劇場公開日 2023年6月2日

「(6月5日追記分あり)取り上げた話題の「影響範囲」が広すぎて収束できていない…。」渇水 yukispicaさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5(6月5日追記分あり)取り上げた話題の「影響範囲」が広すぎて収束できていない…。

2023年6月2日
PCから投稿

今年176本目(合計827本目/今月(2023年6月度)1本目)。

 ※ 原作小説があるとのことですが、解釈は現行の法律(令和5年4月1日施行基準)によるものとします。

 いわゆる取水制限が取られるほどの雨不足に見舞われた市の、水道料金の未払い者(滞納者)に対する(給水)停水執行に関するお話です。

 …といいつつ、それ以上に書きようがないのがこの映画の特徴でもあります。ネタバレありで書かれている方が触れている通り、ラストにいたる主人公のとった行動はかなり突飛で(民法上の事務管理と解するのも妥当か??)、ここから変な解釈になる上に、映画で述べたかった点を多々入れすぎて解釈を一つに定めることも難しく、この映画で取り上げられている「水道」に関することは極めて影響範囲が広いからです。

 さっそく採点にいきましょう。4.3を4.5まで切り上げたものです。

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 (減点0.7/映画が述べたい趣旨に対して考察すべき点が多すぎ、放映時間に対して問題提起も解釈も足りていない)

 ・ 結局ここにつきる点があり、映画館で映画を見ることを娯楽として見る立場(私もそれは完全には否定はしません)では「短くてコスパのいい映画がいいよね」ということになろうかと思いますが、映画で取り上げられている題材(水道法と、未払い者に対する停水執行の話)はかなり「重たい議論」で、この問題提起も(映画なりの)解釈も不完全なまま終わり、ラストはへんちくりんな方向になるので、結構厳しいです。かといってインド映画のように3時間級にすると(映画館の事情として)難しいし、どうしたものかな…というところです。
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 (個々事情/水道法と市町村の条例の解釈について)

 ・ 水道法は15条で「正当な理由がなければ給水を拒否できない」とし、一方で「料金を支払わない場合には、手続きを踏んだ上で給水を停止できる」(15条の3)とし、その具体的な「手続き」は各市町村の条例にお任せというタイプの法律です。

 一方で、水の摂取は人の生命の維持にかかわることなので、水道法にいう水道の供給は憲法が保障する生存権(25条/直接これが現れるのが、生活保護法)にかかわる、きわめて特殊な法律です。

 また、水道は基本的に市町村が行うことを前提とする(水道法6条の2)公的なサービスの意味合いが強く、この意味で、単なる他の法律による一般的な契約とも、あるいは何かと解釈がもめるNHKの公共料金等との法律とも違う、「行政と私人(住民)の純粋たる契約」とはいっても、扱いが違います。学問上は「行政契約」と呼ばれる、行政機関(市町村)と水道供給を受けたいものとの「私人の立場での契約」に当たりますが、上記の事情から、他の法律とはかなり異なった構成になります。

 つまり、水が人の生命に欠かせないという当然の前提である以上、供給者(市町村)は正当な理由がなければこれを拒めない(15条)という、人の命に直接影響するほどの事項を扱うがために、停水執行に関しても各市町村の条例で個別に決まっていますが(停水執行のルール自体も、例えば何回滞納したら、等もすべて市町村ごとに違います)、概して上記の「生命の維持機能に直接関係する」法律であることから、「滞納に関しても、一切の理由を考慮して給水を続けることができる」とするのが各市町村の条例です(これは水道法の役割を考えたときの特殊な論点)。

 ※ 映画内でも示されるように、水道料金の滞納というのは(水道の誤使用(出しっぱなし)等を除けば)滞納4か月でも2~4万円にしかならないので、回収プロセス等を考えればコスパの悪い事業であり、一方で全員が滞納するとどうしようもなくなるので、「道徳的観点での対応」という意味合いが非常に強いです。

 ※ そして、多くの場合、当事者が行方不明であるとか、すでに亡くなっているという場合も多くのケースで考えられるので(水道法の性質から)、その場合に法定相続人に求償するのかとか言い始めると面倒なことこの上ありません(なお、マンション等で「(引っ越した)前の住居者が滞納していた場合、新住居者に対して支払いをもとめられるか」に関しては、法の質疑応答で「できないものと解される」という扱いになっています)。

 したがって、映画内で主に述べられる「事実上、子供だけで住んでいる子」に対して水道法や各市町村の条例を形式的に当てはめて停水執行ができるのか?というときわめて微妙なところがあり(そもそも、停水執行をこのような家庭で行うことを、法も各条例も想定していない)、映画の述べる論点は結局ここに収束されますが、この点の踏み込みが足りない一方、それをどうこう言い始めると映画自体が成立しないところがあり、やや配慮が足りていないのでは…というところです(各市町村条例でも「一切の考慮をして給水を続けることができる」等という規定があるのは、こういう(想定はしていないと思いますが)特殊な事案に対応することができるように、という「特殊な状況を想定した規定」とも言えます)。

 こういった部分にやはり配慮がないので、ただ単に「法や条例を形式的に順守すること」と、「形式的には法や条例に抵触していても、その根本原因が何なのか」という比較論が何もないので、どうしても法律系資格持ちには薄っぺらく見えてしまうのです。

 (減点なし/参考/停水執行の解除と料金の支払い)

 ・ 上記のように、水道法の性質は「行政契約」です。したがってその解釈にはまず民法が最優先で適用されます(もちろん、契約といっても行政と個人との契約になるので、余りに私人に負担がかからないよう、公法(憲法・行政法)と私法(民法ほか)のミックス的な解釈になるように配慮はされます)。

 ここで、一般的には(映画でも描かれている通り)、停水執行を止めて再び給水を受けるようにするには、料金の支払いが必要ですが、これは民法上の「同時履行の抗弁権」によるものです。

 ただし上述の通り、水道法の特殊性上、「滞納分の半額以上の支払いがある」「確実な返済計画が遂行可能と認められる計画表を提出する」等にも認める、個々それと違った「緩やかな規定」を設けているところもあります。これは民法の大原則の「契約自由の原則」のあらわれであると同時に、水道法の特殊性故(憲法が定める生存権にかかわる)によります。

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 (参考/減点なし/この映画がPG12であるのはなぜか)

 ・ おそらく推測ですが、物語中盤で、主人公だったかが包丁で野菜を切っているときに指を切るシーンがあり、そこが引っ掛かったのではないか?と思えます(一応、PG12なりの配慮はあります)。

 (参考/減点なし(今回に限り)/「児童自立支援施設」の果たす役割について、映画の述べる記述がやや曖昧)

 「児童自立支援施設」は、その性質上、非行が確認できた児童を一時的に入所させたり、あるいはこの映画のように、個人に帰責性のない「家庭環境の悪化等で一人にしておけない」児童が「同時に」入所する施設です。当然前者と後者とでは扱いが違いますが、同じ施設の中にいます。

 したがって、上記の事情から、スマホの所持・購入が制限されたり、あるいは、一般的な年齢の児童が一般的に知っているであろう文化に触れられないといった制約があり(もっと身近なところでいえば、「保護者」が常に付き添うわけではないので、自由に映画に行くことができない(各都道府県条例))、これは少年院ほかと違った別の意味で「本人に帰責性のあるもの、ないもの」が両方同時に入所しているという「ある意味ねじ曲がった状態」があるのは、映画内ではちらっと描かれますが具体的な問題提起はなし…。

 ただここは、リアル日本でも問題提起されているところでもあり、どう解釈するかは判断が分かれます(原作が小説である以上、あることないこと付け加えることはできない)。

yukispica