川っぺりムコリッタのレビュー・感想・評価
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寂しさと優しさと時の流れ
何年もそこで暮らしている人達の中に、余所の街から訳アリの青年がやって来て、他と関わりたくないと思っているのに、隣人がズカズカと踏み込んでくる。
青年は戸惑うが、実は誰もがみな何かを抱えて生きていることを知り、心を開いていく。
誰もが邪心なしに近づいてくれるならそんな暮らしもいいが、現実は優しくなんかないだろうと内心反発しつつ、川っぺりのシーンで流れる音楽は優しくて心地よく、ちょっとホッコリする映画だった。
非現実的な世界でささやかな幸福を謳った
前作の「彼らが本気で編むときは、」を観ていないので、2012年の「レンタネコ」以来10年ぶりの荻上直子監督作。
これはかなり好きだった。
人から金を騙し取り服役した主人公。刑期を終えた彼を迎えたのは富山の塩辛工場、そして古い安アパートのハイツムコリッタ。
これは荻上監督が創出した理想のコミューン?
リアリズムを排した非現実的な世界だった。
人とふれ合うささやかな幸せを謳った。
幸福論があった。
温かい空気にふれ幸せな気分に浸った。
そう、非現実的な空間で真実を語るのが荻上スタイル。
2007年のマイベストテン第2位とした「めがね」以来15年ぶりのテン入りもあると思う。
「無縁社会」への処方箋
NHKのドキュメンタリーで、官報に載っている「行旅死亡人」を追跡し、遺骨の引き取り手のない人たちの生前を取材した特集番組「無縁社会」がかつてあった 「無縁社会」はNHKが作った言葉ではあるが、家族がいても自分から関係を閉ざして亡くなっていく人がたくさんいて、市役所の福祉事務所には引き取り手のない遺骨が管理されていることも番組で伝えられていた
山田さんは受け取りを拒否することもできたであろうに、役所からの連絡に応じて遺骨を引き取る
出所後誰とも関係を拒絶して生きていくはずだったのに、ムロさん演じる島田さんのしつこい「押し」によって、他人を受け入れる素地が作られていったのかもしれない
「個人の生活」を大事にしたいと多くの人が思っている反面、ああいった人間関係に憧れを感じることもある 子どもやまわりに迷惑をかけたくない、と思いつつも(「PLAN75」の考え方だろうか)「無縁社会」の中で生きていかなくてはならなかったり、山田を刺そうとした蚊がたたき殺されるように「突然の死」を迎えるかもしれない、という恐怖
煩わしい関係を受け入れたくもなる、という思いは年齢のせいかもしれない
(10月2日 イオンシネマりんくう泉南にて鑑賞)
演出戦略
それぞれに傷付いた登場人物たちが、それぞれの傷を抱えながらひと夏を過ごし、やっと一歩を進めるお話。
正直、寓話的な部分と驚くほどリアルな部分のバランスがこちらの想定と違っていたりしてギョッとするところもあるが、それも含めて人間って…と愛おしくなる。
マツケンの慟哭、ムロツヨシのごめんなさい、満島ひかりの骨噛みエロス…
役者の個性と演技力を活かしながら独自の世界を築く、荻上直子監督のしたたかな演出戦略の勝利だと思う。
食べることは生きること、そして幸せを感じること
ふんわり、ほっこりの荻上直子監督作品と思って観ましたが、本作はいささか雰囲気が違います
主要キャラクターが皆、人の死と向き合って生きていて、作品全体通して"死"というキーフレーズがまとわりついています
そして、その対局にある"生"の象徴として描かれるのが「食べる」こと
死にまとわりつかれた人々が生きるために食べる
松山ケンイチさんとムロツヨシさんが白飯をうまそうにかっ食らい、皆で楽しそうにすき焼きを食べ、満島ひかりさんは○○まで・・・
人はいろいろ苦しいことを背負って生きてるけど、"おいしいもの"を食べた時の様にささやかな幸せを感じる瞬間が一番「生きている」と実感できるし、心が満たされる
そして誰もがそんな幸せを感じる権利を持っている、例えどんな人生を送ってきたとしても、失った幸せを取り戻し、やり直す権利を持っている。。。
とても重厚で見応えがある良作です
そして、豪華キャストをチョイ役で贅沢に使っているのも印象的、全員わかるかな?
私は一人だけわからずエンドクレジットで名前を見て後で調べて納得しました
生と死の間
予告編だけで前知識全くなしで鑑賞したらまさかの仏教用語だった
松山ケンイチ演じる山田は生きる意味が見出せず最低限の活力しかない
ムロツヨシ演じる島田はそんな山田に図々しく生きる生き方、生きる力を教えてくれる
その中でも荻上監督作品と言えば飯島奈美さんの食事シーン
生きる事は食べる事といわんばかりに物語が進むにつれ食卓に色が添えられていく
また死者に対しての関わり方も人それぞれ、葬儀についても人それぞれ
残された人がその後を生きるために死者を弔うんだ
豪華キャストによるほっこりコメディ 宣伝でそんな印象を持ったが、そ...
豪華キャストによるほっこりコメディ
宣伝でそんな印象を持ったが、そんな単純な映画ではなかった。
川っペリは二重のメタファーで、一つは社会のどん詰まりの場所、もう一つはあの世とこの世の境界を指している。登場人物はみな亡くした誰かにとらわれていたり、死に関わる生業を持っていたりする。ムコリタ・・・仏教で昼夜を30分割した時間(すこしの間)そんな名前のアパートは名前は可愛くても腰を落ち着ける場所ではなかろう。そんな川っペリのムコリッタに流れ着いたように住む人々の滋味深いお話。
見終わったあと、メシが食いたくなること間違いなし!
めぞん三分の二刻
好き。安定感抜群の面々が風変わりでどこか哀しげなキャラクター達を生き生きと演じている。中でも満島ひかりさんの途中での出来事にはドギマギした。コミュニティを得意としない人間たちが作り出す最小限のコミュニティの何とも柔らかく微笑ましい感じはいつまででも観ていられたし観ていたかった。
過不足ない人間賛歌
この物語の人々が清々しいのは、媚びる事をしないから。
どんな人にも、共感出来る部分もあれば、理解出来ない部分もある、それはお互い様。
白か黒かでニ分化しない、寛容な世界。
「言葉」に頼らない、絵本のような味わい。
配役の妙
松山ケンイチ ムロツヨシ が見事な配役だなぁと観る前から思っていたが 脇をかためる満島ひかり 吉岡秀隆がほんま素晴らしかった。人の死を扱っているので観る人によって気持ち悪いと感じられる所は多々あると思うが自分としては配役の妙がそれを凌駕したように思う。
昔 俺たちの旅というドラマがあったがあの時も配役の妙が際立っていたが、今回の映画はそれと同じように感じられた。
ぜひとも同じような役者さんたちで何か映画また撮ってほしいなぁ
恐怖のイカ星人・・・NOPE!
配給会社が五輪汚職の目玉であるKADOKAWAなので観るのはやめようと思っていたのに、映画に罪はない!しかも北陸(富山)が舞台とあらば、観ざるを得なくなってしまった。そういえば今日9月27日はなんちゃらの国葬の日。人間の生と死にある時間について考えさせられる。ムコリッタとは仏教の時間の単位1/30日(48分)とのことだが、その生と死のわずかな時間の幸せを意味するらしい。などとボーッとしてたら、序盤から中盤にかけてはオカルトだったり、宗教を匂わす展開となっていた。まさかあの・・・
最初から惜しい!社長が「更生」という言葉を使うものだから、山田(松ケン)の過去がわかってしまった。もっと謎めいたものにしたほうが良かったのでは?と疑問符。しかもちょっとウザキャラのムロツヨシの登場となり、ちょっと醒めた目で見てしまった。
主要登場人物の皆が身内の死と向き合っている。故人との付き合い方、弔い方など、形式張ってちゃいけない。親戚などのしがらみもないのだから、遺族の自己満足でいいんだということ。高級仏壇なんて買う必要もないし、遺骨・遺灰をどう扱うかも自由なのだ。16億円かけようが花火で打ち上げようが自由・・・?
そんな中、最も印象に残ったのがアパート管理人である未亡人・満島ひかりが遺骨で身体を撫でるという艶めかしいシーン。骨を食べるより衝撃的だった。
北陸人としては、なぜか暗いイメージしか持てない風景(『ここは退屈迎えにきて』よりも暗い)や富山弁を一切使わないことにも違和感あり。まぁ実際は石川県の方が暗いからね。何たって平均日照時間が全国最下位。グダグダ文句を書き連ねたのもネクラの証し・・・後半は面白かったですよ。
死んだ後、魂はどこに行くんですか?
久しぶりに映画を観ながら何度か嗚咽を堪えた。静かで柔らかい時間が流れているのに、どこかで時折その時間は淀んでいた。それは、息苦しい世間の生きづらさなのか、この先の自分の人生の不安からなのか、なんなのか。
そして画面からは、そんな詰まってしまった流れを押し出してくれるような、なにかが、こちらの気持ちを洗ってくれる。例えば、美味そうな炊き立ての白米であったり、風呂上がりの一杯の牛乳であったり、取れたての野菜であったり。そうか、食は生きていく基本だものな、と気付かされる。
そんな一息をついたところに届いた、父の死亡通知。そこからの展開がまあ、揺さぶられた。それも、しっかりと食でこちらの心を満たしたあとっていう手順の手練れぶりには頭が下がる。しっかりとメッセージを聴く準備ができてから、じゃあ行くよ、って感じで重いものをどんどん投入してくるのだから。いのちの電話、喉ぼとけ、捨てられた家電の山、河原乞食、七の段のおまじない、隣のばあさん、墓石の訪問販売、空、雲、ナメクジ、、、、。意味なさげで意味ありげで。「はい、いのちの電話です」と聞かされた時の衝撃はこちらも同じだった。そして亡夫の遺骨。満島ひかりのあの性交は、稀にみる崇高な性交シーンだった。とても愛にあふれ、尊厳の気高さに圧倒され、僕は涙を流してしまっていた。そして、じんわりとしみこむしみこむ、おまじないような「せつな、たせつな、ろうばく、むこりった」。むこりったとはささやかな幸せという意味もあるらしいが、この映画にはそんなささやかな幸せを得て、生きていることを存分にかみしめている人たちがいる。この舞台が浄土真宗の根強い富山(おくりびとの原作もここ)っていうのもまた意味深い。仏教には「草木国土悉皆成仏」という教えがあるが、いつのまにかその言葉をかみしめていた。
「お弔いなんて、残された者の癒しの儀式。」という。そう、生きている者が勝手にケジメをつけたいだけなのかもしれない。だけど、そのケジメをしないと前に進めない者もいる。曇りがちだった人生を、晴れやかなるものにする準備のように。
と、こうして家でレヴューを書きながら、僕は塩辛でご飯を食べている。たまらなく美味い。生きているって感じている。
(ところで、エンドロールで見つけたが、薬師丸ひろ子はどこにいたんだ?)
役者が良い
「かもめ食堂」から雨後の筍のように"丁寧なライフスタイル"映画がボンボン公開されて、
果たしてこの監督がどれだけ関わってたのかも知らないが、もうお腹いっぱいになって見なくなりましたが、
今回、久々にていねい映画を。
言ってる事は当たり前の事で、描かれているのも割と当たり前の範疇だったのですが、嫌いになれない一本でした。それは、キャストがクセもの揃いだったからかもしれません。
狂気を孕んだ吉岡秀隆!
社長なのにマスクせずイカの上で喋りまくる緒方直人!
この二人は役を入れ替えても面白い作用があったと思う。
松山ケンイチの演技にも、もらい泣き。
江口のりこをたったあれだけのシーンで贅沢使いしてたり。
たま(さよなら人類)ぽい音楽はあからさまであまり好みではないけれど、良い時間を過ごせました。
「川っぺりムコリッタ」って、語感いいなぁ~。
ムロツヨシさん演じる嶋田のキャラが面白い。とてつもなく図々しいんだけど憎めない。
松山ケンイチさん、満島ひかりさん、吉岡秀隆さんもそれぞれ個性的で面白かった。
ご近所付き合いが希薄になった現代において、この感じは羨ましくもあります。すき焼きのシーンは笑えた。お葬式のシーンも好き。
誰もが様々な過去を抱えながら、それでもささやかな幸せを見つけながらなんとか一生懸命に生きている。
「ムコリッタ」って仏教の時間の単位らしいが、この独特な緩い感じの映画にピッタリの語感だなぁ~。
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