ザリガニの鳴くところのレビュー・感想・評価
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深い。人として生きること。愛することとは。
わたしの単純な思考だと作品が本当に語りたかったことを感じ取れないため、ここのレビューには本当に助けられる。
そして今回も助けられた。
鑑賞しレビューを読む…
それを踏まえたうえでの感想は『なるほどーーー‼︎』だ。
幼い頃に家族に見捨てられた少女が1人で生活し、
生きていく中で2人の男性から見初められ、その1人が遺体となり発見される。
ここからの法廷劇から解決までの物語。
かと思っていた。
違う。ぜんっぜん違った!!
カイアが法廷であんなに平然としていたのも、無実だとわかってホッとしていたのも、自分の罪を隠していたからではなく、ただ純粋に“湿地に帰りたかったから”それだけ。
最後の最後、あの貝殻のネックレスが意味するもの。
あれは恐らく…殺人を意味するもの。
でも、本人は悪い事したとは思っていないかもしれない。
ただ湿地で植物や動物たちから学んだ身の守り方で自分を守っただけなのだろう。
そして、最後に本当に愛する人と平穏に暮らして生涯を終える。
その懺悔を夫にする必要はない。
彼女は学校にも行かず、ずっと1人だったから人としての善悪というものがないのかも。純粋に。
殺された男性と結婚した男性は対照的た2人だった。
体を重ねたときも、片方とはめっちゃ幸せそうで気持ちよさそうなのに、もう片方は独りよがりだしめっちゃ痛そうだし。
そこも男性の人となりが見て取れたなぁと思う。
でも貝殻のネックレスはずっとつけてたんだなぁー…
彼もかわいそうな人だったのかもしれない。
あんな母親だもんね。
だから何にも縛られず自由に生きるカイアに憧れて惹かれた。
そこで、自分の気持ちに素直になって、周りの目なんて気にせず、真っ直ぐにカイアへの気持ちをだしていたら違ったろうに…
小説も読んでみたいと思った。
真実に、圧倒、圧巻
息もできない、とは、この事かと思いました。
途中まで、私は主人公に寄り添っていました。
いや、寄り添った気になっていました。
しかし、本当に彼女を受け止め、包み込んでいたのは、
大いなる自然・彼女の愛した湿地だったことに気づき、
息が止まったかのような心地になりました。
この真実に、圧倒、圧巻。
"自然に善悪はない。
彼らが生きるための知恵なのかもしれない。"
そうか、そうだったんだ…。
うわぁぁぁ…しばらく呆然…。
(深呼吸…)
映画、開始10秒ほどで好きに。
緑豊かな湿地の映像が本当に綺麗。
舞い上がる赤や黄色の落ち葉たち、
空を埋め尽くさんばかりのハクガンの群れ。
水面を宝石のように輝かせる湿地、
動植物に虫たち。
自然が好きな方にもこの映画はお勧めしたい。
本当に、映像の美しさ、見事です。
鳴かぬなら
ヒロイン、編集者と会食時「自然に善悪なんてないのかもしれませんネ😃」とかしれっと言ってた時点で「こいつ、確実に""殺る""!!!!!」てなったのでなんなら売店のご夫婦とか元カレとかお兄さんとかも全員グルになってわるもん殺したのかなと思ってたら全部一人でがんばってたの???やばい
裁判も勝って、愛してくれるちゃんとした男(手紙くらいは送ってあげてよ🪶)と一緒に過ごせて、好きな場所で逝けてよかったね本当
才能が埋もれなかったのもよかった
湿地の女は強い
逆転のトライアングル見たばかりなのでカールがゴミの役をしていたのも面白かったです
クラスメイトの目の前でつづり言わせる教師頭足りなさすぎるだろとか、お母さん自身も大変だったとはいえあの旦那のもとに子供置いてけぼりなのはちょっと(弁護士費用を貯めてたというフォローはあったけども)よくないとか、濡れ場表現、少女漫画?とか、主人公の行動が最低男殺した以外あんまり共感できないとか、街の人が忌み嫌う理由が正直主人公がかわいすぎるせいでよくわかんないとか、、、ハマりきれなかったところはあったものの最後まで楽しくは観れた
原作読んだらまた印象変わるかも
これはとんでもなくいい作品
私ごとですが、昨年入院等と重なり
劇場公開の機を逸した作品。
早々にネット配信されて、
399ptにて鑑賞させていただきました。
あ〜、これで一件落着。
良かった、良かった。
と完全に油断していました。
最後の最後でまさかまさかの大どんでん返し。
自然の風景がとても綺麗に描かれていて
良かったです。
テイトを浜辺で待つシーンは
胸が締め付けられました。
原作既読からの感想
原作を読んで物語を好きになったので、映像化した作品も見てみたいと思い鑑賞。
結論からいうと
映像は綺麗に描写されているのですが、物語の綺麗な映像を綺麗に描こうとしすぎているのではないかという点と、どうしても原作を読んだ後の視点から見てしまうため映画の尺が足りていなという感想。特に前半部分の尺が全然足りていない。
個人的には主人公がどのように幼少期を過ごし、成長してきたかがこの物語の重要なポイントだと考えているので家族構成、家庭環境、生活環境等の背景を丁寧に表現して欲しかった。
この描写があることで綺麗な一面だけではなく、暗い一面も正確に読み取れ湿地の美しさと暗さという対比を表現できたのになと。
幼少期の尺が短いせいで主人公がどれだけ自分の家族を欲していたかが描き切れていない事と、兄ジョディとの関係もわからないじゃないかと寂しい気持ちになりました。
後半のテイトが戻ってきてカイアと口論する辺りからは良くなってきたなという印象。
チェイスに暴力を振るわれ何故母親が出ていったかという長年の疑問が解決するところは丁寧に描かれていたなと思います。
だけど裁判のやり取りあたりも少し描写が足りていなかったりもあったので結論がやはり尺が足りない為物語の良さを描き切れていないなという感想。
描き切れていない為、どれも中途半端な表現になってしまっていて結局どれを一番強く伝えることができなくなってしまっています。
役者のイメージも嵌っていて、映像も綺麗なのでもったいないな。
もうぶっちゃけ赤毛のアンみたいに長編3部作か2部作で丁寧に制作してほしかった。
全然作り直してくれてもいいんですよ?
最後に見えるものは?
作品は主人公が不幸な生い立ちの中から自分や大切な物を守りながら生き抜き幸せをつかみ取るという内容で、ストーリーも異国の異世界の話で面白くとても楽しめました。
女性が幸せになれるかなれないかのヒントがある作品だと思いました。
この作品を観た後に始めて鬼滅の刃・無限列車編を観ました。
両方の作品も主要登場人物が死の直前にそれぞれの最愛の人物であろう母親が現れます。
私の人生でも最後に最愛の人が現れるんだろうか?と思いました。
性的自己決定権を尊重するときは、大自然と心を通わせるようにして
「ミステリー小説の映画化」と銘打ってはいるが、映画の主要な部分を占めるのは、美しい自然を謳歌する女性、そして愛する人とのロマンスの光景だ。その過程で、性的同意への尊重、女性の自立や、女性の生きがいに対する共鳴・理解・尊重を重要視する作品であることが描かれる。
主人公の性的自己決定権を尊重する男性は報われ、彼女の性的同意を蔑ろにする男性は罰を受ける。
男性の所有物ではない女性像。男性の意思だけが考慮されるのではなく、両性の(と書いてしまうと、性的多様性の観点からは誤解を招きそうだが)意思が平等に考慮されて欲しい、「男性の欲望から行為へ」という飛躍した2段階プロセスの間に、性的な意思決定の過程が存在することを大事にして欲しい、という願いが作品の原動力になっているようにも思える。
殺人事件の発生と、裁判の過程は、物語のきっかけづくりに過ぎない。「1人の女性の生き様を見せ、彼女にとって一体何が大切であるか」ということを観客に考えさせることが、まず第1に作品が尊重している点なのではないか。
それは、自然をありのままに愛するように少し難しいが、優しさと温かみに溢れたことなのかもしれない。そのような意味で、「カロライナの湿地帯が育む豊かな大自然と、そこに同化した女性」という舞台設定は、このコンテンツを、小説にとどまらず、映像化する価値のあるものに仕上げている。
このような「シチュエーション+女性の(性的)自己決定権への尊重」という内容は、最近だと『ラスト・ナイト・イン・ソーホー』でも見た内容だ。『ザリガニの鳴くところ』と、『ラスト・ナイト・イン・ソーホー』は、性被害の顛末と真相という構成を取る点で似通っている
考え方は様々であると思うが、「自然を愛する姿勢でいることと、女性の(性的)自己決定を尊重することは、メンタリティ的に似ている」というアイデアが、原作および今作品の根幹にあるのではないだろうか。ーこれは男女関係に限らず、人間関係を、勝敗や上下関係(支配-隷属、指揮系統)に収束させてしまいがちな、伝統的な男性社会を癒し、解体するものなのかもしれない。
主人公という女性を、自然や、そこに生息する動植物と同一視してみよう。
【追記】自然は、美しく、喜びをもたらしてくれるものではありますが、悪天候の日もあり、必ずしも全てが人間の思い通りになるわけではありませんよね。恩寵ももたらしてくれるけれど、思い通りにはならない。思い通りにしようとするのは愚かなことだ...その感覚と同じようにして、女性や、他者の意思というものを尊重してみてはどうですか?という発想が今作の核にあると感じました。
★自然(恩寵と不快感、完全な支配の不可能性)=女性、他者
一番悪いのは煮えきらない駄目男と捨てた実母
ウ~ン。
今、第45章まで読み終わったが、犯人が分かってしまった。
頑固な白人の老女目線な寓話だと思う。現地を知っている者なら、その表現はリアルなのだろうと思ったが、やっぱり、火曜サス○ンス劇○だった。つまり、あまりサスペンス性は無いと思った。
小説は映画を見るようにスラスラ読めた。訳者の文章が良かったからだと思う。
一方、映画は動物をCGで描いていて最悪の表現。逆に自然を壊している。
突っ込み所は沢山あるが、一番悪いのは煮えきらない駄目男と捨てた実母だろうね。
日本の本屋大賞取る位だから、日本人好みの話になっている。ノースカロライナ州って、アメリカ独立13州で、南部連合に最後に加わった超保守的な土地柄。
つくづく、彼女が白人のカワイイ娘で良かったのだろう。映画を見て改めて思った事は、彼女に全く生活感が無い事(普通は髪の毛をショートにするはずだ)と彼女が余りにも男を見る目が無い事。やはり、白人の保守的老婆から見た理想の男像を『良い男』としている事が現実性に欠ける。
映画は7月2日 22時00分から見始める。
追記
黒人だから良い人とは限らない。都合よく話が大団円する少女終末旅行って所だ。原作読まずに、映画を見れば良いかと思う。
『自然には善悪はなく、全て生きる為』この理由で愚行を犯すべきではない。
この頃のこの地の黒人には『ストレンジ・フルーツ』になっていた者もいる。何も犯罪を犯していないのに。
『時には弱者が強者を葬る事もあっても良い』
自然界でそんな事は絶対に無い。人間界で時たま起きるだけ。しかも、結局は葬る側が強者になる。捕食者と捕食される側の関係が自然界で逆転する事は絶対に無い。
同じくノースカロライナの地
そのつながりで
『シルバー・ダラー・ロードの記憶』を見た。黒人だとこんな風になるのだと思った。2023年12/02 23時00分鑑賞。
マザー ネーチャーズ ドーター
はい。良く私のやんちゃレビューを覗きに来て頂きましたね。ありがとうございます。
私が住む江戸川区は全域が海抜0メートル地帯なんですよ。だから私は湿地の少女 カイア(デイジー・エドガー=ジョーンズ)の気持ちに共感してしまいました。
江戸川区は金魚の養殖が盛んでした。しかしどんどん傾いて金魚池が放置されて普通の池だらけになったんです。
そこに良くザリガニ釣りに行ったよなー。いわゆるアメリカザリガニ。言っておきますが鳴きませんよ。ザリガニは。でも池にはウシガエルがいて、それは鳴いてたなあ。
戦後食料事情が厳しかった頃、ウシガエルを食料ガエルとして輸入して、餌としてアメリカザリガニも輸入したんですね。
結果論は承知ですが・・・浅知恵だったかなあ。奄美大島でマングースを放ったのも・・・
やはり例え少しであっても人が自然体系を壊すのは良くないのかなあ。魚のブラックバスとかブルーギルとかもそうですよね。
さて長々と面白くない事を語ってごめんなさい。オチもなくてごめんなさい。
さてと・・・もう少しだけ語らせて頂きます。私の近所の池はやがて埋め立てられ空き地になったんです。小学校の校庭くらいあります。
やがて近隣の住民はそこに粗大ゴミを捨て始め、さらに廃車が捨てられます。
一回カウントしたんですが、アバウト50台!さらにですよ・・・あり得ないものが・・・なんと!
死体‼️
うちにも警察が来たもん。
ホラーな話しですいません。
いやね、今は平和な住宅地ですからね。ただね・・・割と最近の話です。近所の道が通行止めになっていたんですね。
なんと!マンホールの作業員が地下で爆発に巻き込まれ、不幸にあいました。都市ガスではなくメタンガスです。
私の地域は海抜ゼロメートル地帯です。過去、地下には生物や植物の死骸が堆積しているのです。
それがメタンガスの発生源になった。
いやねあの日はヘリコプターの音で目が覚めたもん。他人事じゃない。
これまたホラーな話しで申し訳ない。
普通の住宅地の地下にメタンガス。視界がぐにゃりと歪み、足元が崩れる。
さてと枕は終わりです。
物語はお金持ちの青年、チェイス(ハリス・ディキンソン)の墜落死体から幕を開けます。被疑者は湿地の少女、カイア(デイジー・エドガー=ジョーンズ)時は1969年。
そして回想。少女時代。父親はDVで母を始終殴りつけます。また湿地の家は貧しく、カイアは常に裸足なんですよ。もうね不憫だし可哀想だし見てられない。
いいですか!裸足だと破傷風、つつが虫病と危険がいっぱい。さらにノースカロライナには蠍がいます。
裸足ダメ!絶対ダメ!
おいおい松田聖子聞いてるか?
裸足の季節じゃねえよ‼️
失礼しました。カイアは1日だけ裸足で学校に行きます。もちろん勉強はわかりません。すぐに行かなくなります。
そして母は耐えきれず出て行き。兄弟も出て行きます。父親も出て行き。とうとう一人ぼっち。寂しい。悲しい。そんなカイアを救ったのは湿地。ムール貝を採って雑貨屋に売ることで、禄を得ます。いやこの雑貨屋の黒人夫婦が本当に良い人。カイアは町の人に疎まれていますが常に寄り添ってね。靴も作ってくれた!
あー良かった!安堵した。どうでも良い話しなんだけど、この映画を観てから何回も夢を見る。私が裸足で、靴屋が見つからない。どうしよう?
おいおい!聞いてるか?B'zさんよー
裸足の女神じゃねえ‼️
すいません。カイアはハイティーンになりました。
そこに現れた美青年。テイト(テイラー・ジョン・スミス). 子供時代から顔馴染みです。鳥の羽根を介して恋仲になります。
しかも文盲のカイアに言葉を教えてくれます。そしてカイアの描く精緻なイラストに感銘して図鑑を出す事を提言。
しかしテイトは大学に進学してカイアとは疎遠になるんですね。長い長い待ち時間。テイトはあらゆる意味でカイアの全て。四年ですよ。四年。
そして待ち合わせ。久しぶりの邂逅。しかしながら待てど暮らせど、こねえ‼️いやこいよ。おいテイト!
あみんを見習えよ‼️
そこに、現れたのが稀代のクソ野朗、チェイス。
いやね湿地の描写が繊細でね、そして様々な生き物。素晴らしいんです。
カイアは過酷な湿地で育った少女。沢山の生き物は友人であり師匠であり生きる糧。
私はカイアだし、カイアは私だ!生き物大好きな私としてはシンパシーしかない!
閑話休題、リーガルサスペンス。さて陪審員裁判が始まります。そして評決は・・・,
はい。ここで、筆を擱くところ・・・
ここから激烈ネタバレに入ります。完全に!
良いですか?言いましたよ。ネタバレ言いますよ?
ノーリターン ポイントですよ。
えーーと・・・
実は・・・
早よ言えや‼️
犯人はヤス。
ポートピアか‼️
評決はナット ギルティ!無罪!良かったー信じてたよー、カイア。
カイアは結局、テイトと結婚して老衰でなくなりました。天寿ですね。しかし・・・
チェイスに渡した貝殻のネックレス(キーチェーンかも)
を遺品整理の時にテイトが発見。つまり・・・
カイアはチェイスを殺していました。
いやね大混乱だよ。私はカイアが無罪だと信じていたんです。だから無罪評決の時にホロリとね・・・
さらにネタバレの先なんですが。このドラマになんか不自然な部分は有りませんか?それはね・.・・
なんで父親出て行った?
他の人たちは映像で見せてるのに、ナレーションのみって変でしょ?
うん。カイアはやってる。
視界がぐにゃりと歪み、足元が崩れる。
父親の死体は湿地の家の下に有ります。それこそが湿地に拘る理由。
ザリガニの鳴くところ。
2回目だったらハードルは低い。
カイアはスナネコ。スナネコは砂漠の天使と言われるネコ。しかし人口保育でも飼育員さんに威嚇。
水は飲まない。水分補給は獲物から摂る。
自分の身は自分で守る。スナネコは見た目はもの凄く可愛い。しかしペットにはならない。猛獣。
足元が崩れそう。
言っておきますが私の妄想です。
クリエイターは全員女性。意味深長。
そんなこんなで、楽しい映画・・・か?
ジェンダーバリバリの映画かな?
お付き合い頂きありがとうございました。
湿地の娘
ノースカロライナ州の湿地に長く1人で生きる少女。
町の人は、
“狼が混ざっている“
“人と猿の中間のミッシング・リンク“
“暗闇で眼が光る“
そう言って蔑み仲間外れにした。
親に見捨てられ家族に捨てられた少女が、
自然を親友に強く生き抜くストーリー。
ラブロマンスと、ひとりの男性の死の真相を裁く
法廷ミステリーでもある。
1950年代初め。
6歳のキャサリン・クラーク(カイア)は、
父親の暴力に耐えかねた母親が、湿地の家を出ていった。
姉や兄まで次々と去り、カイアは父親と2人きりになる。
心を保てたのは《湿地の自然・・・鳥や貝や羽根や植物》と
戯れる時間。
(湿地は全てを洗い流し、心を癒した)
そして父親まで湿地を去る。
しかしカイアはミル貝をドラッグ・ストアの黒人店主夫妻に売って
生活を保っていた。
カメラが美しい。
湿地の樹々や沼に渡ってくる白雁。
沼を泳ぐカイア、モーター付きのボートで移動するカイア。
カイアのモノローグは、詩のように知的で心に沁みる。
そして美しく成長したカイアをデイジー・エドガー・ジョーンズが、
逞しくて感情豊かな野性の娘を、情感込めて演じています。
幾ら沼地が好きでも、カイアもひとりの女性。
兄の友達だったテイトは、なにかと面倒をみてくれて、
学校に行かないカイアに字を教える。
そしてカイアには貝や鳥を描く才能があった。
大学へ進学して町を去るテイトは、カイアに出版社の連絡先を
メモして渡してくれる。
「きっと本にしてくれる、お金になるよ」
しかしそれっきりテイトは帰ってこなかった。
そして第2の男性=裕福な家庭のどら息子チェイスが近づいて来る。
結婚を匂わせて恋人関係になるが、婚約者の存在を知り傷付くカイア。
別れを告げると暴力が始まった。
チェイスはカイアの父親と同じ種類の男。
カイアの部屋をめちゃめちゃに荒らして、生活を壊す。
《生物は生きるために生命を懸けて闘う》
《生死は罪ではない、生存本能》
・・・カイアの言葉です。
ラストの見せ方がとても素晴らしい。
どんでん返しの衝撃!!
全世界で1500万部をセールスした大ベストセラー。
動物学者のディーリア・オーウェンズの処女作。
日本でも「本屋大賞」の外国書部門の1位を受賞。
私は正直の所。
ミステリーとしては、内容が乏しいと思います。
1960年代。
真剣な捜査は行われたのでしょうか?
女性が犯行を実行するにはかなりの無理がある。
185センチ85キロ位の男を、高所から突き落とす。
短時間の間にトンボ帰りして、編集者と打ち合わせをする。
靴も服も汚れなかったのでしょうか?
バスやホテルの目撃証言ひとつも無いなんて?
違和感といえば、「狼少女、猿のミックス・リンク」
そう呼ばれるにはあまりに清潔感あるお姿。
そして彼女の家は、後半にはアンティーク調のまるで
絵本のような可愛らしいインテリア雑誌に載るような家と家具です。
お風呂に入るのもままならないなら、髪は絡まり、
洋服や身体は垢まみれのはず。
まず風呂に入れてゴシゴシ洗い流すシーンからはじめるべき。
ライトノベル的ラブストーリー。
「君に読む物語」が大好きな私に、アレコレ言う資格もないのですが、
撮影の素晴らしさに較べて、内容の軽さが気になりました。
鑑賞動機:原作の評判10割
読んでないんですけどね(読めや)。テイラー・スウィフトのCarolina を聴きながら書いてるわけだが、無性に染みる。映画の内容に寄せて作ったのかな。
法定物として、弁護士役のストラザーンをメインにどう切り抜けるか、という興味で観てたので、やれやれよかったよかったと気を抜いたら、アレですよ。ちょっとこんな時どんな顔したらいいのかわかんない。
ある種の「信用できない語り手」ものではあるのだが、映画のシーンとしては嘘は描かれないので、「その場にいた」以上は不確定という理解。真実はカロライナの湿地だけが知っている、か。まあでもそういうことなんだろうけど。何十年も立って亡くなった後に明かされる、という構造はあまり見たことないかも。彼女の一生は幸せだったのだろうか。
映画だからなのか小説もそうなのか
渦中の人となるカイヤを見ながら、こんな風に生きていけるのか?という疑問が常に付き纏った。しかしあれは主にカイヤ自身から語られるストーリーなのかもしれず、だとすると映像化の塩梅が非常にうまい。
男の死亡により浮き彫りになる女性の半生
男の死亡は殺人か?事故か?その中で浮上する女性。
彼女を裁く裁判の進行と共に彼女が過ごしてきた半生が浮き彫りになっていく。
この物語サスペンスなのか?人間ドラマなのか?どっちを主体として描くのかによってかなり雰囲気が変わるだろうと思った。今回は人間ドラマとして描くことで彼女に寄り添うことに注力した様に感じた。
見終わって思ったのはサスペンス要素をもっと出して描いて欲しかった。その方が最後のオチがもっと活きる様に思えた。
Kya〜本当の君
「 湿地の少女 」と呼ばれるカイアを演じたデイジー・エドガー=ジョーンズの凛とした眼差しとしなやかな肢体、悦び、不安、驚き、落胆、恐怖…美しい彼女の繊細な演技に魅せられた。若きデイジー・エドガー=ジョーンズにアカデミー賞主演女優賞を切望 ✨
彼女の支援者の一人となる弁護士を演じたデヴィッド・ストラザーンの表情もいい。
没頭して小説を読み進めるように、スクリーンに映し出された世界に引き込まれた。是非映画館でご覧下さい。
パンフレットが完売で入手出来ず残念。。
ー自然に善悪はない
ー裁かれるのは彼ら
映画館での鑑賞
あっという間の2時間
ずっと食い入るように観ました。
湿地で一人で暮らすカイアという女性。
カイアの行動が是か非かと問われると、、、
人間社会の面から見れば「非」なのだろう。
でも生物学的に考えると、何ら特別なことでもなく普通のことなのかもしれない。
生物たちは生き残るために、そして種を残すために、身を守る工夫をし生き残ろうとする。
時には色を変えたり形を変えたりもする。
そんな生物たちを見ながらそんな生物たちと共に湿地で育ったカイア。
弱いものが淘汰されるのも見ながら育ってきただろう。
生物という大きなくくりで考えると弱者が強者から身を守り生き残ったということになるのかな。
美しい映像と、どこか憂いを帯びたカイアがとても魅力的で惹きつけられました。
面白い作品でした。
ラストの考察
一人で鑑賞したため、誰かに話しかけたかった内容をつらつらと。
ラスト、彼女はなぜチョイスを描いたのか分かった?私はよく分かっていない。彼が湿原の一部になったから?本当に愛していたから?彼女の研究対象だったから?何か伏線はありましたっけ。
貝殻があるのはなんとなく分かっていた。多分彼女が殺している、と。でも誰も本当の彼女を見ていなかったら、見ようとしていなかったから(愛していると言っていた彼も)罪から逃げ切れたのだ。沈黙は金なり、本当に。
ラストのCarolinaが心に響く響く…彼女は自分も湿地も守り通して素晴らしい人生だったな。結局自然に善悪はないのだ。
ツッコミどころがたくさん🦞
主題がわかりにくいと思いながら最後まで観ました。
ツッコミどころが満載でした。結局、カイアが犯人で、捕食者を殺していたのですね。
でも、いったいどうやって?変装して深夜のバスに乗り、短時間で大の男を突き落とし、何食わぬ顔で編集者と朝食を摂り…。稀代の悪女でした😅
殺された彼の親御さんは、モヤモヤするだろうなあ。どんな悪人でも、かわいい息子には違いない。裁判の仕方も、ものすごく雑です。あのネックレスも、取る必要ないし、あんなわかりやすいところに隠して、テイトも気づかないだなんて。
結局、湿地が大好きで、町の人から疎んじられているけれど、自分からも避けていたし、うーん、何がいいたいのかがもう一つよくわからず、モヤモヤしました。湿地の泥や砂は、都合の悪いものを全て隠してくれるということでしょうか?
エンドロールの歌詞がすごい。
原作では、ツッコミどころがちゃんと説明してあるのでしょうか?半分まで読んでいるので、後半を楽しみにします。
全134件中、41~60件目を表示