「知られたくなかった 知ってほしかった」流浪の月 にあさんの映画レビュー(感想・評価)
知られたくなかった 知ってほしかった
「握ってくれた手の感触を頼りに生きてきた」
詰まるところ、
ありのままの自分を受け入れてくれる存在、が、
やはり大切なんだよな、と
もしあのままさらさが大人になっていったら、
さらさはきっと普通に友達を作って恋人を作って
文には親、もしくはお兄ちゃん、のような
接し方をするようになったんじゃないだろうか
はじめて自分を受け入れてくれた人、が、
家族以外で人生で唯一だったとき、
人はそれを過剰に特別だと思い込んでしまう
まるで刷り込みのように
特別であることに偽りはないし
もし同じ環境で別の人だったとしても
同じ感情にはならない、
本当に特別な人のはず、なのだけど、
それを普通の尺度で測ると「依存」になったりするんだろうな
そういう存在がいる人にはとても刺さる、
作品だったと思う
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物語の進行の都合上省かれたであろう
骨董屋さんが序盤以降出てこないところ、
アルバイトしかしてないのに
すぐ引っ越して家具を揃えられる経済力、
ロリコン と 小児性愛者の境、
文の抱える具体的な病名症状、など
現実的な描写がないことで良くも悪くも
綺麗すぎるまとまりになっていたように思う
掲示板に相談を書き込んで
人生にもがく人を一生懸命応援してたけど、
実は釣りだったことが分かって、
「辛い思いをしている人は居なかったんだね、よかった」
となるときの、
安堵感と取り残される虚しさ、のような
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横浜流星の濡れ場が下手すぎてしんどかった
ああいう顔だけ良くて
中身モラハラのタイプにありがちな
相手のこと気遣えない一方的で気持ち悪い感じ、
とてもリアルだったと思うけど
あまりに見ていて痛々しく、
込み上げる笑いと共感性羞恥のような鳥肌
恐らくあのリアルさは横浜流星そのもので
演技でああいうのだったわけではないんだろうけど、
ストーリーを考えたらあの気持ち悪さは要らなかった
濡れ場の下手さに笑ってしまうは
娼年の松坂桃李以来、しかも圧倒的超えで、
なんとその松坂桃李が同じ作品に出てくるものだから
変なところで感慨深かった
同じ類の気持ち悪さで、
最後松坂桃李、服脱ぐ必要あった…?という疑問
そして松坂桃李の細さがもう…
そんなに細いことある…?
ガッリガリじゃん…うっす…!と
物語のとても大事なシーンなのに
こんなことに意識取られてしまうので蛇足みを覚えた
脱がなくても十分伝わったと思う
脱いだせいでやっぱり頭おかしいやつなんか、
みたいな感じが増してなんか、なんかだった