劇場公開日 2024年2月23日

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落下の解剖学 : インタビュー

2024年2月24日更新

アカデミー賞5部門ノミネート! 実際の映画監督カップルが描く夫婦の崩壊スリラー ジュスティーヌ・トリエ監督インタビュー

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第76回カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドール、第81回ゴールデングローブ賞で脚本賞と非英語作品賞を受賞、第96回アカデミー賞では作品賞を含む5部門にノミネートされた「落下の解剖学」が公開された。

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人里離れた雪山の山荘で、男が転落死。見つけたのは視覚障害のある息子。作家である男の妻に殺人の嫌疑がかけられる――スリラータッチで家庭内の夫婦の不均衡、クリエイター同士の嫉妬など、複雑な人間心理を重層的な物語で紡ぎだし、本国フランスでは動員130万人超えの大ヒットを記録している。

本作はジュスティーヌ・トリエ監督と、実生活のパートナーで、「ONODA 一万夜を越えて」のアルチュール・アラリ監督が、共同で脚本を執筆。作家の夫婦の崩壊の物語を、実際のカップルが作り上げるという野心的な試みにも注目が集まる。アカデミー賞授賞式を間近に控えたジュスティーヌ・トリエ監督がインタビューに応じた。

――まずは、アカデミー賞5部門のノミネートおめでとうございます。

今私は人生の中でも最高の時を過ごしています。こんなことが起きるなんて、全く想像していませんでした。私だけではなく、3年間ともに過ごしてきたスタッフ全員のためにとっても素晴らしいことであり、そして私の映画がフランスを代表していることも誇らしく思います。

もちろん賞を獲ることを目的として映画は作っていませんが、オスカーをはじめとした賞レースでのキャンペーンは、まるで選挙活動のような気分です。受賞は目的ではありませんが、今の目標になっています。できればトロフィーを持ち帰りたいです。

――パルムドール受賞は、あなたのキャリアどのような変化をもたらしましたか?

私の作品が世界でこれほど紹介されることが初めてですし、私の日常は一変しました。これほど私と作品が露出するのは最初で最後では? と思うほどレアなことだと思っています。私の作品は低予算で、(アカデミー賞作品賞にノミネートされている)ノーランやスコセッシの作品に比べれば職人気質の小規模映画ですが、現在アメリカも含め、様々なオファーが来ていて、今は主に二つの企画を進めています。オスカーのレースが終わったら今後を考えたいですね。

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――プライベートでのパートナーでもある「ONODA 一万夜を越えて」の監督、アルチュール・アラリが共同脚本ですね。作家同士のカップルの崩壊を描くというテーマを、二人で作り上げることは大きな挑戦ではなかったでしょうか?

アルチュールが「ONODA」を撮ったときは、私がちょうど妊娠していた頃です。彼は長期間、本当に狂気的な企画を進めていたと思います。これまで彼とともに仕事をしたことはありましたが、これほどまでに一緒に取り組んだ作品は今回が初めてです。もちろん私たちの日常を映し出しているわけではありませんし、彼への殺意を抱いたこともありません(笑)。

ただ、現代社会の中でも話題に上がる、女性と男性の家庭の中での役割分担は描きたかったです。互いに共有、分担されているか、同じ権利を持っているか――家族というものは、他者とともに社会を作る、一つの実験室のような働きをしていると思います。

この作品はスリラー映画のような体裁をとっていますが、実はこのカップルがこれからどうやって一緒に暮らしていくのか? と問いかける作品です。同じ問題を私が私生活で抱えているわけではありませんが、私はフィクションが好きなので、こういうことはあり得るだろう、と考えました。この問題が自分に起こりえるかもしれないと脳裏に置いて、この映画の制作は、厄払いをする感覚で、そういった可能性を破壊するような作業でもありました。

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――ポーカーフェイスで何を考えているかわからない、主人公のザンドラを演じた主演のサンドラ・ヒュラーの演技が見事でした。脚本段階から、彼女の起用を考えていたのですか?

はい、そうです。今回のこの企画を立ち上げたときから彼女のことを考えていましたが、この役を断られたらどうしよう、という恐れはありました。しかし、引き受けてもらえたので、彼女のリスクにはならなかったということだと思います。サンドラの女優としての素晴らしさは、その現代性です、そして、不透明さというところにあると思います。

一般的にスリラー映画の女主人公は、ファムファタルのような造形の女性が多いですよね。そういう意味で、サンドラ・ヒュラーは逆にモダンなんです。それは、画面の中で、観客たちを魅了しようとしないのです。ほぼノーメイクに近いですし、何か他人の気を引くそぶりも見せません。

私は彼女のことを好ましく思っていますが、冷たいように見えたり、計算高い女性ではないか――女優としてそんな風に思わせる魅力があります。私はその複雑さに惹かれました。彼女は2時間半観客を退屈させない、そういう確信がありました。

――サンドラ・ヒュラーから、ザンドラの人物像について提案はありましたか?

サンドラからの提案はたくさんありました。例えば裁判所でのシーンで、私のシナリオの中では、ザンドラが涙を流し、いわば模範的な被害者のような演技を想定していましたが、彼女は、謝るような表情も見せずに、それよりもその状況に少し衝撃を受けている、そんな風に演じたいと要望がありました。それから母と子の関係についても、母性に溢れた理想的な母親像ではなく、完璧ではない母親を見事に演じてくれたと思います。夫との口論のシーンも私はユーモアのあるものを想像していましたが、彼女はもっと激しく過激なやりとりにして、私としてもそのアイディアが物語を面白くすると思いました。そんな風に彼女は自分を投げ出してくれましたね。

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――視覚障がいをもつ息子のダニエル役を演じた、ミロ・マシャド・グラネールへはどのような演出を行いましたか?

撮影の3か月前から、キャスティングディレクターがダニエルの感情を表現するためにミロとともにトレーニングを行いました。ピアノも全く弾けませんでしたが、3カ月みっちり練習しました。6割くらい泣いているシーンなので、感情のコントロールについて指導し、ビジュアル面ではわざとらしくならない程度にコンタクトレンズを使用しました。

ミロの演技は素晴らしく、あれほどの子役を見たことがありません。好奇心と才能、忍耐力のある役者です。あるシーンでは25回、30回とテイクを重ねることもありましたから。

そして私は長い間、彼に台本のすべてを見せませんでした。暗記させたくなかったのです。もし暗記していたら、学校の授業でやるように暗唱してしまうと思ったので、「これから体験することは説明するけれど、この映画の結末はわかりません」と言うのも私のやり方のひとつでした。ですから、ミロは何度か母親が有罪かどうか私たちに尋ねました。このように、映画の中でダニエルに一番近い立場にミロを置きたかったのです。

――劇伴のない作品ですが、ラッパー、50Centの「P.I.M.P.」が効果的に使われています。この楽曲を選んだ理由を教えてください。

90年代にアメリカ、ヨーロッパでは大ヒットしていて、私の世代では誰もが知っている曲です。劇中ではインストゥルメンタルにしましたが、過激で女性蔑視的な歌詞がついています。夫は妻をイライラさせるために、あの曲をかけます。心地よい享楽的な音楽であると同時に、死を伴う過激なことが起こるというコントラストを表現したかったのです。

――アカデミー賞では、「バービー」が監督賞にノミネートされなかったことが話題となっています。グレタ・ガーウィグ監督は来年のカンヌ映画祭の審査員長を務めますが、同世代の女性監督として交流などはありますか?

私はもちろん「バービー」も観ていますし、ガーウィグ監督の若いころ、俳優時代からの大ファンでした。初めて対面したのはゴールデングローブ賞の時でした。ですから、監督賞、そしてマーゴット・ロビーが主演女優賞にノミネートされなかったのはとても残念です。

女性監督の作品で世界で10億ドル以上を稼いだのはグレタ・ガーウィグが初めてでしょう。彼女は野心と仕事への情熱、そして非常に稀な知性を持っている人です。ですから、私は彼女が好きで、その仕事から感銘を受けるのです。視覚的表現でのこだわりも大きく、私もそういった部分ではコントロールしたい欲望があるので非常に共感できます。

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