カウラは忘れない

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カウラは忘れない
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解説

第2次世界大戦中のオーストラリアで起こった集団捕虜脱走「カウラ事件」の真相に迫ったドキュメンタリー。1944年8月、オーストラリアの田舎町カウラにあった捕虜収容所で、近代戦史上最大規模の捕虜脱走事件が発生した。1000人を超える日本人捕虜が集団で脱走を試み、日本人捕虜234人、オーストラリア人の監視兵ら4人が死亡。日本人捕虜の目的は生き延びるための「脱走」ではなく「死」であり、その背景には「捕虜を恥」とする旧日本軍の教義や当時の日本の「空気」があった。事件の生存者たちの証言を交えながら決行に至るまでの経緯を明らかにし、生存者に今なお残る悔恨、その思いを受け止めようとする若者や演劇人、そして事件を教訓に和解への道を歩んできたカウラの人々の姿を映し出す。監督は、旧日本軍の贖罪と和解に生涯を捧げた永瀬隆を取材したドキュメンタリー「クワイ河に虹をかけた男」の満田康弘。

2021年製作/96分/G/日本
配給:太秦

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映画レビュー

3.0この話は知っていたが

2021年10月18日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

あまり知られてなく事件の特集は少なかったと でもやはりミニ系でひっそりやってる作品 一部の特定の人物のみ焦点を当てたインタビューがメインでNHKのこの手の特集に比べてもっと広くその時の背景や当時の映像等も詳しく入れて欲しかったと!

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ゆたぼー

4.0カウラ事件、知りませんでした。

2021年9月2日
iPhoneアプリから投稿

皆死んでしまった、生かすことは出来なかったなかと罪悪感を持つではなく、何故自分も死ななかったのかと生きてることに罪悪感。

捕虜になって極楽な生活にあっても長々と抜けない戦時訓、自殺のための脱走。多くは流された感もあるが、この様な場所にあっても流れに逆らってまで生きようと思わないのね。

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Oyster Boy

4.0カウラを忘れまい。そして、私の体は私のもの。

kumiko21さん
2021年8月31日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 三食付いて労働なし。軍隊の上下関係も解消された平等なコミュニティ。各自が特技を生かして花札やグラブまで工夫して手作りしてしまう、潤沢なレクリエーションの機会。
 そんな恵まれた捕虜たちがある朝突然決行された大脱走。それは脱走ではなく集団自決の変形版であると、オーストラリア当局が理解するのにどれくらい時間がかかったことだろう。 戦後の価値観の人間には、頭ではその思考回路を理解しようとすればできなくもないけれど、誰もが納得できない愚行だ。じゃあ、あなたがその場にいたら反対して「私の体は私のもの!」と叫べたか?、、、歴史にたらればはないと考え直すとして、未来においては絶対にそう言いたい。
 当時、らい病のため一人だけ隔離されていたため距離を置いて事態を見守り生き延びた立花誠一郎さんの冷静さが印象的だった。強いは弱い、弱いは強い。
 戦争の被害者としての歴史だけでなく加害者としての歴史を、のみならず、このような狂わされてしまった集団意識の歴史もしっかり刻んでいくべきだ。この映画のベースになったワークをした高校生に施された教育こそ「高等教育」だなあと思った。瀬戸内海放送さん、良いお仕事でした。

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kumiko21

3.5日本人は再び戦争を止めることができないだろう

2021年8月12日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 本作品のテーマは日本人の恥の感覚と、東条英機の「戦陣訓」である。日本人は何を以て恥とするのか。戦陣訓はどれだけ陸軍兵士の精神を縛ったのか。

 ツイッターだったか、今般のコロナ禍に際して、ワクチン接種を推奨するための各国の違いが風刺されていた。アメリカ人には「ワクチンを打ったら英雄になれますよ」と言い、日本人には「みんな打ってますよ」と言えばいいのだそうである。
 たしかに日本人には人と異なることを嫌う性質があると思う。日本人だけかどうかは別にして、みんながやっているのにやらないと、責められる雰囲気はある。マスク警察や自粛警察など「お上」の言うことに従わない人を市井の人が罰することさえある。それは公権力の要請を笠に来て弱い者いじめをしたいだけなのだが、この戦時中のような精神性が未だに蔓延していることが恐ろしい。それは戦争を肯定する精神性に等しいからである。

 恥の感覚は何故か大人よりも子供に際立つ。いじめられていることを親にも教師にも言えない子供がいる。恥の感覚があるからである。自分が弱い立場になってしまったことが恥ずかしいのだ。弱い=悪および否定に対して、強い=善および肯定という感覚。いじめられる子供だけではなく、レイプされた女性もそのことを言えない場合がある。
 それに恐怖だ。いじめを告発するとさらにエスカレートするのではないかという恐怖。親も教師も何もできないのではないかという絶望感。レイプを告発しても合意だと言い張られてしまう恐怖。警官が男ばかりだと、結局は男の都合で判断されてしまうのではないかという絶望感。

 コロナ禍の状況を強行して開催した東京五輪。これを大運動会だと表現した途端に「アスリートに対するリスペクトがない」等々と批判される。このオリンピックで増えた借金は都民ひとりあたり10万円超、国民一人当たり1万円超だそうだ。全費用を日本人が獲得したメダルの個数で割ると、1個あたり690億円にもなる。参加したアスリートの皆さんにこの数字を伝えたい。
 なぜ五輪の話題かと言うと、コロナ禍で医療体制が崩壊して国民がたくさん死んでいるのに五輪を強行して感染を増やすのはおかしいだろうという正論が、カス総理が繰り返す「安全、安心の」という具体策を伴わない主張に負けてしまったことで、同じことが将来の開戦時にも繰り返されかねないと解ったからだ。五輪さえ止められないのに戦争を止められるはずがないという訳である。同じ主張をネットでも散見する。

 ドキュメンタリー映画「東京裁判」を観ると、東条英機が如何に頭の悪い男だったかが解る。そんな男が書いた愚かな文書が戦陣訓だ。一顧だにする価値もないはずだが、陸軍兵士もそれほど頭がよくないのか、戦陣訓に縛られていたフシがある。故郷の家族の恥とならぬように、捕虜にはなるな、捕虜になったら汚名を残すことになると書かれている部分が本作品で扱われている訳だが、敵との戦闘力の差が大きすぎたら捕虜になるしかない。捕虜になることがどうしていけないのか、論理的な説明はなにもない。具体性もない。要するに戦陣訓は机上の空論に過ぎない。しかし日本人の恥の感覚に融合したために、陸軍兵士はこれを聖典のように崇めてしまったのである。

 本作品はカウラという捕虜収容所の件を扱っているが、その奥にある恥の感覚と、弱いことが悪で強いことが善だという思想が、日本人の精神を深く蝕んでいることを示唆している。収容所の待遇がよかったにもかかわらず、殺されるために脱走を図った精神は、五輪に反対できない精神、戦争を止められない精神である。
 家という価値観を捨て、国家という価値観を捨て、恥の感覚を捨て、弱い自分を肯定し、孤立することを恐れない勇気を獲得しない限り、日本人は再び戦争を止めることができないだろう。

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耶馬英彦
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