碁盤斬りのレビュー・感想・評価
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碁盤斬り
ちょっと厳しい事言う 十五(夜)の夜
盗んだ反物売り飛ばす
行く先も分からぬまま
暗い夜の帷の中へ
誰にも知られたくないと
逃げ込んだ江戸吉原
自由になれた気がした十五(夜)の夜
んーイマイチですねー🤣
クオリティ低い替え歌でごめんなさい🙏
白石監督、草彅剛と、
間違いないだろう顔触れで、
期待値は高かったが、
やや期待外れかな。
全体の雰囲気は好きです。
浪人が長屋で貧乏暮らし、そこにはドケチで有名な庄屋が居て、場所は吉原なので置屋のやり手ババアが幅を利かす。もう少し吉原っぽさも、要は艶っぽいシーンも、欲しい所でした。
時代劇て、台詞が大事です。
イントネーションとか、アクセントとかテンポ、
言葉尻でその時代を感じられる所は大きいです。
國村隼と小泉今日子は、中々堂に入って如何にも江戸時代劇を醸し出してますが、
草彅、斎藤工他若手役者陣は、普段やってるドラマでの役と同じ様な喋り方をするのが少し残念🫤
プロットとしても、そこまでハラハラしないし、
敵役柴田兵庫も憎さを彼自身の台詞で半減し、
殺陣であんなに無敵なのも根拠無く、
武士の情けと望み通りなのも疑問かな🫤
詰まらなくは無かったけど、
面白いかと言うとそうでもなかったです。
自分が時代劇に免疫無いからかな❓
草彅はもうちょっと笑顔があっても良かったのでは。
源兵衛とっておきの碁盤で打つ時くらいはね。
TVの宣伝につい乗せられてしまい、しまった!と思った時には遅い。
草薙剛が出演している番組を見ていて誰だかは忘れたけれど、草薙剛にインタビューをしていて、タモリが彼を絶賛している話しだった。向上心が無いところがいい!と褒められた…と奥目もなく言い放っている彼。じゃ、見てみるとしようと思った。
ホントは「ドノバン」を観るつもりだった。しかし、昨日調べた時間と今日の開始時間が違ってるのに気がついた。そんな偶然もまあ、いいかとこの映画がピタリの時間だった。しかしまあ驚きまくった。向上心のなさもここまでだとは思わず観ているのが辛くなった。しかしながら小泉今日子の凄みに惹きつけられ最後まで観てしまった。
それにしても、落語を馬鹿にしてはいけない。仇打ちを入れ込んだお陰で人情咄は見事に雪崩れに遭った山小屋。小学校の道徳教室のように静まりかえってしまった。
囲碁は読み合いを競うゲーム。読み切って罠を仕掛けたりその仕掛けにハマった振りをしたりで人の良さでは勝てるはずはない。でも、やはり最後は人柄なんだ。だから、囲碁に強い奴はこの映画の格之進の様な状況には陥らないと思うんだ。そんなトンマな役を草薙剛はすごく力一杯に演じてる。今の十分の一ぐらいの頑張りで結構いい映画に仕上がったと思うのだが…しかし彼の身体の硬さは尋常じゃない。
つい、凪なんたらって映画と比べてしまった。
ごめんなさい。
白石監督にしては
貫く姿勢
人間の感情を豊かに育て上げる物語。
浪人に落ちてもその生き様を貫き生きる親と、その親を支える娘。その父親と碁を交えることで知り合う商人。
碁盤を打つときにもその真面目さが滲み出る碁を打ち交わすことで心を豊かにしていく商人。
いろいろな世情も見え隠れする中で1つの出来事と過去の事件の2つが同時に動き始める。
その中で苦悩し模索する姿がとても人間らしく、そこで打つ碁が彼の生きてきた道とこれからの道を示してる様でとても心を揺さぶらせた。
切り離された白と黒
久々に観た時代劇の良作
「虎狼の血」の白石和彌監督が初めて撮った時代劇だというので観に行った。容赦ないバイオレンス表現が見事な映画を作る人なので、さぞリアルな斬り合いが見られるのではと期待しただけだったが、見終わった感想はかなり違ったものだった。予備知識なしだったので、まるで落語か講談のような物語の展開だと思っていたら、落語を元に作られた作品だとのことである。
囲碁は奈良時代に到来した大陸文化で、簡単に言ってしまえば陣取りゲームであるが、相手の石を完全に囲んでしまえば盤上から取り去ってしまえるので、非常に有利になる。ルールは比較的簡単であるが、ルールだけ知っていてもまず話にならず、定石と呼ばれる戦術を多数頭に入れておかなければまず勝てない。最近ではコンピュータ囲碁のレベルもプロ級に進化している。この映画では囲碁が大きな比重をもって物語の根幹にあるのだが、ルールについては全く説明されていないので、ある程度馴染みがないと本質に触れるのは難しいだろう。
囲碁の打ち方は打ち手の性格が反映されるもので、喧嘩っ早い人は序盤から遠慮なく相手の手を潰しにかかる。かと思うと、要するに一目でも自軍の方が広ければ勝ちなのだからと、相手の挑発に乗らずに毅然とした囲碁を打つ人格者もいる。この物語に登場する萬屋源兵衛や柴田兵庫は喧嘩碁の打ち手で、相手を徹底的にへこませて勝とうとする打ち方のようで、こういう相手の挑発に乗ってしまうと、頭に血が上って自分の打ち方を忘れてしまい、負けた時の悔しさは計り知れない。
一方、主人公の柳田格之進の打ち方は、武士の威厳を感じさせる人格者の碁で、対戦相手が惚れ惚れして自分の人格まで影響を受けるほどの打ち手のようである。出会った当初は互いに相手を認めず中途半端な終わり方をした源兵衛と格之進は、やがて武士と商人という立場を超えて囲碁仲間という関係になるが、如何に趣味で親しく結ばれた家族ぐるみの仲であっても、武士の沽券に関わるような嫌疑をかけられたら問答無用で相手の首を求めると明言するのが武士という生き物である。武名を挙げることを何よりも尊び、名が汚されることを何より忌み嫌うのが武士だからである。
こうした本物の武士の姿を見せてくれた映像作品は本当に久しぶりである。小津安二郎を彷彿とさせるローアングルの画角がまた日本らしさを感じさせ、蝋燭の明かりで照らされる夜の風景も美しい。草彅剛はストイックな武士らしさを好演しており、娘役の清原果耶も清楚で明るく、非常に魅力的である。武家の娘が苦界に身を落とすような展開に陥るのは本当に心苦しい。武士の世界の裏では吉原のような不憫な女たちの世界があるのもまた江戸時代である。一方、敵役の斎藤工は顔つきが現代的でやや違和感があった。平気で嘘をつき、卑怯な立ち合いをするのは、格之進の対極にある姿を見せていた。
時代風景を実によく伝えてくれた映画であるが、肝心な戦闘シーンが驚くほど少なく、またその結果の見せ方もイマイチ明確さを欠いていたのが残念だった。音楽もやや精彩を欠いていたのが惜しまれたが、映画としての出来は非常に良かったと思う。久しぶりに本物の時代劇を見せてもらったような気がした。
(映像5+脚本5+役者5+音楽4+演出4)×4=92 点。
おしいな…
傑作です
白石監督の新作が「柳田格之進」という落語からインスパイヤされた話と聞いて
どんな話になるのか?復讐エンタテインメント?
復讐話ではない気がするけど?
落語って結構無理がある話を話芸で補って(ごまかして)いるところがあって、
この噺も、よく考えると?なポイントがある。
平和になった江戸時代、浪人となり娘とつつましく暮らす格之進
囲碁で親交を深めた源兵衛の家に対局を行っている最中、
源兵衛は50両を紛失してしまう。
番頭からの疑いをかけられた父、格之進を思い、
娘自らを吉原に売ることでお金を作り、返済させる。
「これは盗んだ金ではない。もし金が出て来るようなことがあれば
疑いをかけたお前の首を貰い受ける」格之進は番頭に言って去ったまま行方不明になる。
その年の瀬、金を発見した源兵衛が、疑いが掛かったままの格之進を
探していると、藩に戻って昇進し身なりも整った格之進が
江戸に用事で戻ったところに鉢合わせする番頭。
金があったことを格之進に伝えると、「首を洗って待っていろ」と番頭を返す。
番頭がことの顛末を源兵衛に伝えたころ、格之進がやってくる。
源兵衛は「番頭には子供も妻もいるから勘弁してくれ。切るなら私を」
番頭は「私がした約束ですから私を切ってください。私には妻も子供もいません。」
刀を振り下ろした格之進、碁盤が真っ二つに…
源兵衛はすぐさまお絹を吉原から連れ戻り、番頭と夫婦になって
幸せに暮らしましたとさ
ここで大きな疑問
こら格之進、娘を吉原に売ったまま藩に戻って何しとんねん。
白石監督、私のこの疑問を納得させてくれました。
柴田兵庫なる人物を登場させ、彼への復讐も含めた話にすることで
矛盾を解決、見事です。
時代劇の殺陣も、様式美というより、七人の侍のそれ、大好きです。
草彅剛さんの演技は素晴らしいと思ったのですが‥
(完全ネタバレですので必ず鑑賞後にお読み下さい!)
主人公・柳田格之進を演じた草彅剛さんの演技は素晴らしいと思われました。
草彅剛さんは数々の映画やドラマで、その作品に一貫性の背骨をもたらせているいつも素晴らしい演技をしている役者だと思われて来ました。
今作の映画『碁盤斬り』での草彅剛さんの演技も、やはり素晴らしく、草彅さんの演技を見るだけで満足感はある映画だと思われました。
ただ、映画としては落語を題材にしているからか、やや善悪がはっきり分かれた物語になっていて、白石和彌監督作品としては物足りない感想を持ちました。
特に、濡れ衣の五十両を、萬屋源兵衛(國村隼さん)との関係性がある中で、背負い、娘のお絹(清原果耶さん)を吉原に売って立て替えるという流れは、(大晦日まで猶予が設けられたとはいえ)さすがについて行けないとは私的には思われました。
この関係性のやり取りが乏しい、きっぱりと白黒分かれた価値観は、この映画の基調に流れる善悪がはっきり分かれた価値観と共に、自分には(というより現在には)合わない物語だなと思われました。
ただ一方でこの映画がダメだと思われないのは、特に主人公・柳田格之進を演じた草彅剛さんの演技の素晴らしさがあったからだとも思われています。
他の俳優陣の演技も素晴らしく、出来ればもう少し現在に通じる多面的な価値観の作品を、同じ座組で作って欲しいとは僭越ながら思われました。
美術や照明はじめ、カメラワーク、エフェクト等素晴らしく、時代劇では...
人と人との関わり Connections between people
ふと出会った人に、少し踏み込んで関わることで、
心に変化が起こることがある。
この映画の中で、
それが囲碁の対局を
通じて、起こっている。
対局という状況がゆえ、
立場や身分、職業を超えて
それが起こって行く様が面白い。
堅物な主人公が、強欲な商人を変えていき、
主人公の娘が、吉原の大女将を心酔させ、
仇討ちの相手ですら、主人公を変えていき、
強欲な商人ですら、主人公を変えていく。
その変える力は、各々が持つ
言い分や、矜持、覚悟だ。
表裏一体で、その功罪があったことは
理解しているつもりだけれど、
個人の裁量と責任があった時代、
しきたりや、決まり事はあったけれど、
人が裁量を行使し、責任を引き受けることにより、
柔らかく対応できた時代だった。
古典落語が下敷きの物語と聞いて、
合点が行った。
SNSやインターネットがあることで、
瞬時に、起こったことが、
真偽の是非を検討するまもなく
拡散され断罪されるようになって久しい。
グレーな部分はほぼ消滅し、
白と黒のクッキリした物ばかりが目立つようになった。
それにも、功罪がある。
うまい落とし所ってないものかなぁ
とこの映画を観ながら考えてしまった。
Sometimes, encountering a person and getting involved with them a bit deeper can bring about changes in the heart.
In this movie, this happens through the game of Go.
The interesting aspect is that, due to the nature of the game, it transcends positions, social status, and professions, allowing these changes to occur.
The stern protagonist transforms a greedy merchant,
the protagonist's daughter captivates the madam of Yoshiwara,
even the protagonist's nemesis changes him,
and even the greedy merchant changes the protagonist.
The power to change comes from each person's arguments, pride, and resolve.
While I understand that there were merits and demerits, in an era when individuals had discretion and responsibility, there were customs and rules, but people could respond flexibly by exercising their discretion and taking responsibility.
Hearing that this story is based on classic rakugo, it made perfect sense.
With the advent of SNS and the internet, it's been a long time since events spread instantly without a moment to verify their truthfulness, and people are judged immediately.
The gray areas have almost disappeared, and only the stark contrasts of black and white stand out.
This too has its merits and demerits.
While watching this movie, I found myself wondering if there is no good middle ground.
日本の庭に海外の観葉植物?
「凶悪」、「孤狼の血」の白石和彌監督
初時代劇作品
主人公が不運な貧乏暮らしの役なので痩せた草彅剛はピッタリと思い見ていましたが、演技も声も迫力が無い印象を受けました。草彅剛は「ホテルビーナス」が好演で俳優としても好感を持ってましたが役作りで痩せて疲れていたのか、役が合わなかったのか分かりませんが主演なのに印象が薄かったです。対象的に清原果耶の真面目な演技、小泉今日子の貫禄で余計に浮いて見えました。
また終盤の庭のシーンで二度程、草花が映るんですが見間違いかこれがどれも海外の観葉植物に見えて違和感を覚えました。二度も登場するので何か意図があるとは思いますが日本のまだ刀を持つ時代で不自然に感じました。内容も娘が借金代わりになるんですが、身内みたいな所で結局、娘は危なげなく解放。折角、着物を着た清原果耶を起用したならばもう少し攻めても良かったのでは?と
期限内に金を返せなければ遊女になるものの
緊張感も危機感も感じませんでした。
自分がメインの囲碁の知識が無かったのが一番の問題ですが、斬首シーンもあるものの過去の白石和彌監督作品と比べると生温く感じてしまいました。
囲碁を勉強して改めたいと思います。
近年、時代劇は衰退する一方で
バシバシ斬りあったり、人が散ったりと悲惨な内容も時代的に流行らなくなってるのも事実だと思います。一応、ちょっと刀は抜いて、ちょっと殺陣、ちょっと斬首、ちょっと危機。ちょっとハッピーエンド。これが今後の時代劇のスタンダードな形なのかもしれません。
ストーリー盛り過ぎ
志の輔らくごの中で「柳田格之進」が最も好きな演目であることもあり、ストーリーをもっと父娘間の心のやりとり中心に仕立てて欲しかった。娘は、吉原とはいえ「知り合いのおばさんのところで世話になっただけ」ではなく、やはり体を売って父を助ける話にすべきではなかったのか?そうすればこそ、父の「切腹より辛い断腸の思い」につながるのではないか?
そして「もし50両が見つかったら、きっと両替屋の主従2人を斬ってくれ」と言い残して身を売った娘が結局2人を許すという物語こそが「柳田格之進」ではないのか?
ストーリーが盛られ過ぎて、上述のポイントが薄くなってしまったように思う。
せっかくの清原果耶を、元々の「柳田格之進」のストーリーで観たかった。
それでも「柳田格之進」、星4つです。
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