劇場公開日 2022年4月15日

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「延々と繰り返される母と娘の諍い、それは輪廻の物語でもある。『ぼくのエリ』、『ボーダー 二つの世界』に通じる邪なる存在への愛が描かれた美しく凄惨なファンタジーホラー」ハッチング 孵化 よねさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0延々と繰り返される母と娘の諍い、それは輪廻の物語でもある。『ぼくのエリ』、『ボーダー 二つの世界』に通じる邪なる存在への愛が描かれた美しく凄惨なファンタジーホラー

2022年4月18日
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鑑賞方法:映画館

とにかく母親が怖い。理想の家族を作り上げキラキラな動画を配信するが自身はその家族に何の感情も抱いていない。劇中では一切語られないが、彼女の左足にある傷が象徴する自身のルサンチマンを娘ティンヤを通じて解消しようと血眼になっている。そしてこの母親にはある秘密がありそれをティンヤに勘づかれると誤魔化すどころかその秘密を娘と共有しようとする。要するに母親にとってティンヤは自分の分身に過ぎない。一方のティンヤは母による支配を受け入れ懸命に母の期待に応えようと奮闘するが森で拾った卵は自身のルサンチマンに呼応するように肥大していく。雄熊であるテディベアのお腹を突き破って卵が成長していく過程は実に象徴的で、ティンヤの父は娘の苦悩を察しながらも何ら手を差し伸べようとはしない。弟マティアスは姉に対して激しい嫉妬を抱いていて常に姉を監視している。“籠の中の鳥“であるティンヤは隣家に越してきたレータと親しくなるが彼女の存在もまた卵を肥大させる。

リビングに乱入した鳥を捻り殺す件からこちらの予想を軽く超越した結末まで幾度となく繰り返されているのは母と娘の諍い。友人のようであり姉妹のようであり、しかしそのどちらにも存在しない特殊な絆で固く結びつけられた母娘の慟哭は男性の共感を拒絶するかのように耳に響きます。

ティンヤの背骨がうねる様を接写した冒頭のカットや、ついに殻を割って顔を覗かせる雛の容姿や劇中で頻発する吐瀉物の纏わりつくような粘性にクローネンバーグからの濃厚な影響を感じますし、主人公の切り立った孤独感には『グッドナイト・マミー』のヴェロニカ・フランツ、『RAW 少女のめざめ』と『TITANE チタン』のジュリア・デュクルノーや『REVENGE リベンジ』のコラリー・ファルジャとの共通点も見られるので、2000年代に世界中に伝播したフレンチホラーから多大な影響を受けているような印象あり。そして同じく北欧発のホラーの傑作『ぼくのエリ』や『ボーダー 二つの世界』に描かれているような、通常の人間世界に全くもって相容れない邪な存在に寄り添う優しさが終幕にもたらす余韻が胸に沁みました。ハンナ・べルイホルム、恐るべし。

そしてティンヤを演じるシーリ・ソラリンナの美しさが衝撃的。体操が出来ることという条件下にもかかわらず集まった1200名の中から選ばれた彼女が全身から醸し出すあどけなさと魔性が綯交ぜとなった佇まいは12歳という年齢だからこそ出し得たもの、本作がその刹那を捉えたことは奇跡と呼べるでしょう。

ちなみにティンヤの家族構成は私の家族と同じで、父親の趣味が自分と同じことに戦慄しました。この物語、父にも母にも名前がないことで普遍性が担保されているので、突き抜けた描写のホラーでありながら物凄く身近でリアルな物語でもある。そこが恐ろしくも愛おしいです。

よね