「わたしたちの落選戦争」決戦は日曜日 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
わたしたちの落選戦争
日本映画界は政治に忖度しているのか、鋭くメスを入れた社会派作品や風刺の効いたピリ辛作品などがあまり無い。
かと言って皆無ではなく、『新聞記者』は見応えと意欲ある社会派力作だったし、今から33年前、1989年に公開された『善人の条件』は邦画政治風刺の傑作。
本作も同ジャンルとしてなかなかの快作。コメディとして描いたのが面白い。コメディだからこそ、滑稽と風刺で笑い飛ばし、訴えられたものがあった。
地方都市。地元で強い支持を得るベテラン議員。
その秘書の谷村。学生の頃からこの世界に入り、まだ30歳の若さながら政治の裏表を知る中堅。
今の仕事にも満足していたそんなある日…
衆議院解散。と同時に、議員先生が病に倒れてしまう。
その後継者として白羽の矢が立ったのは、娘の有美であったが…。
新人候補とスタッフが当選目指して奮闘。
…と、一応はそんな話なのだが、
所々ユニークな展開を凝らしている。
有美は政界ド素人。意気込みだけはあり。
そんな有美を谷村らは嘲笑。仕方ない、色々教えてやるか。
出馬表明の会見の場。スタッフが用意した原稿を読み上げるが、ちょっと漢字が苦手のようで…。“かくかく”“かくかく”…。
街頭挨拶。炎上目当てで挑発してくるYouTuberにブチギレ。暴言に暴行…。
さらには後援会の古株面子と喧嘩。古株らは後援会から手を引くと…。
出馬表明してまだ日も経ってないというのに、こんなにトラブル続出。
こんなんでやっていけるのか…?
とにかく自由奔放な性格の有美。遅刻もしょっちゅう。コーヒーはアイスだホットだ、ミルクだ砂糖だ、細かうるさい。
政界ド素人故、言いたい事はズケズケ言い、ヘンな事はヘン。
それがスタッフを困らせ、後援会と見解の相違。
でも時々、的を射た事も言う。
政治が何も変わらないのは、私たち自身が変わらないから。まず、私たち自身が変わる必要がある!
…と、大声で力説。政治内部に嫌気が差して自殺しようと事務所のある建物の屋上から発したのだが、この時のスタッフ一同が慌てる素振りは全く見せず、至って平静。谷村にとっては自殺を“お手伝い”。ひょっとして、よくあるの…?
政治が変わらないのはやってる当人たちが変わらないから…と言うのは確かにそう。
それはそれ、これはこれ。今まで通り。暗黙の了解。事無かれ主義。
そんな描写は劇中にも…。
父親の失脚レベルの不祥事発生。有美本人には全く関係ない事だが(実際有美は全く知らなかった)、選挙に不利にはなる。そこで、一人のスタッフのせいにして、嵐が収まるのを待つ。勿論これはでっち上げ。政治家特有の“逃げ”。にも関わらずそのスタッフも当たり前のように嘘の罪を被り、その他スタッフも当たり前のような対応。
…こんな事していいの!?
父親が意識不明に。古株らは命の心配するどころか、亡き後の金の配分について激論。さすがに怒り心頭の有美は彼らを一喝。だが、古株らは…
「うるせぇんだよ、バカ女!」
「あんたの出る幕じゃない」
そこで知ってしまった有美が推された経緯。父からの推薦と聞いていたが、本当はそうではなく、古株らが自分たちの“操り人形”として有美を指名。しかも、父も同意の上。
有美の怒り、落胆、失望は計り知れない。
有美は雑誌記者にこの内幕の全てを暴露記事にして貰うよう密かに連絡するが…、すでに記者にスタッフの手が。別の記者に暴露しようとする有美に、谷村は穏やか口調で、しかし辛辣に押し留めさせる。
有美は出馬そのものを辞めると言い出すが、今となっちゃあそれも無理。多くの準備、人が動き、金も掛かっている。辞めたら全てが水の泡…。
政治は嘘と金と老害と男尊女卑と決まり切った必要悪(=ルール)で回っている。
政界こそ、何処よりも最大のブラック企業。
この世界を本当に変えるのは、無理…?
普通のやり方で変えようとしてもダメなら…。
ならば、イレギュラーなやり方で。
有美はわざと問題発言や行動を起こす。わざと選挙に落選しようとする。
問題起こして落選して騒ぎや注目を集めれば、反面教師的に訴え、何か変えられるかもしれない…。
有美の独断…と思いきや、谷村も協力。
きっかけは、一杯のコーヒー。事務所に置いてあるコーヒーマシンが、とにかく不味い。手伝いの若いスタッフは、「泥水」と。谷村は平然と飲んでいる。長年飲み続けて、麻痺してしまったようだ。
不味いなら変えた方がいい。コーヒーマシンもこの世界も。
目指せ、当選!…ではなく、目指せ、落選!
坂下雄一郎監督の作品を見るのはこれが初めて。
インディーズでオリジナル脚本のコメディやドラマを手掛ける俊英。
本作もオリジナル脚本。5年の歳月を掛けて執筆した力作。
エンタメ性と笑いと風刺と訴えを込めた手腕はなかなかのもの!
宮沢りえにしては珍しいコメディ。理想の政治家には程遠いかもしれないけど、政界や世間知らずの中にも一本芯が通った快演。
窪田正孝が巧演。一見人の良さそうに見えて、実はかなりのキレ者、デキる人! 味方だったら頼もしいけど、敵に回したら手強そう…。
他キャストで印象に残ったのは、音尾琢真。いつも怖い役が多い彼が珍しく穏やか優しい性格。そのギャップが何故かウケた。
地元に強いベテラン議員の娘。だから、ちょっとやそっとの事じゃ落選は無い。と言うか、当選はほぼほぼ決まってるようなもの。
落選目指すなら、ちょっとやそっと以上のスキャンダルを。
父の賄賂現場を抑えた映像を流出。
それが消し飛ぶような国際ニュース。バカみたいに喜ぶ古株スタッフ。
その映像を盗撮して流出。
あの手この手を尽くした“落選活動”。
こんだけ散々やって、もし当選でもしたら、あり得ない…いや、終わってる。
開票は…
普通だったら、万歳!万歳!…と喜ぶ所だろう。
まさかの当選に失望。
これ以上ない皮肉。
何をやっても政治は変わらないのか…?
ほとほとうんざりする政治という世界。
こんな世界から足を抜け出したいが、足を踏み入れてしまった以上、もはや無理。
やるしなかない。
政治を変えられるか、出来るか出来ないかじゃない。
やるしなかない。
やり続けていれば、いつかは変わる。
それとも、やり続けても永遠に変わらない。
政治家は今、何を思うか…?