クシナ
劇場公開日:2020年7月24日
解説
女だけが暮らす男子禁制の山奥の集落を舞台に、秘密の共同体の崩壊と母娘愛を描いたドラマ。山奥に人知れず存在する、女だけの男子禁制の村。村長である鬼熊(オニクマ)が、山を下りて、収穫した大麻を売った金で村の女たちが必要な品々を買って来る。この一連の行動が、28歳となった娘の鹿宮(カグウ)と14歳のその娘・奇稲(クシナ)ら、村の女たちを守っていた。閉鎖的なコミュニティに暮らす人びとを調査する中で、村を探し当てた人類学者の風野蒼子と後輩の原田恵太。2人を期間限定で村への滞在を許可したオニクマのこの判断により、女たちそれぞれが決断を迫られていく。ヒロイン・クシナ役を本作が映画デビューとなる郁美カデールが演じるほか、廣田朋菜、小野みゆき、稲本弥生ら女優陣が顔をそろえる。監督は自身の過去の体験をもとにした本作で長編デビューとなった速水萌巴。
2018年製作/70分/日本
配給:アルミード
スタッフ・キャスト
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2021年7月6日
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鑑賞方法:VOD
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日本書紀における櫛名田比売(くしなだひめ)の物語をベースに、おそらく監督自身の生い立ちと重ねられたこの物語はかつて経験したことがないほど観客を遠ざけた物語となっている。舞台は恐らく紀伊半島の山の中の廃村。その描き方はかなりリアルだ。しかしその生活の実態はかなり削がれており、幻想的で映像言語のみの表現でその内容の汲み取りはかなり困難である。それにもかかわらずこの映画を無視できないものは、一見自主映画っぽい設定や演出の中にも登場人物を構成する完成度の高いキャスティングは見事であり、この映像作家(あえて今回はこう呼びたい)の今後の活躍に嫌が上でも期待が集まるからである。
2021年3月8日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館
友人の友人(速水監督)が監督したこの映画。ようやく観られる運びとなって、嬉しい限り。ジャック&ベティ、上映してくれてありがとう!
女だけの山奥の村に、村を探し当てた男女がたどりつくことで、村の女たちの関係性が変化していく話。
主人公というか語り部である蒼子が、冒頭で人類学について語る、 「閉鎖的なコミュニティには美しさがある。小さな集団には、根付いた信仰があり、美しいと思う瞬間がある。それを見たい。もし自分がそれを持っていたとしても、自分には見えないものだから」 という言葉が、本作のテーマを示すものなのだろうが、この言葉の意味は観てみなければわからないし、自分は観ても腹落ちするところまではたどりつけなかった。残念。俺は、まだまだ未熟だ。
ただ、荒廃した村を丁寧に映していく序盤で、「光り輝く自然を撮る」 という気持ちと技術が伝わってくる。また、自然の中で、日々の暮らしを和服で暮らす現代の女性たちという取り合わせも、幻想的で、とてもきれい。
「相手の髪を編む」 という行為に秘められた、相手への愛情の表現もいかしてる。(って死語か?)
蒼子に 「わが娘(クシナ)を連れて行ってくれ」 と頼む、クシナの母カグウ。 「共同体からは出さない」 というオーラを放つオニクマとカグウも、関係的に母娘的な位置にいる。それらの関係の中から、カグウが一歩踏み出した、という話なのかなあ。パンフ買って読んだけれど、いまだ自信なし。
実際の美しい自然の絵と和装を重ね合わせて、幻想的に撮る監督の力量は、今後もぜひ観たい。なので、できればもう少しだけ観客に(というか俺に)やさしい脚本で観させてもらえないだろうか、と今後を期待する。
きれいな映画だった。
2020年9月5日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館
ークシナという名は、エンドロールでも流れるが、クシナダヒメから付けたことは直ぐに分かった。ー
ー奥地の山を歩いていると、明らかに人の気配がするのに誰もいない廃墟に出くわす事がある。経験上、そのような場所には近付かないようにしている・・。-
ー”宮本常一”の著作が好きである。彼が現地に足を運んで、汗で書き上げた民俗学の結晶であるから・・。だが、彼の著作にも女性だけの村の話は(私が知る限り‥)出て来ない。だが自然界では、ある種の生き物が”同じような生態系”を築いている事は、良く知られている・・。-
・物語は人類学を学ぶ大学生のソウコが友人(荷物持ち?)のケイタを誘って、女たちだけで構成される村を探すところから始まる・・。そして、彼らはとうとうその村を見つけ、全く歓迎されないが、少しばかりの同居を許される・・。
そこではクシナと呼ばれる美しい少女と母親のカグウ、村を統べるオニクマ達が暮らしていた。
・オニクマの言葉”下界なんか、しょうもない幸せしかない・・”。その村は、下界でイロイロ有って、逃げてきた女たちが住む場所であった・・。
<クシナがいつも聞いていた、ウォークマンのカセットテープの曲は、”ケ・セラ・セラ”だった。そして、カグウはソウコにクシナを下界に連れて行ってくれと激しく頼むシーンが印象的。
無垢な少女は、自らの意思でこの村に住んでいたのではなかったのだから・・。彼女は山を下りて何を経験し、何を学ぶのだろう・・。難解でイロイロな解釈が出来そうな作品ではあるが、印象に残った作品。>
<2020年9月5日 刈谷日劇にて鑑賞>