トスカーナの小さな修道院

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トスカーナの小さな修道院

解説

フランスを拠点に活動する旧ソ連ジョージア出身のオタール・イオセリアーニ監督が、イタリア・トスカーナ地方の修道院の人々を記録した中編作品。

トスカーナ地方にある修道院の礼拝堂で、5人の修道士が祈りを捧げている。礼拝や食事、ワインを飲みながら村人たちと交流する様子など修道士の日常風景と共に村人たちの暮らしも捉え、馬の飼育、ワイン作り、農作業、豚の解体作業、修道士の衣服の洗濯をする姿を映し出す。

日本では2023年2月開催の特集上映「オタール・イオセリアーニ映画祭 ジョージア、そしてパリ」にて劇場初公開。

1988年製作/57分/フランス
原題または英題:Un petit monastere en Toscane
配給:ビターズ・エンド
劇場公開日:2023年2月17日

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映画レビュー

3.0トスカーナの修道士たちの生活と、農村での日常を丹念にとらえたドキュメンタリー。

2023年5月7日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

グルジア(ジョージア)時代、祖国の風土と民族性を称揚する作品を撮り続けていたイオセリアーニは、パリに移ってから、異国を舞台に作品を撮るようになった。
だが、彼はパリを観ても、バスクを観ても、セネガルを観ても、ヴェネチアを観ても、常に祖国ジョージアのことばかりを考えている監督だった。
酒と、酔っ払いと、歌によって、異国のなかに「ジョージア」を見出していく。
あるいは、「ジョージア」の「精神的飛び地」を監督手ずから作り出していく。
彼の長きにわたる創作活動の根幹は、きっとそこにある。

『トスカーナの小さな修道院』(1988)は、製作時期としては『月の寵児たち』(84)と『そして光ありき』(89)のあいだに当たる。
やっていることは、『エウスカディ、1982年夏』(83)とほぼ同じだ。
バスクの風俗のなかに「ジョージア的なるもの」を見出し、映像に収めたイオセリアーニは、同様にトスカーナの宗教的生活と修道士のコーラス、農村におけるさまざまな習俗のなかに「ジョージア的なるもの」を感じ取ったのだ。
ジョージアの文化と自然と習俗は、ある意味、黒海とコーカサス山脈によってもたらされたものだ。同様にトスカーナの文化と自然と習俗は、地中海とアペニン山脈によってもたらされている。当然ながら、両者の農耕&牧畜カルチャーや「歌」の文化には、多くの共通点が認められる。
イオセリアーニは、ある種の「郷愁」を込めて、トスカーナの農民たちの生活ぶりやワインづくり、豚の解体、修道士5人の学究的な毎日などを、静謐かつ温かな目線で描き出す。
全体のトーンは落ち着いていて抑え気味だが、村祭りのダンスシーンでは、唐突にイオセリアーニ本人が登場、びしっとダンスを決めて見せる。やっぱり出たがりだ(笑)。

あくまで、本作は「トスカーナ」の農村と修道院の生活を描いたドキュメンタリーではあるが、イオセリアーニが、バスクやトスカーナといった「ヨーロッパ辺境(マージナル)の農耕文化」のなかに、ジョージアと「地続き」の同質性を感じ取っていたのは疑いようがない。そして、ここにこそ、本当の「幸せ」があると考えていたことも。

作品としては、この内容程度なら正直30分もあれば充分だったのではと思わないでもないし、クライマックスに激しい歌とダンスが控えていた『エウスカディ、1982年夏』と比べても、かなり地味な仕上がりであることは否めない。
ただ、彼のヨーロッパ観、ジョージア観を示すドキュメンタリーとしては、貴重な作品だと思う。願わくは、映画の最後に呈示された予告――「第一部はここまで。続きは、すべてが順調なら約20年後、同じ場所、同じ人物でされる」――がいつの日か叶えられますように。

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じゃい