「生は静寂の中に」サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
生は静寂の中に
昨年Amazon Prime Videoで配信された本作。来月から劇場公開に。
その前にU-NEXTでも配信され見れた事は嬉しいが、やはり劇場で観たかった気もする。注文付けるならば、音響設備のいい劇場で。
(と言っても、私の住んでいる近くでは上映しないだろうけど)
音。
この音の体感、臨場感!
序盤、激しいヘビメタ・ライブは耳に大音量を叩き込む。
突然の聴覚障害。キーンという音が続き、身の回りの音や相手の声もゴソゴソ程度にしかほとんど聞こえない。実際の聴覚障害者もあんな感じだと思うと…。
ネタバレだが、インプラント手術を受ける。また聞こえるようになるが、まるで無線のような雑音入り交じりのこれまでとは違う音。
合間合間の身の回りに溢れた自然音、生活音。
そして、静寂。
それらを巧みに“聞き分け”。
オスカー録音賞は当然。
劇場の大音響で聞きたかったが、ヘッドホンしてじっくり視聴したので、それはそれで良かったかも。
話はお察しの通り、
恋人ルーとバンドを組み、トレーラーハウスでアメリカ各地を周りながら、ライブに明け暮れるドラマーのルーベン。
時々耳が聞こえ難い事に気付き、医者に診て貰うと、聴覚を失ってしまう事が…。
ほぼ治る見込みはナシ。
インプラント手術を受ければまた聴こえるようになるが、金が掛かる。
耳が聞こえないなんて、一ミュージシャンにとって死活問題。
突然道を阻まれ、奈落の底に落とされたような…。
元々感情が激しいルーベン。荒れに荒れる。
ルーベンも痛ましいが、ルーもまたそう。
彼を支え、助けてあげたいけど、私の力じゃどうする事も出来ない。
そこで知人に相談し、聴覚障害者のコミュニティを知る。
他に手段も手立ても無い。
ここで暮らすには、外界とのやり取りは一切絶つ事。
つまり、ルーとは離れ離れになり、メールなど連絡すら取れない。き、厳しい…。
この一旦の別れの時のルーの台詞が印象的。
「自分を傷付けているという事は、私も傷付けているという事よ」
ルーベンとルーは似た所がある。
ルーベンは元薬物依存者、ルーは家族との関係に問題あり。
それぞれ背負ったものを、愛し、一緒にいる事で、支え、克服してきた。
彼女と再会する為に…。
ルーベンはコミュニティでの生活を始めるのだが…。
ここはあくまでコミュニティであって、病院ではない。
故に、また耳が聞こえるようになる治療や手術など行わない。
では、何を行うか?
耳の聞こえない困っている人たちへの支援。心の救済。
聴覚障害者としての生き方を受け入れる。
それが分からないのが、ルーベン。
俺は手術を受けたいんだ。また耳が聞こえるようになりたいんだ。そしてルーに会いたいんだ。
聴覚障害者の生き方やコミュニティの生活ルール云々なんて、どーだっていいんだ!
手話も分からない。
全く馴染めない。
また別のイライラが募る。
しかし、それでも徐々に、少しずつ…。
聴覚障害の子供たちとの触れ合い。あんなに何もかも受け入れを拒否してた男の心を開く子供たちの存在って凄い。
運営者ジョーの見守り、厳しさ、導き…。
手話も覚え、気付けばこのコミュニティ皆の人気者に。
元来人に好かれるタイプなのだ。
入所した時は思ってもみなかった、穏やかな日々…。
リズ・アーメッド、大熱演!
これまでのイメージを覆すワイルドな見た目に変貌。
ラッパーでもあり、半年間ドラムを猛特訓。手話もマスター。
でもそれ以上に、
絶望、焦り、怒り、苛立ち、悲しみ…。
音を閉ざされた独りの男の姿を体現。
そして、忘れ難いあのラストシーン…。
まさに、入魂。現時点でキャリア最高。
恋人ルー役のオリヴィア・クックも単なる支え役に留まらない複雑な役所。
特筆者は、運営者ジョー役のポール・レイシー。本作で知った初めましての方だが、名演! これぞTHE助演!
ルーベンを受け入れ、諭し、導く。存在感も抜群で、非常に美味しい役所。
手話にも長け、聴覚障害の両親の元に生まれたからだとか。
彼の存在がリアリティーを与えていた。
コミュニティでの生活や触れ合いはドキュメンタリーのよう。
過激なヘビメタ・シーンから始まり、主人公の感情に合わせ暗く重く、ドキュメンタリータッチも交え、辿り着いたラスト。
ダリウス・マーダーが初監督とは思えない手腕。
きっかけは、時々こっそり忍び込んでパソコンで見ていたルーのソロ活動。
ジョーからはいつしか頼りにされ、ここに残ってコミュニティの運営を手伝って欲しいとまで言われる。
おそらくルーベンは、そんな事を言われたのは初めてなのだろう。
悩む。選択。
彼が選んだのは…
やはり最初からの考えを変える事を出来なかった。
確かにここで、聴覚障害者としての生き方を学び、救われた。
でも、俺には俺の人生がある。会いたい人がいる。
ただ時間だけが過ぎていく、ここにいつまでも留まっているのは、俺の人生じゃない。
自分の人生が好転するか、間違いだったか。
例えそれが愚かであっても。
ルーベンの起こした行動は、愚かか、否か。
ジョーに黙って手術を受ける事を決意。手続きを済ませ、金はドラムなど身の回りのものやトレーラーハウスなどを売って。
苦渋の決断だが、ルーと再スタートする為なら…。
そして受けた手術。
また聞こえるようになったが…、期待と違った。
もうかつてのような音=世界ではない。
一度失ってしまったものは取り戻せない、残酷な現実。
再びコミュニティに戻るが…
コミュニティは耳の聞こえない困っている人たちへ助けの手を伸ばす。
手術で聞こえるようになったから…ではない。自己チューの者へ助けの手は伸ばさない。
ルーベンはルーの実家へ。
ここら辺で展開は予想出来た。
ルーはソロで成功。
確執あった父とは和解。
その日は賑やかなパーティー。
ルーベンにとってはただのうるさい雑音。居られやしない。
待ち望んだ再会、以前のような2人での暮らし。
そうか…。
これもそうだったのか…。
世界は音に包まれている。
音は素晴らしく、美しい。
しかし時としてその音が、苦しい時もある。
聞こえるという事は、生きる事だ。
耳を引き裂くような雑音、騒音。
人それぞれ捉え方はあるだろうが、また聞こえるようになったとは言え、こんな世界で生きていくのは苦だ。
彼は再び聴覚障害者としての生き方を受け入れる。そして辿り着く。
静寂の中の、生。