解説には心理スリラーと記載されている。
この作品のプロットは練り込まれているが、核心部分が隠されているので読み解くのは難しい。
まずタイトル
このタイトルは主人公が石川ではなく井上であることを指しているように感じる。
つまりこの物語は、物語全体が「他人の狂気に巻き込まれていく男の視点」だ。
通常ではないと感じる石川
特に仕事場での出来事にそれが現れている。
ベビー用品店には、石川の過去 幸せだったあの頃の夢が詰まった場所だろう。
その通常ではない石川の人間性に仕掛けたのがこの作品
その仕掛けがホラーにも通じるように感じる。
「見てはいけない」もの
この部分は特にホラー 昔話風の怖さがある。
特殊詐欺グループを題材にしたのもいいと思う。
彼らの素性に「孤独」という石川の持つ共感部分が怪しく光っている。
石川は、心平という他人を架空の息子に仕立て上げることで自分自身の「正常」を保っていたのだろう。
これ彼女の思う「正常」こそ、彼女を異常、サイコにしている。
石川にとって「箱の中身」は、彼女の虚構と現実の境界線。
それを見た者は、彼女の「幻想」を壊す存在となるため排除せざるを得ない。
つまり、「秘密」ではなく、「幻想」を守るための殺意だ。
ここがこの作品の核心部分であり、読み解かねば面白くない点でもあるので、難しい。
そしてこの「箱の中身」
明かされないこの箱に入っていたのは、おそらく嬰児のミイラではないのだろうか?
石川がサイコになった原点
ずっと一緒にいたいと願うあまり、火葬や埋葬さえできなかった。
もちろん、死亡届さえも出されていない。
これが石川の心の根幹に宿って、それが彼女の幻想を作っている。
冒頭の心平と石川の姿
実際に起きたと思われるが、大人の遺体をどのように処分したのだろう?
ここは物語故のこと。
石川は引っ越しを繰り返しながらこのようなことを続けている。
特殊詐欺グループの上を行く恐ろしさ
いかにも悪い奴らという構図を出しておいて、彼らを喰う女という構図
他人を騙すのではなく自分自身を騙すという狂気
これこそがこの作品の面白さなのだろう。
井上は、
石川から母を思い出した。
しかしそれは同時に捨てられた日のことでもあった。
彼の持った孤独と貧困
そこから逃れるための詐欺加担のバイト
石川という母のような存在によって、詐欺グループと接触しないようになった。
特に引っ越し準備の時は、新しくやり直したいという思いになったのだろう。
嘱託殺人から、石川自身の過去を聞いたことも、井上にとっては孤独を共有できる人との出会いを感じたはずだ。
井上は確かに見てはいけない箱を開けた。
しかしそれでも彼は石川の言葉に嘘がなかったことを再確認しただけだったように思った。
ところが石川にとってそれは、彼女の虚構と現実の境界線であり、こんなことが繰り返されてもなお死守すべきものなのだろう。
この狂気が殺意になり、繰り返す。
作品の中に誰もが知る佐野史郎さんを登場させることで、この作品の格が上がる。
そして練り込まれた脚本 素晴らしかった。
なお、
モチーフとして登場する「幸せを運ぶ青い鳥の羽」
ベランダに掛けてあった鳥かご
井上は何故騙した人にこのモチーフを使ったのだろう?
この読みときは難しい。
メーテルリンクの青い鳥
それは井上にある母の想い出だろう。
彼は無意識でそれを探している。
詐欺のお礼に使っているのは、『「幸せ」や「青い鳥」など存在しないよ、バーカ」と自分と相手に向けて言っているのかもしれない。
そして、あの絵
女性が横たわり、白い馬に乗った天使のような存在が、小さな子供を優しく掴まえている。
死産した女性を慰めるような絵
まさに救い。
しかし、石川はどうしても彼女の幻想を持ち続けたいのだろう。
彼女が持ってしまった思考
この悲しさ。
なかなか奥深い作品だった。