こんにちは、母さん : インタビュー
「本当に母親としか思えなかった」吉永小百合の息子役、大泉洋が経た山田洋次監督の現場と母への思い
山田洋次監督が吉永小百合主演の「母べえ」「母と暮せば」に続く「母」3部作の3作目として、劇作家・永井愛の戯曲を映画化した「こんにちは、母さん」(9月1日公開)。現代の東京・下町に生きる家族が織りなす人間模様を描いた本作で、吉永が扮する母・福江の息子、昭夫を演じたのが、舞台からテレビドラマ、バラエティと八面六臂の活躍で人気を博し、過去4度の日本アカデミー賞ノミネートと映画俳優としてもますますその存在感が高まる大泉洋だ。
大会社の人事部長の昭夫は、職場での人望は厚いが人間関係に神経をすり減らし、私生活では妻との離婚問題や大学生の娘との関係に悩み、一人暮らしをしていた。他者を思いやれるお人好しな性格がストレスの一因でもある昭夫が、唯一、わがままに自分をさらけ出せるのは母の前だけ。しかし、そんな母が恋をしているのに気づき戸惑い、そして自分らしい生き方を模索する姿を大泉がコミカルかつ真摯に表現し、あたたかな涙と笑いを誘うドラマに仕上がった。今回山田組初参加となった大泉に話を聞いた。
――主演の吉永さんはじめ、大泉さんが演じた昭夫らすべての登場人物の個性が輝く、優しいおとぎ話のようなドラマでした。大泉さんはかつて、山田洋次脚本ドラマ「あにいもうと」に参加していますが、そのご縁で今作の出演となったのでしょうか?
ドラマ「あにいもうと」では、山田さんの進行のもとで2度本読みをして、撮影に1回来られて、その後の宣伝時に何度かお会いした程度だったのですが、「もし、僕があなたとお仕事するのだったら、あなたは宇宙人でね……」なんて言ってくださって。突飛な発想なんですが、楽しそうにとてもうれしいことを言っていただきました。
もちろん、僕に気を遣ってそんな話をして下さったのかな、と思ったので「面白そうですね!」とお返事したのは覚えています。ですから、今回オファーをいただいて、それも吉永小百合さんの息子役だったのでとても驚きました。光栄でしたしうれしかったですね。
――脚本を読まれて、神崎昭夫役を演じる上で難しさはありましたか? また昭夫というキャラクターに共感した部分があれば教えてください。
脚本には非常に共感できました。山田監督がいろんなお話をしてくださり、監督ご自身の母親への思いにも共感できる部分がありましたし、自分の中に役がすんなり入ってきました。会社では頑張って働き、自分の家庭、奥さんや娘に対してもどこか気を遣う部分もある。そんな昭夫が唯一気を遣わずにただただ甘えられるのは、やっぱりお母さんなんだと思うんです。昭夫のように、ある一定の年齢になって、社会的地位を持つような男性にはよくあるような気がします。どこにいても自分の役割を演じているところがあって、会社では会社の顔があるし、家庭でも自分が一家の主であるという顔を持っていなきゃいけませんし……。
でも昭夫は、お母さんの前ではそれをすべて捨ててものすごい甘えています。甘えると言っても、デレデレするわけじゃなく、母親に対してひどいことを言う。それはやっぱり甘えてるから言えるわけですよね。僕も自分の母に対して、どこか心無いことを言ってしまったりすることもあるんです。「疲れてるから、ちょっとその話は明日にして」なんて。だから昭夫の母親に対する態度はすごく共感できます。
――昭夫のセリフで、おかしみのあるボヤキのような、テレビなどで見る大泉さんの一面に重なるようなシーンもありますね。アドリブもあったのでしょうか?
山田監督の前でアドリブを出すことはなかったです。指示が詳細なので、自分で細かい芝居をする必要はないんです。セリフが頭にしっかり入っていて、根っこの部分の気持ちを持って現場に行くと、山田監督が非常に魅力的な小芝居をつけてくださって、それがとても心地良かったです。
空いた時間にも、「実はこういう出来事があったんだよね……」とか、どうしてこのシーンを書いたか、その理由と例を出して、自分が思ってた以上の昭夫の心情も説明してくださいました。それが非常にわかりやすく、あ、なるほど、そういうことは確かに世の中あるよね。それでこのシーンに行くんだな……と理解できて。これまで僕が出演した作品のなかでも、最高レベルに細かく役の設定をつけて、それを役者にわかってもらうために色々話してくださる監督でした。
――日本映画界を代表する山田組でのお仕事は、大泉さんにとって、映画俳優としてどのような経験になりましたか?
いわゆる山田監督のメソッド的なものも体験できました。僕が言われた言葉ではありませんが、ある役者さんがとあるシーンで「今、これを演じるにあたって、何を考えているの? 今一番大事なのは何なの?」と聞かれていて。その問いに普通に答えるならば、やっぱり「それは今のこのシーンにこういう感情を持っていることです」とか答えますよね。でも、山田さんは「そうじゃないよ。今、一番君が気にした方が良いのはあなたが持っているものの手の感触や、ふと触った壁の感触、そういうところに意識を持った方がいいですよ」と。要はセリフを言うことに対して、そこに一生懸命になるな、演じることに対して集中しすぎないでくれ、ということなんですよね。悲しみの場面で、自分は悲しい、悲しい、悲しいんだ……ってやっちゃうと、逆に硬くなってしまいますし。非常に難しいことだれけど、実によくわかると思いました。
あと、山田監督の現場で驚いたのは見学者の数がすごいということ。まるでスタジオ見学ツアーの中で演じるような感じがありました。しかも、名だたる映画監督がいっぱい来るんですよ。山田さんもいるけど、こっちには是枝さんもいる……みたいな(笑)。様々な役者さんもご挨拶にいらっしゃいますし。山田さんはもちろん自分の撮影のスタイルを若い人たちに伝えたいという思いからでしょうが、その中で演じなきゃいけない役者さんもなかなか大変だろうと思いました。
――今作では大泉さんが吉永小百合さんと親子役ということが話題を集めています。日本を代表する大女優との共演の感想をお聞かせください。
小百合さんはもちろん大女優でいらっしゃいますが、いい意味で、大女優的な近づきがたいところがないんです。セットの中に現れた小百合さんは、本当に僕の母親でしかなかったんです。この役が決まった時に、冗談で「吉永小百合から大泉洋は生まれないと思う」とコメントしましたが、セットに入ってみたら、ああお母さんだ、と思えて。それがやっぱり、大女優の力なんでしょうね。もちろん映画は総合芸術なので、セットの力やメイクさん、衣装さんの力もあるのですが、撮影中は本当に母親としか思えませんでした。非常に話しやすかったですし、気難しいところのある方ではないですから。そういうことも含めて、やっぱり大女優だなと思いました。
――昭夫の部下であり友人でもある木部役で出演している、宮藤官九郎さんとの掛け合いが息ぴったりでした。おふたりは今回初共演だそうですが、ほぼ同世代であり、劇団から俳優活動を始められた、という点でもシンパシーを感じましたか?
僕ら北海道の劇団にしてみたら、やっぱり東京の「大人計画」ってずっと憧れがありましたね。そして、僕らも東京でも仕事するようになりましたが、なんとなく交わることもなく今回初めてご一緒しました。官九郎さんはとっても話しやすくて、ついつい僕はいろんな話をして盛り上がって。僕はとっても楽しかったです。
また官九郎さんの演じる木部という役が面白くて、現場で監督からその場で色んなセリフを提案されるんです。で、それに困惑する官九郎さんも面白くて。木部のおかげで、昭夫はひどい目に遭うんですが、それに対しても、官九郎さんは困惑しながら「この木部、大丈夫ですか?」って戸惑う上に、そこに監督がどんどん面白いアドリブを出していくんです。映画の中の木部と山田監督の演出で困惑する官九郎さんが重なって面白かったんですよね。
じつは昔、「大人計画」のお芝居で「TEAM NACSのチケットが取れて、みんなで泣いて喜んだ」みたいなセリフがあったらしくて。それを知って、僕たち北海道の劇団なんて馬鹿にされてるんじゃないか?みたいな気持ちも実はあって(笑)、でも今回初めてご一緒して、お芝居も絶妙なパーソナリティも魅力的な官九郎さんとの出会いはうれしかったですね。
――NHK連続テレビ小説「まれ」などをはじめ、大泉さんと田中泯さんはよく共演されている印象を受けます。
僕は、泯さんとご一緒する確率がすごい高いんですよ。僕は、泯さんの踊りが大好きで。だからこの作品でもお会いできてうれしくて。泯さんご自身は、自分は役者じゃないから……という思いもおありでしょうが、その唯一無二の存在感は、さまざまな監督さんが泯さんと仕事したくなるのがわかります。山田監督の演出は細かいので、泯さんは苦労もされたようですが、完成した映画を見ると、やっぱり泯さんにしかできない素晴らしい役でしたよね。原作の戯曲にもありますが、小百合さんの希望もあり、忘れてはいけない戦争の悲劇の要素を今の人たちに伝えたいということがあり、言問橋で泯さんが戦争を語るシーンなんて、見ているこちらが怖くなるくらい鬼気迫るお芝居だったと思います。
――母と息子の物語ですが、大泉さんのお母様には、この映画のことを直接伝えましたか? お母さんと一緒にご自身の出演作品を見ることはありますか?
やっぱり最初は「わあ、すごいね」っていう反応でしたね。でも、あとは僕自身の感想と一緒で、「山田洋次監督の作品で、吉永小百合さんの子どもがあんたかい!」みたい」なね(笑)。
母と一緒に映画を見る機会はないですが、僕の出ている作品は見てくれています。僕もよくこう言うんです、「映画の興行は初週、最初の週末3日間が大事だから、金土日のどこかで見てくれ」って。そうすると、「私たち年寄り2人が見に行って変わるの? あなたが100枚チケットを買えばいいじゃないの」なんて返されたりしますけれどね(笑)。「そりゃそうなんだけど、いいからお母さん今週末行ってよ!」なんていうやり取りは毎回しています。
――映画の中では親も子も年齢を重ね、家族の形が変わっていく様も描かれます。今回、息子役としてご自身の思いなども重ねて演じたこともあったのでしょうか?
そうですね。いろんな心配はしていますが、僕の母は本当にありがたいことに、まだとても元気でいてくれています。もちろん自分の母を思いながら演じるところも多かったです。僕の母に対する想いと山田監督のお母さんに対する想いは共通するものがあって、よくわかるんですよ。「ほっといてくれよ!」なんてふて寝しちゃうとかね。もちろん親っていうものは、子どもにはうるさく言うわけで、僕自身ももちろん母親からうるさく言われましたが、最近は立場が逆転して、「あなた達が僕を一生懸命育ててくれたことを感謝してるし、今度は僕があなたたちの面倒を見ます。だから、僕が子どもの頃あなたたちの言うことを聞いたように、今は僕の言うことを聞いて!」なんて言うようになるんですから。体に良いことは続けましょう、とか難しいことじゃないんだけど、親も親でなかなか聞いてくれませんよね(笑)。
――大泉さんのエピソードのように、多くの方が自分の親子関係を重ね合わせて見られますし、小津安二郎監督作品のような味わいも感じさせ、山田監督ならではの人情味あふれる普遍的な家族の物語でしたね。
そうですね、加えて僕は山田監督がこれまで作ってきた普遍的な家族の話だけではない、新しさも感じました。監督ご自身が仰っていたのですが、映画やドラマなど本当に様々な作品を見ていらっしゃって、最新の作品もチェックしている。そんな中での監督の挑戦が感じられました。撮り方やカット割りが僕には新鮮な部分があって、本当に新しい映画を見ているような気分でした。このシーンをこのアングルでこのカットのまま長くいくんだ……とか、撮影中にさまざまな気づきがあって、そういった意味でも面白い映画でしたね。
老若男女、家族と、友人と、そして一人でも、誰もが安心して見られる日本映画界のレジェンド山田洋次の人情劇に、大泉の持ち味が十二分に活かされた快作だ。大泉の新たな代表作の一つとして是非映画館の大スクリーンで楽しんでほしい。
「こんにちは、母さん」 配信中!
シネマ映画.comで今すぐ見る