碁盤斬りのレビュー・感想・評価
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愚直で不器用で生きづらそうなのにかっこいい
すごく面白かった!
白石監督なのでアクションを期待されている方にとっては少し物足りないかもしれないけれど、私はその分柳田の静かなる怒りや、不器用に正義を貫く姿が丁寧に描かれていて、大変好みな作品でした。
碁の知識がもっとあれば、クライマックスシーンはもっと面白さがわかったかもなーとは思いつつも、そこまで碁のシーンも多くはないので、碁の知識が無い人でも、作品の魅力は十分に伝わると思う。
ストーリーの元は落語の話をベースに、オリジナルを加えたとのこと。鑑賞後にそれを知って、なるほどと思った。オリジナル要素が入ったからこそ、柳田という人間の解像度がグッと上がったと個人的には思う。
そしてそれを演じた草彅くんがハマり役すぎた。
口数が多いわけではなく、表情もあまり変わらない。けれど自分の信念はしっかりとあって、それを頑なに曲げない。
もっと楽に生きれば良いのに…と思うところも多いけれど、それは彼の信念を曲げることになるのだな…と感じられて、どんな落ちぶれた姿であっても、武士の魂が燃え続ける姿はかっこよかった。
後半にかけて、どんどん感情を露わにしていき怒りに震える姿への変化は素晴らしく、草彅くんの演技の良さって緩急のうまさだよなーと改めて気付かされた。
脇を支える清原果実ちゃんの、純粋で父親思いの娘役もとても魅力的で、國村隼さんの悪人にも善人でも演じ分けできる多彩さにも釘付けだった。
白石作品としては、言葉を選ばずに言うと地味目な作品かもしれないけれど、初時代劇監督作品で、現代で失われている武士の生き様みたいなものを見事に描いた良作だと思った。
かつて談志が「時代に合わない」と評した落語を令和エンタメにチューニング
落語を原案にしているようだが、その内容を知らなかったので、序盤のメイン描写である格之進と源兵衛の関係の変化から楽しんで観ることができた。
源兵衛の胡散臭さを漂わせる登場シーンから一転、格之進とほっこりするような囲碁友達になり、この2人の関係と、江戸の四季折々の街並みや行事風俗が中盤までじっくりと描かれる。リベンジエンターテインメントのはずだが、ここまではむしろ物語もビジュアルも癒しの雰囲気だ。
しかし、格之進の過去の因縁が明らかになった時点からにわかに緊張感が増す。彼は、宿敵柴田兵庫の追跡と消えた50両問題という2つの案件と対峙することになる。
草彅剛は、表情が上手い。正直台詞回しには独特の癖を感じることが多いのだが、ここぞという時に表情で役の気持ちを全て語るような瞬間があり、つい目を奪われる。おだやかな場面での静かな表情と、復讐に心を燃やす厳しい顔つきのコントラストが素晴らしい。
仇の柴田がいる碁会所で、長兵衛(市村正親)に表情で気持ちを伝える場面は白眉。
斎藤工が敵役というのは珍しい気がしたが、格之進に濡れ衣を着せたり、その罪をだしにして彼の妻を手籠めにするなどした卑怯な武士を意外と違和感なく演じていた。ただ、格之進の内部告発で路頭に迷った当事者家族のために探幽の掛け軸を売った(とかいいつつ売ってなかった)という設定で、悪役としての詰めが甘くなってしまった気もした。
個人的には、時代劇で主人公に斬られる悪役は、死んで心置きなくせいせい出来るくらい根っからの悪人である方が好み。それに、土壇場で綺麗事を言われても、でもあんた格之進の奥さんをだまして手籠めにしたよね、と思ってしまう。
50両問題の方は、結果的にはそんな原因で……と膝から崩れ落ちたくなるような顛末だが、徳次郎(音尾琢真)をもうちょっとこらしめてほしかった(笑)。
自分が格之進を疑ってるのに、上司の源兵衛に相談もせず若い弥吉(中川大志)をそそのかして格之進のところに聞きに行かせてさあ……弥吉も弥吉で、格之進が返金してきたからむしろ疑ったのかも知れないけど、無断で大将首まで請け合うってどうなのよ。万屋のホウ・レン・ソウはどうなってるんですか。
そんなツッコミ所はあるものの、全体的なクオリティには安心感があり各キャストの見どころも多い作品だった。終盤、兵庫と囲碁で勝負って殺陣はないの?と思ったらちゃんと殺陣もあって満足。きちんと作られた時代劇を見たという手応えがあった。
ろくでなし男の演技が上手すぎる印象が強かった奥野瑛太が格之進に寄り添う実直な左門を演じているのが新鮮で、いい役者さんだなあと思った。
長屋のシーンに出演した落語家の立川談慶が、本作についてプレジデントオンラインに寄せた記事を読んだ。
原案である人情噺「柳田格之進」を彼の師匠の立川談志は「今の時代に合わない」と言い切り、口演しなかったそうだ。
落語の方の物語には柴田兵庫との因縁に関する部分はなく、生真面目過ぎる性格が災いし主家から放逐されたという設定のみ(演者によるアレンジで細部が変わる場合はある。以下同様)。だから兵庫に感化され掛け軸をもらって流浪の身になるというラストもなく、碁盤を斬り源兵衛たちを許したところで終わる。
源兵衛との関係と50両に関するくだり、誤解が解け碁盤を斬るまでの大筋は落語でもほぼ同じ。弥吉と徳次郎のポジションには徳兵衛という番頭が登場し、この番頭が格之進を疑い、自分で柳田宅に50両について問いに行く。お絹は自ら吉原に身売りし、50両が見つかったら源兵衛たちを斬るよう彼女が格之進に請う。格之進は最終的に主家への帰参が叶う。そんな違いがある。
確かに、武士のメンツの重要性が娘の操や源兵衛たちの命に匹敵するかのような話は、談志の言う通り現代の感覚にはそぐわない気がする。
そこで白石和彌監督は現代の観客が受け入れやすいようアレンジをしたということなのだろうが、その線引きが絶妙だった。
女性の描写に関しては、まず話の主軸を妻の仇討ちに変え、お絹を穢さないようにする。そしてお庚の存在が効いている。彼女が見せる裁量によって落着するラストは、この物語を現代のジェンダー観で見ても受け入れやすいものにしているし、人情噺に自然に馴染む終わり方だ。
一方で、お絹は仇討ちに旅立つ格之進を「しっかり本懐を遂げてください」と潔く送り出すし、頼み事をされても余計な詮索はせず、吉原で泣いたりしない。格之進は源兵衛たちを、ぎりぎりまで本気で斬ろうとする。当時の武士や女たちの矜持を感じることができた。簡単なことのようだが、江戸や明治の人間に現代人でなければ言わないような台詞を安直に言わせる映画やドラマが多すぎるのだ。
物語の構造をアレンジしつつ、落語「柳田格之進」に息づく当時の人々の価値観も大切に描いた白石監督のバランス感覚が光る作品。
草彅剛の持ち味が見事なまでに溶け合った秀作
まずもって草彅剛という人間がいなければこの映画は何も始まらない。彼の内側からにじみ出る穏やかで実直で善良なる部分と、それがひとたび反転するや、瞳に阿修羅のごとき怒りと復讐の炎がほとばしる部分。一人の男の中でこれほど両極端な個性と感情が整合性を持って成立するのか心配にもなるが、この難行を難行に見せることなくナチュラルに成し遂げてしまうのが草彅の持ち味であり、白石監督流の演出の確かさと言えるだろう。時代劇という特殊な領域とはいえ、長屋暮らしの父娘の貧乏なれど心の底までは縛られることのない凛とした暮らしぶりや、國村準演じる質屋が辿る価値観の揺らめきは現代に通じるものがある。正義のあり方をめぐる主人公の葛藤も単純な勧善懲悪の公式では解き明かせない問いかけを伴って深く突き刺さる。要となる囲碁の攻防において、観客がルールを知らずとも演者の表情や雰囲気だけで手にとるように状況が感じられるのも非常に巧い。
物語、演技、演出をおおむね楽しめたが、若干の物足りなさも
ほぼ予備知識なしで鑑賞。所々不満に思う部分はあるものの、おおむね楽しむことができた。藩を追われ食い詰め浪人になった格之進を演じる草彅剛は静から動への振り幅が素晴らしく、ジャニーズ事務所退所後にテレビの仕事が激減するなど彼自身の不遇の時期が役柄に重なるのも感慨深い。格之進の娘・お絹を演じた清原果耶の可憐さ、仇の柴田兵庫役・斎藤工の憎々しさがうまくはまっていたし、國村隼、中川大志、奥野瑛太もそれぞれ持ち味を発揮。白石和彌監督は時代劇のメガホンをとるのは本作が初だそうだが、それを感じさせない安定した演出ぶりだった。
古典落語の「柳田格之進」という人情噺を基に、白石監督とは2019年の「凪待ち」(こちらは香取慎吾が主演だった)でも組んだ加藤正人が脚本を担当。調べてみると、娘とつましく暮らす格之進が、囲碁仲間の両替商・萬屋源兵衛の家を訪れた際になくなった五十両を盗んだと疑われて……というのが元の落語の筋。そして、格之進と兵庫の確執から対決へと向かう筋が映画のために追加された創作パートのようだ。時代劇の目玉である殺陣を見せるため仇討ちの話を挿入したのは理にかなっているが、活劇のボリュームとしてはやや物足りないか。白石監督の美学なのだろうが、漫画で言えば見開き大ゴマの“決め絵”に相当するアクションの一番の見せ場となるであろうショットを、大写しのスローでじっくり見せるとか別アングルで繰り返し見せるといった手法を用いず、さらっと流してしまうのがもったいない。
囲碁を知らない観客への配慮が希薄なのも、物足りなく感じた一因。源兵衛の下で働く弥吉が格之進に囲碁を教わるエピソードをせっかく入れたのだから、あのやり取りの中で囲碁の基本ルールをほんの少しでも示していれば、それ以降の碁盤上での勝負に対する興味が増したはず。主要キャストの顔ぶれから見て比較的若めの観客の動員を期待していると思われるので、囲碁人口を増やす好機にもなりそうだが、果たしてどうなるか。
時代劇の定番話
藩を追われ食い詰め浪人となった格之進が、これまでの人生を振り返りながら、碁を介して知り合った人とのやりとり、妻の敵討ちを経て、自らの生き方を見つめ直した一年間の物語。
春
満開の桜で華やぐ吉原。
女郎屋を営むお庚と碁を打つ格之進。
自分の石を取らせて逆に相手の石を取る「石の下」という手を披露する。
帰りに碁会所で源兵衛と勝負し、勝ち筋へのこだわりからわざと負ける。
ある日、源兵衛が営む萬屋で、言いがかりをつけていた侍を格之進が追い払ったことから、二人は囲碁友となり両家を行き来しながら頻繁に席を交える。
夏
源兵衛は、格之進の正々堂々とした打ち筋にすっかり感化され、人が変わったように商売の仕方も薄利多売に変わる。
結果、店の評判は上がり繁盛する。
格之進は、源兵衛に頼まれ弥吉の碁の手解きをし、打ち方から人の良さを感じる。
父親らしいことを思ったのか、弥吉に娘お絹と碁を打たせるなど親交を応援する。
十五夜
萬屋の十五夜の宴に出向いた格之進とお絹。
着飾ったお絹に見惚れる弥吉。
源兵衛は心の底から通じ合う碁敵と打つため…と、四方木口(四方から災いを逃す縁起の良い)の碁盤を出す。
夢中になって碁を打ち合う二人。
そこへ弥吉が、客から受け取った五十両を源兵衛に渡す。
源兵衛はトイレの際に小判を額裏に隠すも、碁の手順を考えるのに夢中でそのことを失念する。
同じ頃、彦根藩から左門が格之進を訪ねてきて、嫌疑をかけられた狩野探幽の掛け軸の持ち出しは、兵庫の仕業であったこと、妻の志乃を手ごめにしていたことを聞かされる。
格之進は、怒りに満ちて敵討ちを決める。
秋
萬屋で無くなった小判のことで揉める。
番頭に命じられ、弥吉は格之進へ五十両の行方を聞くが、疑われたことを恥じる格之進は切腹で無実を訴えようとする。
しかしお絹が、それでは志が立たぬと引き止め、お庚に身売りして五十両を貰い受け、格之進を敵討ちに行かせることにする。
格之進は萬屋へ五十両を届け、金が出てきたら源兵衛と弥吉の首を斬ると言い残し、兵庫がいると噂の中山道へと出向く。
冬
途中で合流した左門相手に、
「清廉潔白で生きてきたが、不正を訴えたばかりに仲間たちが藩を追われた。多くの者に苦渋を与えたのに、自分は父の形見の刀も売りこの体たらく…」
と、後悔を口にする。
大晦日
兵庫を追って江戸に戻り賭け碁会所で対面。
兵庫は、格之進に藩を追われた者達のことを持ち出し、生活のための必要悪だと訴える。
格之進は、妻は何故命を絶たねばならなかったのか言えと言うものの返答を聞かずに、五年前の遺恨からか碁で決着を…と言う。
格之進と兵庫は首を賭けて碁を打つ。
「石の下」を打って格之進が有利になり、もはやこれまでと思ったのか、兵庫は杖に仕込んだ刀を振る。
殺陣のシーンがあり格之進が本懐を遂げる。
萬屋では額裏から五十両が出てきて、弥吉はそれを持って吉原へ走る。
ひと足早く大門前にいた格之進は、弥吉の説明を聞くや萬屋へ走り、源兵衛と弥吉の首を斬ると思わせて碁盤を真っ二つに斬る。
彦根に戻る左門に頼み、狩野探幽の掛け軸を譲り受ける。
新年
お絹と弥吉が祝言を上げる。
それを見届けた格之進は、萬屋をあとにして旅路につく。
おそらく自分の正義で藩を追われた者達へ、お詫び方々軸を売った金を配りに行ったと思われる。
囲碁に心得がないので何とも…だが、盤上は格之進にとって正々堂々としたおのが身を表す場であったことを踏まえると、真っ二つにしたことはそんな自分との決別を意味しているのではないか、と思った。
言わば、潔白さを捨て清濁併せ呑む人とならんとし、がゆえに掛け軸を藩へ返さず譲り受けることも善しとした…と。
お絹と弥吉の婚礼も、以前の格之進であれば自分に恥をかかせた萬屋となどもってのほかだったろうが、考えてみれば二人は恋仲で、萬屋と縁戚になれば泥棒の嫌疑も完全に晴れる。
ひと皮剥けた格之進を上手く演出できていたと思う。
役者では、左門役の奥野瑛太が良かった。彼に主役を張って欲しいくらい。
格之進役の草彅剛は、風貌は良いのだが声と殺陣が心許ない。セリフ回しが軽い。
兵庫役の斎藤工も同じ。殺陣のシーンで摺り足にならずペタペタ歩き、腰も弱いのでアクションは苦手なようだ。
お庚役の小泉今日子も、声、セリフ回しが共にきつい。何というか…ウィスパーボイスのような声質なので、女郎屋を仕切るほどの迫力が出てこない。
タイトル通りのお話で可もなく不可もなく…という感じの作品だった。
草彅剛の演技が凄い
とにかく切ない
話が面白く無い。
草彅くん…!!
面白かった!
草彅くんが素晴らしい!!
予備知識は全く入れず鑑賞。
オープニングですぐ「あっ、監督は白石和彌さんか!」と不安になってしまった。エグい暴力シーンが多いと、時代劇がもつ品のようなものが消える。でも、囲碁の話だし、きっと大丈夫だろう…いやいや、そこは白石監督だからなぁ、見てみないと分からんなァ…
結果、要らぬ心配であった。
今の時代の人間には全く理解されないであろう、とうの昔に絶滅した「武士」という人間が、それはそれは熱く、熱く、描かれていました。何だろう、武士って少しヤクザに似ている。草彅くんが、「もし、五十両が出てきたら」「その時は」「首を貰い受ける」と、命をかけた約束をさせる場面にゾクゾクーっと震えてしまった。この男、本気だわ。そう思わせるに十分であった。(大河ドラマ豊臣兄弟を楽しく視聴しているが、この感じは味わえない)
エンタメとして楽しい作品だった。
囲碁の奥深さを通して描かれる、生きる苦しみや喜び、迷い、沢山の気付き。伏線は予想通りに回収され、ちょっと出来過ぎた展開ではあるものの、ネオンカラーのようなピンク色や、吉原の大橋など、時代劇なのに遊びのある画面は面白かった。美しいカットも、沢山あった。
斎藤工は、ちょっと色気があり過ぎるなぁ〜笑
声が滑らか過ぎるし、するするーっと喋り過ぎるんだよなぁ。女優陣は皆んな良かった。
先日、近所に引っ越して来たおじさんが、挨拶に「ひこにゃんクッキー」をくれた。長屋のお隣さんが武士じゃなくて、ほんとう〜に良かった。
原作の存在に後から追加で驚き
よくある時代劇の復讐ものとして
予備知識無しに見ました。
前半はひたすら碁を打ってるような平和な展開でしたが
中盤から敵討ちと盗人の疑いを晴らすみたいな話になって
物語は動きます。
どうみても泥棒の疑いをかけられて無実なのに代わりにお金を用立てたり、
切腹しようとしたり、いまいち行動が理解できない部分もありましたが
侍ってそういうものかなと思いつつ
草彅剛の当時の侍が乗り移ったような静と動の緩急のついた演技に魅了されて
とても楽しく見続けることができました。
ラストのあたり質屋の親子が自分を斬ってくれとお互いかばうシーンは
コントのようでなんかこの話落語みたいだなーなんて見てましたが
後から調べたら原作が落語だと知って全て腑に落ちました。
タイトルの伏線回収も見事です。
落語の荒唐無稽な人情話を一本の映画としてここまでエンタメに仕上げた
スタッフ、キャストに拍手です。
行動原理が不可解すぎる
うーん。
落語が元になってる話だということなんだけど、主人公の行動原理が意味不明すぎて何も共感できない。
ちょっと侍すぎる。
囲碁でわざと負けるとか、お金はいらないとかなんとかいう割に、名誉を異常に固執するのは現代人から見ればサイコパス以外の何者でもない。これを映画化する必要はあるのか?復讐劇もなんだそれ、って感じ。剣戟も見るに耐えないレベル。
嫌疑をかけられたのが腹が立つのはあるとして、首をかける云々は行き過ぎでは。しかも知ってる人でしょ。どういう思考やねん。
囲碁を真っ二つにする必然性もない。それで良いんかい。
武士に二言はないとかいいつつ、自分に甘いだけでは。
そもそも盗んでもいないのに50両作るのも意味不明。盗んでないなら50両を渡す必要ないだろ。それで娘を遊郭に売るとかどうかしてる。
さらに復讐劇というのも蛇足的なものしかないのも残念。
突如つまらなくなる
最初は良かったです。源兵衛が心を入れ替えたり若い二人のロマンスに心を洗われる気持ちで見てました。そして仇討ち話が持ち上がります。周りの人達の協力を得て成し遂げるのかなとわくわくします。
そこに突如格之進に降りかかる盗人嫌疑。ここからが一転してつまらない。
嫌疑をかけられ激昂する格之進。え?そんなキャラなの?弥吉の尋ね方もきっと悪かったんでしょうね。泥棒呼ばわりせずに、源兵衛が五十両をどこに置いたか見なかったか、とかそう言う尋ね方すべき。にしても格之進のキャラ変わりすぎ。
父親を信じると言いながらも五十両があればいいのねとよくわからない思考パターンに陥り、五十両を用立てる為に吉原に身を売る娘、娘が吉原に身を落として五十両を用立てることに何のためらいもない格之進、その五十両を相手方に渡して自分が冤罪なら源兵衛と弥吉の首を斬ると迫る格之進。良い人ぶっていたのに単なるプライドの塊だった格之進、化けの皮が剥がれた格之進のことなど、僕はどうしても応援できない。
それに番頭も弥吉も源兵衛の指示を仰いでから行動すべきでないかい?
主役を応援できないし、登場人物全員馬鹿だし共感できないし、くだらないのでここで見るのをやめました。最後どうなるのかはネタバレやあらすじで読みましたが、もうどうでもいい。
じっくりと作り上げた感あり
江戸の小噺と人情と草彅の剱
いや、草彅さんの役者の"器"楽しめました。色を持った俳優さんたちの中にあって色を持たないブランクな演技の凄みを感じました。
こんなスムーズで自然な感じの時代劇はびっくりだ。冒頭から江戸の日常から始まるカットは、お絹さんと子供達が遊ぶセリフを入れて、観客の敷居を下げつつ江戸の町の風景に移行する。子供を使うというのは難しい決断にも思えるが、この映画は大体あんな感じで行くよ、江戸の町はこんな感じで行くよと誘われた気がした。
定番の長屋やら質屋の萬屋やらのカットも何か自然でスムーズだった。脇を固める俳優陣も安定していて、冒頭での國村さんと"ノーマルモード"の草彅さんが碁会所で碁を打ちはじめるところなど、時代劇というのを忘れそうになるくらい自分にはハマった。そういった"枠"を嵌めつつ、後半チラチラと現れる枠からの逸脱(草彅さん)はバランスが良かった。
また、お絹さんの"花"を監督が話の伏線に持って行きたい気持ちは重々分かるし成功もしているんだが、少し話の整合性に短絡的なところも見受けられた。ただ清原さんの眼ジカラ甚だしく、俳優の器たる草彅さんに演技と存在感で喰われるわけでもなく、なんだろう感動しました(もちろん清原さん推しですが何か?)。
日本で時代劇が客観的に見て衰退しかかってる様にも見える今日この頃、この様な燦めきというか図らずも起きる火花というか、今後も長く残るだろう作品が作られると良いですね。
人間の功罪。
落語の文七元結を彷彿とさせるストーリー展開ではあったが、一応原作あるらしい。きっとストーリーに組み込んだんだろうな。、
「不得貪勝」貪(むさぼ)れば勝ちを得ず。嘘偽りない碁、嘘偽りない商い、嘘偽りない人生。真っ直ぐに生きること、その例は稀であり、だからこそ貴重。それゆえにその存在に感化される者も現れる。と同時に、劇中でも言及されていたように、水清ければ魚棲まず、というのも事実としてはある。イイ面も悪い面も、共に分かち難く有しているのが人間。柳田格之進だって、お庚だって、よい面ばかりの善人として描かれてはいない。多くの人間は二面性を有しており、その矛盾に葛藤しながら、今日を生きている。
囲碁のことは全く分からないが、人間というもの、生きていることそのものの業を描き出していて、とても良かった。
タイトルなし(ネタバレ)
白石和彌監督の初の時代劇は殺陣が迫力不足な事以外は総じて手堅い演出で退屈させない快作。
主人公役の草薙剛は生真面目な感じが役柄に合っていてやっぱり良い。他の役者陣も國村隼を始めみんないい仕事をしていて素晴らしい。
タイトルでクライマックスのあのシーンの予想はついたけれど微妙にネタバレなのではないかな😅基は古典落語らしいオチではあるけれどね
見応えのある作品
白と黒の世界
今回の感想は2段構え。
1.
柳田は冤罪で藩を追われた。
陥れた兵庫が黒幕というのも確たる証拠なし。
50両が無くなったという嫌疑も冤罪。
吉原という世界も、源兵衛の商いも、
この世はすべて”グレー”な世界。
真っ白に生きようとする格之進と、
黒い世の中にも道理があるとする兵庫。
全く相いれない白と黒の対立。
グレーが白か黒かのどちらかに飲み込まれそうな時、
柳田は娘が好いている弥吉と
世話になった碁仲間の源兵衛を斬らなくてはならない。
白く生きようとする自分の信念のために。
「覚悟‼」
白と黒の世の中を一刀両断にし、入り混じる碁石。
また新しい”信念”を探すため、
格之進はまたひとり旅に出る。
という映画的解釈。
2.
この草彅剛という男。
あまり評価されているようには見えないが、
なぜかこの人の作品は引っ掛かる。
元祖「いいひと」無味無色の男それが草彅。
そのため周囲の登場人物が色鮮やかに躍動する。
それが草彅剛という俳優。
今作も周りの俳優は色とりどりでみんな良い。
ラスト。
大晦日に間に合わなかった草彅は、
表情で演技をし始める。
鋭い眼光、強張る頬、一文字に結んだ唇。
「覚悟‼」
色とりどりの俳優は、
草彅の白黒演技に吸収される。
それが草彅剛という俳優。
気に入らないシーンが二つ。
・兵庫と格之進の命をかけた碁の対決。
会心の一手(序盤に布石あり)で勝利を掴んだ格之進。
なぜ!斬りかかる⁉兵庫⁉
碁が主役のいい映画だったのに、
いきなり侍映画になっちゃった。
・全てを果たしたが、間に合わなかった柳田を迎えるお康。
「期限?なんのことですか?」
あっさりしすぎでしょ。
もっとなんかこう、囲碁的展開というか、
なんかなかったの⁉
”そう来ますか⁉”的な、”あの言葉が布石だったか⁉”的な。
ともあれ、鑑賞後はすっきり、満足いく映画でした。
斎藤工。
二枚目よりも悪そうな役が似合うよね。
目の焦点があってない演技こそ真骨頂。
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