不都合な理想の夫婦 : 映画評論・批評
2022年4月26日更新
2022年4月29日よりkino cinema横浜みなとみらい、kino cinema立川高島屋S.C.館ほかにてロードショー
ジュード・ロウの本領を堪能できる、のぞき見しているような心理スリラー
若き日のダンブルドアを演じるシリーズ最新作「ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密」が日本でもヒット中のジュード・ロウ。「リプリー」(1999)でアカデミー助演男優賞、「コールド マウンテン」(2003)で同主演男優賞の候補となって以降も、インディペンデント系の作品からエンタテインメント大作まで幅広く出演し、イギリスを代表する俳優として活躍。役者として一層あぶらがのってきた感がある。
そんなロウが主演した「不都合な理想の夫婦」の夫・ローリー役は、新たなはまり役と言っていいだろう。同作は、虚飾と野望に満ちた“理想の夫婦”が崩壊していく様を極限まで描いた心理ミステリー。ローリーの美しき妻・アリソン役は「ゴーストバスターズ アフターライフ」(2021)のキャリー・クーンが演じ、「マーサ、あるいはマーシー・メイ」(2011)のショーン・ダーキンが脚本と監督を務めている。
冒頭、なにやら不穏な音楽とともに、車が2台並ぶガレージが通りの向こう側から静かに映し出され、原題の「The Nest」(巣、住処、隠れ家などの意味)が表示される。続いて、木々に囲まれた家の窓辺でローリーが電話をしている様子が、まるで茂みの中から見ているように映し出され、カメラはゆっくりと引いていく。何でもないようでいて、何だか違和感を覚えるオープニングだ。
物語の舞台は1986年。ロウが演じるイギリス人のローリーは、ニューヨークで貿易商を営み、アメリカ人の妻と娘、息子の4人で暮らしていたが、好景気に沸くロンドンで大金を稼ごうと家族とともに移住する。新しい家はロンドン郊外の豪邸で、アメリカンドリームを成し遂げた男の凱旋、誰もが羨むような理想の夫妻のように見えた。だが、これからロンドンでどんな成功物語を見せてくれるのかと思いきや、ある日を境に驚きの真実が明らかになっていく。
ニューヨークの家では毎朝妻にコーヒーをいれ、車で子どもを学校へ送り、遊んであげる姿は、仕事もできる理想的な夫、父親そのもの。そんな男をロウが演じるのだから説得力が増す。しかし、この虚飾と野望に満ちた男の仮面(ペルソナ)が剝がれていく様を繊細に演じ、ロウの美がその虚飾性を増幅させる。次第に焦燥していき、真の人間性を露呈させていく様は見ていて痛いほど。自分を正当化しようと叫べば叫ぶほど空しく響き渡り、悪夢のようである。
理想の夫婦とは、大金を稼ぐとは、家族とはいったい何なのか。幼少期のトラウマもあって虚飾と野望、歪んだ優越感に侵された男にはわかるはずもない。夜通し歩き続けて家に帰った男は、修復しようのない現実を目の当たりにする。カメラは物陰からとか、通常の画角よりも一歩引いているようなアングルが多く、まるでこの夫婦、家族が崩壊していく過程をのぞき見したように感じ、それが冒頭の違和感だと気づく。「ファンタビ」のダンブルドアを演じるロウとはまた違った、役者としての本領を堪能できる作品。ロウの相手役を務めたクーンの演技も素晴らしく、中年男の哀しき稚拙さを浮き彫りにする。
(和田隆)