「6:01の時計台」レイニーデイ・イン・ニューヨーク グレシャムの法則さんの映画レビュー(感想・評価)
6:01の時計台
まるで小洒落た恋愛小説を読んでいるかのようでした。
出来事のひとつひとつが章立てになっていて、各章の扉ページには挿絵があって、そのどれもが雨の似合うニューヨークの街角の何気ない風景。そうですね、表紙のカバー写真には秋のセントラルパークの紅葉の中にMoMAニューヨーク近代美術館の収蔵品のゴッホの絵の一部が浮かんでいる、なんていうのも素敵だと思います。
そして、どの章にもエル・ファニングが魅力的に登場するのですが、それぞれの章はそれぞれの主役が、時にはドタバタ、時にはアタフタ、時にはしっとりと描かれているのです。冒険ファンタジーや極上ミステリーで味わうほどのスピード感はないけれど、ページをめくるのが楽しみになるような気の利いた会話(『風と共に去りぬ』のへなちょこアシュレイと同じかよ、みたいな会話も楽しかったなぁ)や押し付けがましさのない分かりやすい文体が心地良く観るものをリードしてくれます。
旬の女優さんを輝かせる監督の職人芸の効果で、我々の視点はいつの間にかエル・ファニング演じるアシュレーに同化しています。なので、そうきたか❗️のラストの切なさもまた格別です。男も惚れる美男子・ギャツビーの内面の変化について、それに気付かないまま馬車に乗っているアシュレーに教えたくなり、地団駄を踏むことになるのです。
ところが、エンドロールの余韻のあいだに、6:01の話から膨らむ想像が、お互いに惹かれていたギャツビーとチャンの魅力的な関係を思い出させてくれて、なんだかとても暖かく和ませてくれるのです。
ウッディ・アレンの名人芸にいささかの衰えも感じられませんでした。