アステロイド・シティ : 映画評論・批評
2023年8月29日更新
2023年9月1日よりTOHOシネマズ シャンテ、WHITE CINE QUINTOほかにてロードショー
ウェス・アンダーソンの映画はジオラマ的というよりむしろ舞台的?
ウェス・アンダーソンの映画は、いつも決められたフォーマットと馴染みの俳優たちと似たようなテーマを提示してくるが、それでも毎回浮き浮きしてしまうのはなぜだろう。恐らく、細部に小さな再発見があるからだ。
最新作「アステロイド・シティ」はどうだろう。時は1955年のアメリカ西部。かつて隕石が落下した結果できた巨大なクレーターが観光名所になっている街に、天才宇宙少年少女やその親たちが集まって来る。そこで描かれるのは、機能不全に陥った家族や、空想的で既知に富む子供たちの姿だ。それらは、「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」(2001)や「ムーンライズ・キングダム」(2012)その他で見たものだし、神経質なほどのシンメトリーな構図、今回はパステルに統一されたカラーパレット、ストップモーション・アニメの登用等、他にもいつも通りの手法が満載である。
同じ映画の中で異なるジャンルが登場するのもアンダーソン流。今回は、西部を舞台に展開する舞台劇「アステロイド・シティ」と、その舞台を制作するスタジオ内でのメイキング風景が交互に描かれる。アンダーソンはそこに、彼が最も影響を受けたという1950年代のアメリカの演劇シーンへの憧れを注入したのだとか。スカーレット・ヨハンソンが演じるグラマラスな映画スター、ミッジ・キャンベル役が、アクターズ・スタジオの卒業生で、本格的な舞台俳優を目指していたと言われるマリリン・モンローにインスパイアされているのは明らかだ。
最新作で新たな発見と言えば、いつもジオラマ的と表現されてきたアートワークが、実は、舞台美術から派生したものではないかということだ。考えてみると、アンダーソンが子供の頃から勉強よりも戯曲の執筆に熱心な問題児だったことはよく知られているし、テキサス大学時代に親友のオーウェン・ウィルソンと初めてコラボしたのも、サム・シェパードの戯曲「TRUE WEST」を彼なりにアレンジした舞台劇だった。手作りのセットをフレームの中に収めるのは、映画よりもむしろ舞台のフォーマットだし、最新作の主な背景になるのはスペインに実在する本物の砂漠だ。であるにも関わらず、アンダーソンによると、わざわざ土を掘り起こしてペンキを塗りたくって作り物感を演出したのだとか。それは、最新鋭のCGIを駆使すればあらゆる背景を本物らしく見せることが可能になった昨今の流れに逆行する行為だ。ウェス・アンダーソンの映画は、手作りの暖かさが観客を舞台的な世界へと誘う、今や唯一無二の体験なのだと改めて思った。
(清藤秀人)