帰れない山 : 映画評論・批評
2023年5月2日更新
2023年5月5日より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋ほかにてロードショー
荘厳な映像美と役者の重厚な魅力で、人生の意味を問いかける、一大叙事詩
「長さを感じさせなかった」と思わせる長尺の映画があるが、「帰れない山」はいい意味でその逆だ。とても濃厚で、すべてのカットに目を奪われ、まるで3時間ぐらいの超大作を観た気になるのだが、実際は147分と控え目である。
それは本作が、大河ドラマのように長い時間のスパンを描いているというだけでなく、ゆったりとした時間の流れに息づく詩情、寡黙な男たちの沈黙や間のなかにこそもたらされる意味を掬いとっているからに他ならない。さらに彼らの人生を見守るかのように、雄大に佇んでいる山々の荘厳な美しさに圧倒されるからでもある。
イタリアのベストセラー小説を、「オーバー・ザ・ブルースカイ」「ビューティフル・ボーイ」のフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲンと、パートナーの脚本家シャルロッテ・ファンデルメールシュが共同で映画化した本作は、北イタリアの山岳地帯を舞台に、ふたりの対照的な男たちの友情を軸にして、人間同士の触れ合い、親子の絆、生きることの根源的な意味を問いかける。
山に生まれ、「山の民」を自負する少年ブルーノと、山好きの父に連れられバカンスに来た都会の少年ピエトロ。同い年の彼らはすぐに親友になるが、やがてピエトロは進学を迎え、父と対立し、山と疎遠になる。15年後、彼らを再会に導いたのは、ピエトロの父の死だった。
たとえ長年会わなくても互いを気遣っているピエトロとブルーノは、いわばソウルメイトであり、恋人以上にお互いを知っている。一人が倒れそうになれば、もう一人が支える。何万キロと離れたところに居ても駆けつける。だが、そんな固い彼らの絆をもってしても、人生には乗り越えられないことがあり、「帰れない山」が存在するのだということも、本作は描き出す。そこにどうしようもない切なさがある。
ピエトロとブルーノに扮するルカ・マリネッリとアレッサンドロ・ボルギの顔合わせが、映画に一層、重厚な魅力をもたらしていることは疑う余地がない。「世界のなかの自分の居場所」を見つけるために放浪を繰り返すピエトロ/マリネッリの姿は、「マーティン・エデン」を彷彿とさせるが、ここではより友達を思う優しさと悔恨を秘めた繊細さが滲み出る。一方、役によって豹変するカメレオン俳優のボルギは、山の男のたくましさとその裏にある弱さを、時の変化とともに浮き彫りにする。なにより、彼らの澄んだ眼差しに宿る「真実」に、深い感銘を覚えずにはいられない。
映画や小説というものが、人生について何かを教えてくれることがあるとしたら、本作は間違いなくその一本と言える。
(佐藤久理子)