ノマドランドのレビュー・感想・評価
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自然が呼んでいる
のっぴきならない事情でノマド生活を余儀なくされているのかと思ったら、必ずしもそうではない。スマホも持っているし、タバコも吸う。ぎりぎりまで切り詰めているわけではなさそうだ。
実は身寄りもいて、定住生活ができないわけではないということがわかってくる。帰るべきところがないホームレスなのではなく、家を持たないという選択をしたハウスレスなのだ。実の姉からと、ファーンのことを憎からず思っているデイブから、二度の定住生活の誘いを断って旅を続ける。
彼女をノマドであることの誇りなのか、意地なのか。
ただ心奪われる絶景の大自然の中で生きていたいだけなのかもしれない。
自分の中のB面
様々な要素が詰まっている映画
終活…旦那に先立たれ、父から貰ったお皿を大切にしていたり、彼女の人柄を感じます。
物にも魂って宿るなぁと感じました。
歳を取るということ…体の自由がきくうちは、自分がどんなふうに生きていたいかを実現できるけれど、元気なうちしか出来ない。
ジェンダーの壁も感じだけど、これはどんな環境でも同じなので省きますね。
一人の気楽さと寂しさを受け止めて生きるということは年齢や環境に関わらず皆、同じなのかもしれない。
季節労働の虚しさも感じました。Amazonは賢いなぁ。上手に人を巻き込むビジネスを今後は考えるべきなのだと思いました。
家族を持つこと、人と助け合うこと、自分の信念、お金
このバランスがうまくいく人って本当に数限られてるだろうなぁと思いました。
そしてフランシスのオスカー女優賞は当然だとも思いました。
トイレのシーン、川でのシーン。表情と心情が伝わってきたし、隣人に優しくする姿は彼女の日常がわかるなぁと思いました。
隣人に親切であることは忘れてはいけないと感じました。
自分の居場所、生き方…
に尽きる映画。画面も曇り空が多く、寒く、笑うシーンはない。当初、夫に先立たれ、車上生活を余儀なくされた孤独な高齢女性の貧困問題を扱う映画だと思っていた。確かにノマド生活を送っている人々の多くはそうなのかも知れない。いや、確かなことは言えないし、そもそもノマドという言葉も、そういう人々がいることも知らなかった。しかし、フランシス・マクドーマンド演じるファーンは自らの意思で、流浪の旅をし続ける。働き先を変えながら、そこで出会った仲間とずっと一緒にいるわけではなく、互いに別れ、またどこかで出会いを繰り返す。姉に一緒に暮らすよう言われても、旅先で出会った男性から共に住むよう誘われても、自分の居場所は違うと断ってしまう。普通なら将来の不安から、定住、温かいベッド、食事、風呂、何より落ち着く家、家族がほしいのだが。。彼女にとっては亡くなった夫と、共に暮らした家のみが暮らせる場所だったのか。出演者の中には実際にノマドをしている人もいると言う。映画としてはこういう人々もいるんだなぁと思ったくらいであまり共感はできなかった。
眠くなってしまった
現代の社会問題の先にある普遍的な思想。
Nomad. Workamperの実態をノンフィクション作品を元に映画化されている。監督はクロエ・ジャオこの作品でアジア人初のゴールデングローブ賞監督賞を受賞、アカデミー賞で作品賞、また、非白人として初めて監督賞を受賞。原作はジェシカ・ブルーダー著 ノマド: 漂流する高齢労働者たち
この映画を知るまでこのようなアメリカの現状を知る事が無かった。現代のnomadと言われる人達の中心は1950年台〜70年代にかけてのビート族、ヒッピーと同じような生活を送っている高齢者達。ある人はウーバーによってタクシー運転手の仕事がなくなり、映画の主人公はリーマンショックによる工場の閉鎖に伴いネバダ州のエンパイアがゴーストタウン化して職を失ったのをきっかけにバンに住みながら生活するハウスレス生活を送る事になり、荒野に作られたアマゾンの巨大工場で働いたり季節によって複数の日雇い労働で日銭を稼ぎがら車上生活を送ることになる。
仕事がなくなるきっかけも職に着く先も誰もが知っているグローバル企業の名前が出てくる。アメリカではウォルマートの巨大な資本力によって次々と街から商店街などの個人店がなくなり、結局、個人店で働いていた人は生活がままならない程の安い賃金でウォルマートに雇われるというのも事実として聞いた事がある。日本にはまだこのような高齢者は居ないにせよ資本主義社会の行く末として、この事実だけ切り取っても考えさせられるものがあるが、映画の魅力としてはここからで主人公のフランシス・マクドーマンド演じるファーンはただ孤独なだけではなく、人間力もあり人にも好かれるので、自分の姉やキャンプで出会った同世代のイケメンオヤジから一緒にすまないかと誘われる機会があるものの、それを拒み自ら何度も荒野に出ていく。in to the wildという映画があったが、ビート族やヒッピーから始まり20代男子なら一度は憧れる、社会の飼い犬になんてならずに快楽を求めて動物のように自然の中で生きていくという思想に60代の未亡人のおばちゃんや高齢者達が目覚めているという衝撃がまずある。もちろん実際にその生活を送ることは人を選ぶと思うがそれはおそらく年齢や性別に関係なくやってみたらもう家と限られたエリアだけで終える人生なんてつまらな過ぎるという目覚めがあるのだと思う。ただその一方で映画の画面は恐ろしいほどに美しい引き絵の広大な自然の中に小さく強く一人生きているおばちゃんを描いていて、その心情を写すBGMも切なく悲しみに満ちている。こんな孤独は耐えられないと感じざるを得ない撮り方をしているのだが、その生活を選択している本人達だけが、安心安全な生活を送っている人よりも、生きている事のダイナミズムを感じながら腹をくくって強く生きていて、どこかでそんな生き方に憧れてしまう感覚もある。正直なところ、少し間延び感を感じて少し集中が切れて時間を気にした時があったのだが、この映画に関しては必要な演出でありすぐに自己反省につながった。つまり、最近テレビを見ていても間延び感や展開が遅いと感じることがあるのだが、それはYOUTUBEやSNSがこれだけ発展する以前は無かった事だと思う。インスタントに展開や結論を求めてしまっていて、ゆったり感がなくなってしまっている事に改めて気付かされた。本来の人間らしい心地のよいリズムで生きているのか、巨大企業の産物であるインターネットやスマホによって便利になったがそれが幸せにつながっているか、という事にいみじくも気付かされた。俺も家族がいなくなり一人になった時に荒野に出ていけるのだろうか。翌日、家に帰ってしまいそうな気がする。
こういう生き方
現代の西部劇であり「イージーライダー」の続編でもあり
今年の冬に公開予定のマーベル映画「エターナルズ」の監督作品ということ、またアカデミー監督賞作品でもあるということで興味を持ちAmazonレンタルで視聴。「ザ・ライダー」は未見。
今年3月公開ということで、ある程度の内容や事情は把握して見たんだけど、最初に思ったのは「映画館で観るべきだった」という後悔。
物語というよりはセミドキュメント的。
登場人物も主人公のファーンを演じるフランシス・マクドーマンドとファーンに、思いを寄せるデイブを演じるデヴィッド・ストラザーン以外は本当のノマドの人たちが登場する本作は、言葉や物語よりも映像で語るタイプの作品であり、彼ら、彼女らの後ろに映る雄大な自然もまた重要なファクターで、ぶっちゃけ36インチテレビの画面では本作の魅力がかなり目減りするのは間違いない。
本作に登場するノマドの人たちは総じて高齢者であり、日本で言えば団塊の世代。
つまり、美しい理想の世界と自由を求めたヒッピー(フラワーチルドレン)世代なんじゃないかと思う。
しかしながら、夢破れて社会の一部に収まった彼ら彼女らが、老年を迎えた今、再び社会から放り出され幌馬車のようなRV車で仕事をしながら国中を放浪するとは、何とも皮肉な話だと思わずにいられないし、僕くらいの年齢になるとそれは近い未来の自分の姿かもしれないと思ってしまう。他人事だとは割り切れない。
なので劇中、自由を謳歌するノマドたちの裏に横たわる「自己責任」という名の不安に、どうしても目が行ってしまうんだよね。
原作は未読だけど、内容的にはこうしたノマドを安く使って搾取するアメリカの大企業に対して問題提起をしているノンフィクションだと聞いているけど、本作はそんな原作とは趣が違って、ファーンの目を通して見たノマドの人たちの誇り高き暮らしぶりを、壮大な自然と共に(その厳しさも含め)抒情的に描いているように見えた。
美しい景色と複雑な感情の重なりあい
エンドロールまで観ると
共感するのは難しい
アメリカの景色がキレイ
あまり難しいことはわからないので書かないけど、アメリカの広大な路上の風景が美しかった。その美しい景色の中で一人で生きている主人公の孤独が痛切に感じられた。何が孤独かって、人と一緒に同じ場所で暮らす機会があったのに、彼女はそれを選ばなかったこと。人との繋がりを求めていないわけではないが、どうしても同じ場所で一緒に暮らしたくはない。この矛盾は何か詩的な創造ではなくて、監督らが伝えたかった人間の現実の一側面なのだと思う。映画としては静かで目新しいものは無いかもしれないが、美しい景色を見ながらジワリと何か深い人間性を感じさせる作品だった。
日本では感じ得ない空気感と、孤独と繋がり。
アカデミー賞を取った作品と言う事で、映画館では観れなかったものの、配信レンタルで鑑賞しました。
しかし改めて、アカデミー賞を取った映画はとりあえず映画館で観るべき!と再認識しました。
本作に於いては、広大なアメリカの広さ、空の大きさ、夕暮れなどがとても美しく描かれていて、それが主人公や周りの人物の心象とリンクしているので、あぁもっと大きな画面で観たら壮大だったろうなぁ、と時折思いました。
キャンピングカーやもっと小さなバンを寝床として、仕事を探しながら場所を転々として生活する。日本人にはあまり馴染みの無い風景だが、それもまたアメリカのリアルを感じる。
ある時代であればヒッピーという言葉で片付けられてしまったかも知れないが、これは現代の、それも普通の暮らしを求めるが、どうしても何か上手く馴染めない、そんな社会からほんの少しだけ逸れてしまった人達の情景を、本当に美しく描き出している。
そして登場するたくさんの人物は、もはやどこまでが役者でどこまでが素人か分からない。そんな強烈な個性があるというのも、アメリカという土地や複雑な状況が生んだ物なのかも知れない。
私もこの映画はあまり前情報無く観ましたが、結果、心に深く残る、何か不思議な感覚があり、気が付いたらとても良かった、と人に勧めている映画です。
深い夜にゆったりと観るには最高の映画だと思います。
用意された台詞では表現できない至極の2時間
近年日本でも、特定のオフィスを持たずあらゆる場所で仕事をしたり、都市部を離れて地方に移住してリモートで仕事をする新しい価値観や"ノマドワーカー"が注目されているが、ここで描かれているノマド(遊牧民、放浪者)はそんな前向きでカッコいいものじゃない。
かつての家や定職を失い、旅を続けながら季節労働に従事する高齢労働者たち。
深刻化する格差社会、高齢化社会のなか、アメリカの広大な大地と美しい自然を背景に、貧しいながらも人生の思い出とささやかな希望の中に生きる車上生活者たちは、それぞれとの交流を育みながらも孤独に不器用に必死に生きている。
中国系アメリカ人女性監督として、とんでもない才能を見せつけたクロエ・ジャオと、実際にノマド生活を体験して演技に生かしたプロデューサーでもあり主演の名女優F・マクドーマンド。
二人の女性が作り上げた世界観に吸い込まれるように没入し、人生観や価値観を激しく揺すぶられた。
マクドーマンドとD・ストラザーン以外は、実際のノマドである素人の演者たち。だからこそ演技ではない本当の言葉と人生がそこには満ち溢れていて、フィクションとノンフィクションの見事なまでの融合が生まれている。
キャンピングカーで暮らす片腕を怪我した気難しい老婆スワンキーが、ノマド生活のノウハウをファーンに伝授するのだが、彼女がひたすら自分の言葉でこれまでの人生と病気のこと、そして夢について語る場面。
クライマックスでも何でもない、作品のまだ前半の場面だが、なぜか胸が熱くなり涙が溢れた。
人生の豊かさ、幸せって本当は何だろうか。
これから年老いていく自分に照らしながら、なるべくポジティブに、深く考えてみようと思った。
スペクタクルなことなど何も起こらないドキュメンタリーのようなロードムービーなので、退屈に感じる人もいるだろう。しかし用意された台詞では表現できない、自然と生活の音、静寂に包まれながら、至極の2時間を味わった。
2本立て2本目。本日のメイン、オスカー受賞作。 オバハンのワクワク...
絶望と希望をうっすらと同時に感じる
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