体からSNSやYouTubeでの発信を中心とするデジタルメディアとして新たな挑戦を開始する。ペンをスマートフォンに持ちかえた女性記者たちは、貧困や階層、ジェンダーという多重の差別や偏見にさらされ、夫や家族からの抵抗に遭いながらも、粘り強く取材して独自のニュースを伝え続ける。彼女たちが起こした波は、やがて大きなうねりとなって広がっていく。 2022年・第94回アカデミー長編ドキュメンタリー賞にノミネートされたほか、2021年サンダンス映画祭ワールドシネマドキュメンタリー部門で審査員特別賞&観客賞、山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波部門で市民賞を受賞するなど高く評価された(山形国際ドキュメンタリー映画祭上映時のタイトルは「燃え上がる記者たち」)。