アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台 : 映画評論・批評
2022年7月26日更新
2022年7月29日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿ピカデリーほかにてロードショー
演じる囚人たちと売れない俳優のきらめきが胸を打つ、深くコミカルな人間ドラマ
ワケありの囚人たちが、演劇を体験することで成長を見せ、奮闘の末に成功を収める。こんなストーリーの映画は、もう見たような気がするだろう。でも、実話を元にしたこのフランス映画は、想像の遙か上を行く。とくに後半は「こうなるだろう」というありきたりな予想を見事に裏切って、オォー! と驚く感動をもたらしてくれるのだ。
仕事にあぶれた舞台俳優・エチエンヌが得たのは、囚人たちに演技のワークショップを体験させる講師の仕事。囚人たちのために彼が選んだのは、なんとサミュエル・ベケットの不条理劇「ゴドーを待ちながら」だった。これはふたりの放浪者が「ゴドーを待っている」ということ以外はめちゃくちゃな展開と設定で、読めば「ワケわからん」となって当たり前な戯曲だ。なのに、なぜ多くの人が引き込まれ、面白いと感じ、傑作として世界中で上演され続けているのか。それは、わからないなりにいろいろな解釈ができる面白さがあり、不条理な状況がユーモアと「覚えがある」という感覚を生むからであり、誰もが「人生とは希望を待ち続けることだ」と自覚し共感できるからだと思う。演劇初心者の囚人にこんな難解作をあてがうなんて無茶と思うかもしれないが、「待つこと」がすべてとも言える囚人ほどこの作品を理解できる人間はいないはず、というエチエンヌのひらめきは大正解なのである。
かくして難解なセリフと、格闘する無軌道な囚人たちとを重ねるように見せながら、映画は彼らの絆と輝きを描き出していく。彼らの指導に執念を燃やしてのめり込んでいくエチエンヌに、観客も共鳴必至だ。エチエンヌは刑務所長に「彼らの演技はリアルだ。彼ら自身をリアルに見せたい」と語るが、これは監督自身が抱いた思いそのままだろう。俳優たちのエチュードを追ったドキュメンタリーのようなタッチにワクワクできるのは、監督が舞台俳優出身で、俳優の力を信じているからこそ。とくに5人の中でもめざましい成長を遂げるジョルダンの、なんと魅力的なこと! 字すら読めなかった野性的で短気でやんちゃな彼が、演じることで魂を解放する過程に胸がふるふる。でも彼らは「グリーン・フィンガーズ」のコリンや「レ・ミゼラブル」のジャン・バルジャンのような善人ではなく、愛すべき小悪党。そこにもスリルがいっぱいだ。
そしてこの物語は、誰よりも承認欲求をもてあまして「待っていた」エチエンヌの人生にもスポットを当てる。クライマックスできらめくようなフランスのエスプリには、うなるしかない。一筋縄ではいかない深くコミカルな人間ドラマに、拍手喝采を。
(若林ゆり)