劇場公開日 2023年6月2日

渇水 : インタビュー

2023年6月2日更新

【インタビュー】この作品をあなたに託したい――生田斗真が受け取った「渇水」制作陣の思い

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凄まじいまでの脚本の力、いや、この物語を映画にしたいという強い思いが、彼らの心を揺り動かした――。

1990年に文學界新人賞を受賞し、芥川賞候補にもなった河林満の小説「渇水」が30年以上の時を経て映画化された。監督を務めるのは、相米慎二市川準森田芳光阪本順治ら錚々たる監督たちの下で助監督を務めてきた高橋正弥(※高ははしごだか)。そんな彼が原作に惚れこみ、10年以上前から脚本家の及川章太郎とともに時間をかけてつくり上げたのがこの「渇水」の脚本だった。

当初、なかなか資金が集まらず、脚本のクオリティへの評価の高さとは裏腹に映画化への道は難航していたが、紆余曲折を経てその脚本は「孤狼の血」シリーズ、「死刑にいたる病」などを手がけ、いまや日本映画界の最前線を走る白石和彌のもとへが届けられる。それを読んだ白石は、自身初となるプロデューサーという立場でこの企画の映画化に尽力することを決断。そして、白石をはじめ、制作陣が満場一致で主演を託したのが、生田斗真だった。(取材・文/黒豆直樹)


【あらすじ】
市の水道局に勤める岩切俊作は、水道料金を滞納している家庭や店舗を回り、料金徴収および水道を停止する「停水執行」の業務に就いていた。日照り続きの夏、市内に給水制限が発令される中、貧しい家庭を訪問しては忌み嫌われる日々を送る俊作。妻子との別居生活も長く続き、心の渇きは強くなるばかりだった。そんな折、業務中に育児放棄を受けている幼い姉妹と出会った彼は、その姉妹を自分の子どもと重ね合わせ、救いの手を差し伸べる。


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――白石さんが初めて企画プロデュースという立場で映画制作に携わることになった経緯について教えてください。

白石:高橋監督が10年以上前から温められている脚本があって、いろいろあって(映像化は)成立していないんだけど、素晴らしい脚本だという話はうわさで聞いていました。実は、高橋さんのチームとは僕自身、助監督時代から近しいところがあって、高橋さんとは直接の面識はなかったんですけれど、いろんな人から話を聞いていました。

今回のお話をいただいた長谷川(晴彦)プロデューサーとは「ひとよ」でご一緒していたのですが、当時から「プロデュース業にもチャレンジしたい」という話をしていたんです。それで長谷川さんから「読んでほしい本がある」と言われて「あ、これ知ってます」という感じでした。まわりまわって僕のところに巡ってきたので、自分にお手伝いできることならばと思いました。

――生田さんは最初に今回のオファーが届いた時の印象はいかがでしたか?

生田:脚本として素晴らしいというのはもちろんなのですが、それ以上に、いろんな人たちの愛情とか熱が込められた脚本だなと、ただならぬエネルギーが発せられているのを感じました。

顔合わせで皆さんにお会いしたとき、熱っぽくこの映画への思いを語られていて、長年温めてきたこの映画を絶対に成功させたいと。そこで「この作品をあなたに託したい」と言っていただいて、僕にとってこんなに嬉しいことはなかったです。ぜひご一緒できればと返事をしました。

白石:やはり最初に「岩切をどなたに?」という話になるわけですが、みんな一致して、生田さんにお願いしようということになりまして、3人で生田さんのところに雁首を揃えてご挨拶に行きました。(熱く語る姿に)「グイグイ来るな、このおじさんたち……」って感じだったと思います(笑)。

そこで懐深く受け入れて「やります」と言ってくださって。毎回、映画を作るたびにどこかで作品が動き出す瞬間というのがあるのを感じるんですけれど、この作品に関しては間違いなくあの瞬間――生田さんにお会いした時でした。

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――映画の前半、岩切は鬱屈とした思いを抱えつつも、淡々と仕事に従事し、水道代を払えない人々から水を奪う「停水執行」という忌み嫌われる業務を行なう姿が印象的でした。岩切を演じる上で難しさを感じた部分などはありましたか?

生田:彼自身、仕事に没頭するあまり奥さんと子どもが自分の元から離れていって、その瞬間から彼自身も渇ききってしまっているんですよね。いつしか自分が渇いているってことも忘れるくらいの虚無感を抱えていて、家に帰って何を飲んでも味がしない。ご飯を食べてもおいしくないけど毎日食べる。その無気力さ加減、それでも「何かが足りないんだ」という彼の揺れている心の奥を表現するのは大変でした。

――白石さんは、役について生田さんとお話ししたことはあったんですか?

白石:高橋さんが10年以上温めていた作品ですので、基本、高橋さんにお任せしていましたが、クライマックスでの岩切の行動は、いまであればYahoo!ニュース案件ですよね(笑)。岩切も「小さなテロ」という言い方をしていますが、そこにはそれぞれの事情があって、その事情こそが大事だと思っているし、その姿が僕にはヒーローに見えたし、その岩切を見たいというだけでした。それを生田さんに託したし、10年以上も温めてきた高橋さんがどういう演出をしてどう作るのか? 僕のほうが逆に楽しみにしていました。

――生田さんが岩切に見えた瞬間というのはありましたか?

白石:衣装合わせの段階で、俳優さんは作品のことを考えてキャラクター作りをしてくださっているわけで、その瞬間の顔をどこかで見せてくれるんですよね。それは生田さんからも感じました。作業服を着るだけで、全然見たことのない生田さんになるんだなと感じましたし、それを発見、確認できた段階で撮影前に「これでクランクインできる」と勇気がもらえるんですよね。俳優としての立ち姿を見せてくれて心強かったし、作品に向かう勇気をもらいました。

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――生田さんは衣装合わせ、そして現場とどのように岩切という男を作り上げていったのでしょう?

生田:髪は(衣装合わせの時は)長かった気がします。普段から、何もない時は(役に合わせて)どうにでもできるようにボサボサにしてるんですけど。水道局員なのでこざっぱりした感じにしました。

磯村(=磯村勇斗/岩切の同僚・木田拓次役)君との軽バンでの移動のシーンを撮っていく中で、車中に充満するあの空気感を共有できて、一歩ずつ確かに歩みを進めているという感覚がありましたね。

――原作は1990年に発表されましたが、映画化に当たって物語の時代設定は現代になっています。30年以上を経て、「貧困」や「格差」といった社会の問題がなくなるどころか、より色濃く社会を覆っているということを実感させられます。

白石:発表当時の時代で描くという選択肢もあったかもしれないけど、少なくとも僕たちの中にはなかったです。あの当時、河林さんが描いていた頃よりも、今のほうがいろんな格差や生きづらさがよりクローズアップされて社会問題になっているので、今の問題としてより強く描けるという確信がありました。今、僕たちが生きている世界と地続きの中で描いた方が、見る人の中に響かせることができるだろうと思っての選択です。

ラストの在り方なんかは、原作との一番の違いであって、読後感は違うけど、そこは高橋さんがずっと温めて「こういう結末を」と作っていったところです。僕はもしかしたら、もっと違うラストもあるのかもしれないと感じる部分もあったけど、河林さんが書いた頃よりも厳しい時代だからこそ、ああいうラストがこの映画にふさわしかったのかなと今になって思います。

――岩切は育児放棄され、水道も停められた家で暮らす幼い姉妹を気にかけますが、姉妹を演じた子どもたち(山崎七海※山崎の崎はたつさき、柚穂)と接する上で、特に意識したことはありましたか?

生田:彼女たちにはあえて脚本が渡されず、撮影の当日に監督がその場その場で状況を説明し、セリフを伝えていくというスタイルでの撮影だったんです。だから彼女たちからすると、突然、僕らみたいな人が来たという感じで、「水道、停めるね」「え……?」というリアルな感じで撮っていきました。だからこそ僕も、おそらく磯村くんも、彼女たちのシーンだけが浮かないようなお芝居が求められていたと思います。

監督からは、あまり彼女たちとコミュニケーションを取らないでくれとオーダーされていました。だけど無邪気な子たちで「虫がいる」とかアピールしてくるわけです(笑)。「かわいいな」と思いつつ、「しゃべるな」と言われてるし(笑)、距離を取ったりして、心苦しかったんですけど、それは岩切が水道を停める際の、情が移らないように「規則だから」とやっていくのと似ていて、狭間で揺れる感覚を掴めた気がします。

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――今回、プロデューサーと主演俳優という関係で作品を共にしましたが、お互いについて、どのような印象を持たれていますか? 最近の作品で鑑賞したものなどがあれば教えて下さい。

白石:それこそ「湯道」も観ましたし「土竜の唄」とかも大好きです(笑)。どの作品でもすごく考えて、いつも魂をもって演じられているなというのを見ていたので、ずっとご一緒したいなと思っていました。だから高橋監督に嫉妬しましたね(笑)。この脚本を演出できるのもそうだけれど、生田さんとガッチリできることがうらやましかったです。この嫉妬のリベンジはまたいつかしたいですね。演出家としてお願いしたいなと思っています。

渇水」というのは、そういう意味で僕の作品でもあるけど、ライバルというか目標になる作品でもあって、ティザーの生田さんも素晴らしい表情だし、こういう表情をされてる生田さんは、これまで誰も撮れていなかったと思います。「湯道」も「土竜の唄」も素晴らしいけれど、生田さんの魅力をまた別の角度から撮れたのは誇らしくもあり、うらやましくもあります。

生田:「孤狼の血」シリーズも観ていますし、やっぱり白石さんが描く男性はいつもかっこよくて、女性はいつもきれいでちょっと妖しい。男が憧れる世界を体現される監督ですし、その作品に出演する役者をうらやましく思っていました。

その白石さんが監督ではなく初めてプロデューサーいう立場で新しいことにチャレンジする――そんなワクワクすることはないなと。そのチャレンジに一緒に乗って、戦ってくれと声をかけてくださったことが本当に嬉しかったです。監督と俳優という関係で、またどこかで交わることできたらいいなと本当に思います。

――完成した作品を観た感想を聞かせてください。

白石:すごく厳しい現実を描いているけど優しい作品だなと思えて、僕だったらきっとこうはなってないなと思うし、高橋さんのパーソナルな部分とリンクしていて、この作品に関わらせていただいて本当によかったと思いました。

生田:今回、フィルムカメラで撮ってるんですよね。僕自身、久しぶりのフィルム作品だったんですけど、映画好きな野郎たちが作った映画っていう感じがして、自分が「映画の中にいるな」と感じましたし、自分が自分じゃないような感覚になりました。(顔合わせの席で)「僕の中にも岩切がいるんです!」と話されていた監督のあの熱量が、そのままスクリーンに投影されている作品だなと感じました。

渇水」は6月2日から全国公開。

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