アルフレッド・ヒッチコックの映画術を学ぶドキュメンタリーとしては、本作の先輩格にして素晴らしい出来の「ヒッチコック/トリュフォー」がある。こちらは、1962年にフランソワ・トリュフォー(長編デビュー作「大人は判ってくれない」を監督してから3年後)がヒッチコックに延べ50時間ものインタビューを行い66年に書籍化された「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」を題材に、インタビュー時の写真と音声テープのほか、マーティン・スコセッシ、デヴィッド・フィンチャー、黒沢清ら10人超の監督がヒッチコック映画の魅力を語るパートも交えて2015年に製作。トリュフォーに質問されヒッチコックが自作について説明するやり取りが興味深いうえに、巨匠を敬愛する監督らのコメントを要所ではさむ編集テンポも快調で、本編80分があっという間に過ぎる。
一方、本作「ヒッチコックの映画術」は、1922年の初監督作「第十三番」から100周年にあたる2022年に企画された英国発のドキュメンタリーで、メガホンを託されたのは「ストーリー・オブ・フィルム 111の映画旅行」のマーク・カズンズ。19世紀末~2000年代の120年の映画史をまとめた著書「The Story of Film」や、これを基にした計15時間のドキュメンタリーシリーズ「ストーリー・オブ・フィルム」を監督するなど、映画史の膨大な情報を整理し要約する能力に長けた職人だ。
代表作だけでなく初期作品などの本編映像もふんだんに使用し、「逃避」「欲望」「孤独」「時間」「充実」「高さ」という6章構成で、テーマ別にヒッチコックの意図や編み出した技法を解き明かしていく。“ヒッチコック自身が語る”体で作られているが、実際には物真似が得意な英国出身俳優アリステア・マクゴーワンがナレーションを務めた。ただ残念ながらぼそぼそした語りが単調で眠気を誘ううえ、ヒッチコックのあえぐような息継ぎまで模写した音が個人的には耳障りだった(そこまで完コピしなくてもいいのに…)。ヒッチコックの写真も同じものが何度も映し出され、120分が余計に長く感じられてしまう。
とはいえ、鑑賞済みのヒッチコック作品でも、視点や構図、背景などについての意図や仕掛け、込められた象徴性などを聞いてなるほどと気づかれることも多く、とくに映像作家志望の若い層には大いに参考になりそうだ。単にヒッチコック映画が好きという向きにも、より深く作品を味わううえで得るものが多いだろう。時間があればまず「ヒッチコック/トリュフォー」を配信などで鑑賞し、それを補完する位置づけで本作を観るとバランスがよいように思う。