アクアマン 失われた王国 : 映画評論・批評
2024年1月9日更新
2024年1月12日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにてロードショー
ユニバースに固執せぬ“ワイルドでいこう!”こそがアクアマンの精髄
ジェームズ・ガン体制下のDCスーパーヒーロー映画がユニバースの見直しを図るなかで、ソロとして独立作を持つ既キャラクターの扱いをどう調整しいくのか? その手がかりを今回に求めるのはエネルギーの浪費でしかない。製作のステージでいかなる葛藤があったにせよ、監督続投となったジェームズ・ワンの豊かな創造性は、迷いなく「アクアマン」(2018)の拡張に向けられている。
人類との共存やジュニアの養育など、海底王国アトランティスの王位に就いたアーサー/アクアマン(ジェイソン・モモア)にとって、やるべきことは山積みだ。そんな状況で急浮上してきたのが、かつて栄華を誇った悲運の海中国家ネクラスの復活と、同国を破滅へと導いた、世界崩壊の危険性を持つ脅威アイテムの存在。そこで王女アトランナ(ニコール・キッドマン)は袂を分かち幽閉状態にあった弟オーム/オーシャンマスター(パトリック・ウィルソン)に協力を要請する。
DC映画史上もっとも異世界創造の割合を占めている本作。待望の続編は王となったアーサーに立ちはだかる試練と、未曾有の危機を解決へと導くために、仲違いした兄弟が行動を共にすることで、関係修復の可能性に目を向けたバディムービーになっている。護るものが重積となったアクアマンだが、事務的な執政や、玉座に縛り付けられているのは性に合わない。海中に生息するさまざまなクリーチャーたちを率い、自ら再び混乱と戦いの荒波へと身を乗り出していくのだ。
ワン監督の多動性に満ちた演出スタイルも、前作よりさらに勢いを増し、なにより主題を「家族」に求めるという、彼が同じワーナーで言及してきた「死霊館」シリーズや、前作「マリグナント 凶暴な悪夢」(2021)同様の香気を強調。どれもがみな「家族の絆こそが試練に打ち勝つもの」という共通の響きを発している。ホラー映画はホラー映画、スーパーヒーロー映画はスーパーヒーロー映画として違うスタンスで並立させてきたワンが、ここにきてそれらを同じテーマのもとに鳴動させているのだ。
こうした壁を越えようとする動きは、DC映画の連続性といった狭義にとらわれない、ジェームズ・ワン作品としての姿勢をパワフルに主張する。みんなポストクレジットにばかり注目するが、本編の冒頭で流れる歌曲が、その姿勢を隠すことなく宣言しているではないか。ユニバース? そんなの関係ねぇ。アクアマンはアクアマンだ、そう「ワイルドでいこう!」と!!
(尾﨑一男)