理想郷

劇場公開日:

理想郷

解説

田舎に移住した夫婦が閉鎖的な村で住民との対立を激化させていく姿を、スペインで実際に起きた事件を基に映画化した心理スリラー。「おもかげ」のロドリゴ・ソロゴイェンが監督・脚本を手がけ、主人公夫婦の夫を中心に描く第1部と、妻を中心にした第2部の2部構成で描く。

フランス人の夫婦アントワーヌとオルガは、スローライフを求めてスペインの山岳地帯にある小さな村に移住する。しかし村人たちは慢性的な貧困問題を抱え、穏やかとは言えない生活を送っていた。隣人の兄弟は新参者の夫婦を嫌い、彼らへの嫌がらせをエスカレートさせていく。そんな中、村にとっては金銭的利益となる風力発電のプロジェクトをめぐって夫婦と村人の意見が対立する。

「ジュリアン」のドゥニ・メノーシェが夫アントワーヌ、「私は確信する」のマリナ・フォイスが妻オルガを演じる。2022年・第37回ゴヤ賞で主要9部門を受賞するなど、世界各国で数々の映画賞を受賞。第35回東京国際映画祭では「ザ・ビースト」のタイトルで上映され、東京グランプリ(最優秀作品賞)、最優秀監督賞、最優秀主演男優賞を受賞。

2022年製作/138分/G/スペイン・フランス合作
原題または英題:As bestas
配給:アンプラグド
劇場公開日:2023年11月3日

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(C)Arcadia Motion Pictures, S.L., Caballo Films, S.L., Cronos Entertainment, A.I.E,Le pacte S.A.S.

映画レビュー

4.0「野獣」を意味する原題の多義性。二幕構成の“妙”にも引き込まれる

2023年11月7日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

悲しい

怖い

冒頭シーンは、野生馬を男たちが力づくで押さえ込みたてがみを刈ってまた放す「ラパ・ダス・ベスタス(野獣の毛刈り)」というスペイン北西部ガリシア州の伝統行事。これが原題「As bestas」(英題ではThe Beasts)の由来でもあるという。第一幕の前半は、スペインの山岳地帯の寒村に移住して有機野菜と古民家再生で村おこしをしようと奮闘するフランス人夫婦(アントワーヌとオルガ)と、風力発電誘致で補助金を得たい村人らの対立を、主にアントワーヌの視点で描いていく。インテリの移住者と粗野な村の男たちの対比で考えると、野獣とは村人たちのことかと考えそうだが、前半のハイライトに相当する取っ組み合いを見るとそれが早合点だったと気づかされる。村人からは、自分たちの理解を超えた移住者のほうが“人に非ざるもの=獣”とみなされていたのだと。

閉鎖的な地方のコミュニティーにおける差別と対立を描く映画として、今年は共時的に「福田村事件」「ヨーロッパ新世紀」といった傑作の日本公開が続いているが、この問題の一因は「部外者を自分たちと同じ人間とみなさないこと」なのだと改めて思い知らされる。「理想郷」というアイロニカルな邦題は、2019年の瀬々敬久監督作「楽園」を想起させもする。ここで挙げた過去3作を高評価した人なら、きっと「理想郷」も興味深く鑑賞できるだろう。

後半の第二幕は妻オルガの視点ですすむのだが、観客の多くは「これはありがちな展開とは違うぞ」と感じるのでは。夫婦の愛情と夢と執念に、母娘の愛憎が絡み合い、ぶつかり、地域の閉鎖性とはまた別のところに重点が移っていく。明白な解決策などない難問に、脚本も兼ねたロドリゴ・ソロゴイェン監督が打開へのささやかな希望を込めたストーリーであり、観客それぞれが自分なりの解釈をもとに他者との接し方をかんがみるのが望ましいのだろう。

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高森 郁哉

2.5スカッと

2024年11月9日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

犯人が刑務所に入るシーンが見たかったなあ
スカッとしたかったが視聴者の想像に任せる系で少し残念。

田舎の狭い世界は怖い、という固定観念を植え付けられるなあ。。。

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HY

4.0田舎という地獄

2024年8月22日
PCから投稿

スペインの限界集落に移住してきたフランス人夫婦がいじめぬかれる話。

主役はドゥニメノーシェ(Denis Ménochet)。イングロリアスバスターズ(2009)でユダヤ人をかくまうフランス人を演じて国際的な認知を得た──とされているが、確かに一度見たら忘れられない目をしている。
米俳優のロバートミッチャム(1917~1997)は眠り目と呼ばれて親しまれたが、メノーシュも似たような「ねぼけまなこ」をしている。が、愛嬌よりは禍々しさ(まがまがしさ)が勝る。悪役よりも邪悪な猟奇系の役がこなせそうな禍々しさ。逆に、だからこそ頑なな(かたくな)執念がありそうな感じもある。タランティーノがイングロリアスバスターズの冒頭で彼に重要な役を充てたことが納得の強面だった。

話はそれるが今フランスのパリでオリンピックがおこなわれている。(2024年7月26日~2024年8月11日)
ご覧になっている方はご存知だと思うが、金玉とポリコレ全開の開会式にはじまり、北朝と韓国誤アナウンス、南スーダン国歌かけちがい、五輪旗逆さ掲揚、選手村エアコン無し、選手村食堂肉料理無し、柔道はじめ各競技で誤審連発、セーヌ川汚染、XYとXXがボクシングマッチ、TGVストップ、停電騒ぎ、選手村窃盗被害・・・いったいわれわれは何を見せられているのか──という混沌の祭典が繰り広げられていて、見れば見るほどストレスが溜まる。むかつくから見るのをやめた──という人も少なくないだろう。

パリ五輪は一種の断絶だと思う。不可解判定や数々のエラーで憎しみをつのらせて、差別意識や対立構造をつくるためにスポーツ大会をやっている。と言っても言い過ぎではない。
開会式の芸術監督に対してネット上で殺害予告が行われたというロイター通信の報道があったが、そんなの当たり前。人様の宗教をくそみそに愚弄しておきながら、あの完コピの絵面を「最後の晩餐から着想を得たわけじゃない」と、とぼけてみせた。
ヨーロッパにおけるテロ事件がフランスで多いのも当たり前。(実世界からではなく映画世界から世界を把捉している者の感想に過ぎないが)フランス人てのはだいたいヤな奴だ。そして社会はヤな奴がいるから壊乱していく。テロだろうが戦争だろうが物事の端緒は人をばかにすることだ。

オリンピック開催中に乗じて、そんなことを思ったのは、この映画理想郷(原題:As bestas(野獣))が外国人嫌悪の映画だったから。
といっても、映画内でヤな奴はスペイン人で、ドゥニメノーシェ演じるフランス人は徹底的にいじめられる側。
ただし、いじめられるきっかけは、風力発電の設置に反対したから。フランスから移住してきた新参者なのに、村中が賛成している風力発電に反対して、村には発電会社から契約金が支払われないことになる。すなわち主人公は村に嫌われるようなことをしていて、やや不自然さはあったが、陰鬱ないじめと緊迫する演出手腕に引き込まれた。

サムペキンパーのわらの犬(1971)という映画がある。数学者の男(ダスティンホフマン)が妻とともに妻の故郷に引っ越してくる。が、村の青年たちから嫌がらせをうける。

都会の教養ある人間が田舎へやってきて、想定外の迎撃を浴びる──という構成の話はよくある。つまり都会人は田舎ではゆっくりと時が流れ、そこに住む人々はのんびりで柔和だろう、と想像する。ところがどっこい、この世で田舎の人間ほど嫌らしい人間はいない。限界集落にいたっては魑魅魍魎の住処と考えた方がいい。拠って田舎は猟奇という映画的ダイナミズムを提供する材料となりえる。たとえばFabrice Du Welz監督のcalvaire(2004)は変態村という邦題がつけられている。あるいは名作The Texas Chain Saw Massacre(1975)は、田舎という場所は人面皮をかぶった巨漢がチェーンソーをぶん回しながら追ってくるような所だ──と言っているわけである。

この映画も田舎の嫌らしさを巧く表出させている。
映画は批評家からも褒められゴヤ賞でも多部門受賞をはたしている。社会派のテイストもあるが、主眼はどろどろした敵意や憎悪、田舎の陰険さのあぶり出しで、耐えがたいほどの緊張感で表現されている。それがちょうどパリオリンピックのたとえばjudoを見ているときのストレスフルな感じに似ていた。という話。

imdb7.5、RottenTomatoes99%と86%。

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津次郎

4.0なかなか手が届かない「理想郷」の遠さを痛感する一作

2024年8月12日
PCから投稿

田舎暮らしにあこがれて移住した先が閉鎖的な共同体で、新参者がいびり倒される…という状況はSNSや報道の話題として見聞きすることはあるし、そうした排他性や因習を題材にしたホラー作品も決して珍しいことではないけど、内容を踏まえれば皮肉としか言いようのない本作もまた、一見そうした閉鎖性の恐怖を扱った作品であるかのように思えます。少なくとも冒頭では。

だがしばらくして、理想の農業の実現に燃える二人の移住者、アントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)とオルガ(マリナ・フォイス)の側も、共同体の事情を顧みず我を通したり、非友好的な言動で住民に接したりと、「どっちもどっちじゃん…」と思える側面が見えてきます。

アントワーヌと住民の男たちとの緊張が高まっていく状況を描くのが前半部なら、後半は一転してオルガの視点で物語を綴っていきます。そして家族の反対を押し切ってでも彼の地で農業を続けようとするオルガの姿に、「理想郷」という題名の意味が重くのしかかってきます。

ポスターでは新天地の「地獄」さ加減や都会と田舎の対立を打ち出すような文句が踊っていますが、観終わってみるとちょっとそうした単純な対立構図では捉えきれないものを感じました。

嫌がらせの手法がやたらと手が込んでいるので、「そんな仕込みしてる時間があるなら話し合えよ!」と思わなくもなかったんですが、この物語って実際の事件に基づいているんですよね……。

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yui