「国が無いとは言わせない」戦火のランナー Imperatorさんの映画レビュー(感想・評価)
国が無いとは言わせない
スポーツがテーマであるが、それだけでなく、同時期上映の映画「デニス・ホー」と並んで、「国」についてもとても重く考えさせられた映画だった。
終映後のトークによれば、南スーダンは「すさまじい国」だそうだ。
2011年にやっとアラブ系民族から分離できたと思ったら、今度は共通の敵を失った南部の部族間で、権力と富を巡る闘争が繰り広げられる。2013年と2016年は大規模な内戦になったようだ。
卑しく愚かな人間たちが権力を握り、品格を失った今の日本と比べても、ケタが違うカオス状態である。
そんな分裂したカオスな国に対しても、グオルを含め、南スーダンの人たちは愛国を訴える。強制されたものではない、自発的な心からの叫びだ。
彼らの目に映っているのは、醜い権力者ではなく、人口1200万人のうちの3分の1が(国内)避難民または(国外)難民になっているという、一般の人々だ。
グオルは神に感謝し、子どもたちの未来のために、自らの使命を果たそうとする。省みて、自分が情けない。
64の部族があるそうだが、部族間の違いは権力闘争の口実にされているだけで、一般の人々にとっては、決して超えられない壁ではないに違いない。
映画は、再現アニメを交えながら、グオル8歳の1993年から始まって、2001年の難民としてのアメリカ移住と陸上競技、2012年のロンドン五輪の“無国籍”での出場、2016年のブラジル五輪出場を巡る顛末に至るまでが描かれる。
生きていたことが奇跡のような幼少期、そして感動的な20年ぶりの両親との再会シーンもある。
「国が無いとは言わせない」という女性の発言のシーンでは、不覚にも落涙した。
(どうでもいいことだが、)グオルの家族がみな、絵に描いたような“八頭身”であることにも驚いた。
かつては逃げるために走った男が、「祖国の誕生」という未曾有の経験を経て、国のために走るようになるまで、描かれるべきことが分かりやすく描かれた、引き締まったドキュメンタリーだった。