MOTHER マザーのレビュー・感想・評価
全346件中、181~200件目を表示
長澤まさみ&奥平大兼をこれからも追いかけ続けたい
テーマとしては是枝監督の『万引き家族』や『誰も知らない』、洋画の『フロリダプロジェクト』に通じるものを感じたけど、もっと救いがなく、絶望感が強かった。
たとえば『万引き家族』は、世間からみたら「最低」と思われるような家族だったかもしれないけど、どこか愛や温もりを感じるところもあった。でもこの映画の母親にはそういう甘さはない。最後の最後まで。
たぶんこの先、妹のふゆかちゃんが成長したら彼女に寄りかかるんじゃないか。そして周平が出所したらまた同じことになるんじゃないか。この人のことは永遠に変えられないし、そこに他者が入り込むこともできないんじゃないかと思わせられる。
それを演じた長澤まさみさんはやっぱりすごい。あの長澤まさみが、白髪で顔色が悪く、だるそうなホームレスに。真面目で仕事のできる女性も、溌剌とした女の子も、エロも、悪女もすべて演じきる長澤まさみさんがこれからどんな役をやっていくとかとても楽しみになった。
そして周平の奥平大兼くんも強烈なインパクト。口数が少なく、自分の気持ちを封じ込めてしまう周平の本意は最後までよくわからない。母親や義父に比べると、一見「まとも」な感覚を持っているように思えるけど、実は狂気を秘めている。そういう難しい役を映画デビュー作で表現してみせた奥平くんの今後も注目したい。
〝〜してたら、〜してれば〟が多い映画
実際の事件が元になっている映画。
どこまでが、フィクションかはわかりません。
(記者の方が書かれた事件の本は未読です。)
ただ、映画の感想について。
長澤まさみさん演じる母親の育った環境が気になりました。
虐待されて育った親は子に虐待するとよく言われますが、阿部サダヲさんと別れるシーン以外で長澤まさみさんが周平くんに〝肉体的暴力〟をふるうことはありませんでした。
ただあんな毒親になるなんて、何かしら長澤まさみさんもつらい思いをしていたのかもと思いました。
あと長澤まさみさんが両親の事を呼ぶ時、いつも〝クソババア〟とばかりで父親が空気な、殊な家とも感じました。
(幼少期の周平くんがお金の無心に行った時の祖母の怒鳴り様も長澤まさみさんそっくりで演出凄かったです)
また幼少期に比べ怒鳴って周平くんを押さえつけるシーンが少ない少年期でしたが、その分言葉巧みに操っていたと感じます。
はたからみたら、どうして言い返さないのか。
なぜいう事を聞いてしまうのか。
なぜ現状の生活を捨ててまで、落ちた生活を選択するのか。
共依存の関係が母親、養父、周平くんそれぞれ当てはまって考えさせられました。
あとは長澤まさみさんの演技力が素晴らしかったと思います。
他の方は長澤まさみさんが綺麗過ぎると言われている方もいらっしゃいますが、実在の母親もホストクラブ通いにホストが養父なので容姿端麗なのでは、と推測してむしろ合っているなと感じました。
最後に、
お金の無心に来た孫を児童相談所に預けるという選択肢がなかった祖父母。
なぜ母親の方を選ぶのか聞いてあげれなかった実父。
学校で虐められていたとしても、現状をおかしいと思わなかったラブホの経営者。
養父が母親に対して暴力をふるう現場を見ながら見ないふりをした綾さん。
母親に説教しながら肉体関係を持ってしまった周平くんの雇主。
何か一つでも変わっていたらどうなっていたんだろう。
本当に考えさせられる映画です。
母親がすべての世界。
長澤まさみの新境地ともいえる鬼母に挑んでいる今作だが、
やはりどこまでもその美しさや品やかさが失われていない。
どんなに汚してもホームレスには見えないし、鬼たる部分
の表情が優しすぎる。引き換え、半笑いで妊娠中の彼女に
殴る蹴るを繰り返す阿部サダヲの狂気はすさまじい。嫌な
役回りを存分に楽しむかの如く家族をどん底に突き落とし、
金を無心するホスト男を醜演している。息子役の奥平君を
含め皆役作りが巧く、それだけにナゼ?という部分が残る。
実際の事件に着想を得たセミドキュメンタリー的な作りは
リアルに映るが、物語として観るとやや希薄で、鬼母誕生
までの軌跡が明かされないため、ではどのようにこういう
人格と依存性が齎されたのかが見えてこない。冒頭で家族
を脅し金を無心する娘を諫める母親からの愛情欠如なのか、
だから父親がああなのか、妹はしっかり育っているのにと、
頭中を考えが巡り始めるが、話はトコトン地獄へ突き進む
母子に絞られて描かれてゆく。まったく共感できない母親
を体当たりで演じている長澤まさみは、とにかく働かない。
息子に仕事も盗みも終いには殺人まで乞うような鬼母だが、
なぜか我が子を殴ったり、暴力には訴えない。依存と強要
を繰り返し、出逢った男を次々と翻弄する。真面目で親切
な人間を喰い物にする女の衝動は、今自分がラクをしたい
本能と、自らを喰い物にするホストへの貢金というまるで
一貫性のないゲームを繰り返すばかりで、当の息子ですら
それにはハッキリと気付いている。だけど、抜け出せない。
母親から離れられない。これは、彼女が憎みながら頼って
きた自身の母親との関係性にも繋がる。離れればいいのに、
捨てればいいのに、そこに依存し続けている悲劇がこれだ。
過去に縁を切ったとはいえ、可愛い孫の来訪に喜んでいる
祖父母を、面前で刺し殺すことができるほどの狂気を息子
に植え付けてしまった鬼母の罪をどうして償わせるべきか。
観客も社会ももっと考えなくてはならない問題を提起する。
2人の存在感
あっという間に1時間半が経っていた。残りの30分は静かな凪のようなシーンだけにカメラがすごく気になった。こんなにアップにする必要があったのか、固定アングルで良かったんじゃないかなど。奥平大兼は雰囲気がすごいだけに、台詞が多い役を見たいと思った。太賀はちょっとしか出てないのに本当にすごい。
子役たちが素晴らしい
ラストまで観て、「万引き家族」と似た後味を思い出した。厳密には質の違う余韻だが。奥平大兼くんがとてもよい。生っぽい。その幼少期の郡司翔くんも抜群によい。長澤まさみと阿部サダヲのヒステリーは少しばかり空滑りしているように感じてしまうが、実在すると考えると恐ろしい。
階級社会
mother
かなり久々に映画館に行った。コロナ第二波でまた行けなくなる前に。
長澤まさみ演じる毒親がテーマの映画。
貧困は貧困を生み、虐待は虐待を生む、負の連鎖。
金持ちに生まれれば、余程のことでも生涯金持ちの可能性が高いが、貧乏に生まれて金持ちになるにはかなりの幸運がいる。現代に限らず、歴史上で普通の話だと思うけど、しかし、長澤まさみ役は、一般家庭に生まれて、自分はちゃんと育てられたのに、子供には小学校すら行かせてない。行政の方からわざわざ近づいてきてくれて、生活保護とか子供の教育とか色々提供しようというのに、それらも自分から拒絶している。子供を考えるとあまりにツライ映画だった。
調べてみると、毒親という概念、1989年というかなり前からあるんだな。
もうやめて...と言いたくなる
母との絆を描いた作品は、多く存在しているが、こういった絆を描いた作品は珍しい。
最悪の方向へ向かうが、母と子との距離感、世界の中では圧倒的に無力の第3者の視点が辛い。
秋子も周平も望めば、救われる道はあったし、劇中でも幸せになれるチャンスは何度か訪れてるのだが、不幸を好むかのように助けを拒み続けた結果、孤立してしまう。
なぜ…という言葉が思わず口からこぼれそうになるぐらいの心をえぐられるかのようなシーンの数々は、 最終的な着地点に誘導する映画的ご都合主義ではなく、現実世界にも、自分から孤立してしまう人というのはいるのだ。
その理由は、明確に答えられない部分もあって、あえて不幸に進む人に理由づけをするのは難しいのだ。
秋子の母親像を知らない周平にとって、秋子が全てであり、虐待されても罵倒されても殺人を強要されても、それに従うことこそが息子である自分の役割であると認識させられていて、そう信じるしかなかった人生の中で、一般的常識という概念からはかけ離れている生活環境を改善させるための周りからの親切や優しさは時に雑音でしかないという残酷さは心に度々刺さる。
何故こんなに歪んだ母子関係になってしまったのだろうか…秋子が同じような悲惨な環境で育ってきたというわけではない。秋子の両親や妹は健在であり、言葉ではキツイことを言うようではあるが、心の底では秋子を心配していたりもする。子供時代に虐待をされていたという描写などもない。比較的学校の成績がよかった妹の方が家庭内で優遇されていたという家庭内格差は、よくありがちな話だが、ここまで屈折した人物像を作り出した直接的要因ではないようにも感じられる。もちろん、描かれていない部分があるため、一概には言えないが、定義にもよるが、ごく一般的な家庭環境である。
歪んだ感情をもつ人間に対して、家庭環境や過去のトラウマを結びつけることは多いが秋子の場合はそうではない。あえて不幸の道に進むような行動をするのと同じく、一般的家庭環境やその後の人生においての挫折などで芽生えていまう歪んだ感情は個人差があり、全てが説明のつくこととは限らないのかもしれないからこそ、人間の恐ろしさがあるのだ。
ごく一部ではあるが、悲惨な環境や極限状態にこそ、自分の居場所や快楽を感じる人間もいる。
この映画を見ていて、何で!何で!と思うシーンが多いかもしれない。 酷い子供の扱いにいら立ちも感じるだろうが、それはあなたが正常だからである。
理解しようとして理解できない世界観かもしれない、しかし、こういった世界が実際にあるという現実は知っておいてほしいのだ。その中で自分はいかに恵まれているのかということにも気づかされる
実際の殺人事件をベースとしているため、着地点として、その結末に向かっていくのはわかっているのだが、心から「もうやめて!」と言いたくなるほど、観ているのが辛いし、長澤まさみの目がどんどん死んでいくのが印象に残る。長澤まさみの最高潮の演技といっても過言ではないだろう。
俳優陣の点では、周平役の新人・奥平大兼の演技も素晴らしいが、阿部サダヲの地方B級ホスト感がリアルである。イケメンで小綺麗なホストではなく、地方の寂れたホストクラブにいそうなB級感が絶妙で不の連鎖、貧困を描くうえでは、絶妙なスパイスとしての役割を果たしている。
あえて物語として言うことがあるとすれば、半年後、5年後…と省かれている空白の企画に割と大事な出来事が起きていたりするのに、それを描いていないという点だ。
中でも娘を出産するシーンが省かれているのは、残念だ。秋子は娘を下ろすこともできたが、自らの意志で産むことを決心している。ここには、秋子なりの母親像というか母親としての意志が感じられるのだが、それがどんな歪んだ形であれ、提示されなかったのは残念だった。
「社会派ドラマ」
今年44本目。
「嘘を愛する女」「キングダム」「コンフィデンスマンJP」と長澤まさみが大好きで今作はどんな顔を見せてくれるだろうと、3作品と全く違う女性を見る事が出来ました。新境地を開いたのではないか。
作品は「パラサイト」「万引き家族」などのように貧困もテーマだと思いますが「万引き家族」の池脇千鶴さんの役どころを今作は夏帆さん。
彼女達のようにどんな状況でも必ず助けてくれる人がいます。
人の弱さが人を傷つける
真面目なカタギの人間は、人からどう見られるかを気にする。しかし不良の連中は人からどう見られるかなど気にしない。彼らは社会に適応できない人間である。適応できない原因は能力や適性の欠如、または人格の破綻、依存症など、要するに精神的な障害である。彼らは障害者なのだ。障害のせいで現実社会では疎外されるから、生き延びるためには他人に寄生するしかない。人から評価されようとするのではなく人をうまく操ろうとする。そのためには人からどう見られるかではなく人にどう思わせるかが重要なのだ。そうして自分が望む行動を他人がするように仕向けていく。社会に寄生して生きる彼らにとって、それだけが絶対に必要な技術なのである。
本作品の主人公秋子はそういう人間の典型だ。親に依存、妹に依存、行きずりの男に依存、別れた亭主に依存、果ては子供に依存する。武器は女の色香だけである。
秋子の世界では人間関係は敵対関係と主従関係が主体である。あたかも戦国武将のようだ。考え方はまさに戦国武将のように封建的で、子供は親に絶対服従だと思っているが、自分にも子供の立場があることは都合よく忘れている。無償の行為などあり得ず、あっても偽善だと思っている。福祉事務所は自分から子供を奪う敵なのだ。
人の操り方は巧みである。自分が提案したことも、いつの間にか相手が自主的にやろうとしたことになっている、そしてやらないことを責める。自分からやるって言ったよな?
秋子のような精神性が精神障害であることを知らないと、個人の性格の問題になってしまい、解決が困難になる。かといってこの手の精神障害者がおいそれと自分から精神病院に行ってくれる訳もない。他の精神障害と違って一見するとまともな人に見えるから始末に負えないのだ。だから解決する方策はこういう精神障害があることを世間に広く知らしめることだけだ。自分を操ろうとしてくる相手が精神障害者であるとわかれば、相手の論理を相対化できて、操られないで済む。不良で言えば仲間を増やすことが出来なくなるのだ。しかし子供に相手の論理を相対化する能力があるかどうかは心許ない。
見渡してみるとこういう精神性は世の中に蔓延していることがわかる。誰も彼も多かれ少なかれ他人に依存しているのだ。その度合によって精神障害となるかどうかが判定されるのだろう。
街角で子供を怒鳴りつけている母親は時々見かける。やるって言ったのにどうして出来ないの?と子供を責めている。親の命令が子供の自主的な意思にすり替わり、親の期待を裏切ったことになっているのだ。そして多くの親は自分が論理のすり替えをしていることに気づかない。
殴られて育った人間は人を殴る人間になる。殴ることも他人を操るための重要な技術なのだ。殴ったりなだめたり、ときに優しい言葉をかける。そうして思い通りになる人間に育てるのだ。その連鎖が世代を通じて延々と続く。
人間の闇は深い。大森立嗣監督は人の闇を描く。穏やかな日常を描いた「日日是好日」でも闇を描いていたし「光」や「タロウのバカ」は人の闇そのものの映画だった。人の弱さが人を傷つける。本作品は闇の中でさらなる闇を求めて這いずり回る母子をこれでもかとばかり表現する。観ている側は辛いが、眼を離すことが出来ない。
長澤まさみも阿部サダヲも好演だった。そしてそれ以上によかったのが、16歳の奥平大兼(おくだいらだいけん)である。無言の表情が特にいい。母親に蹂躙されながらなおも母親に行動の指針を依存し続けるという心の葛藤がよく現れていた。
よかった
長澤まさみの体当たり演技がすごい。本当のクズにしか見えないのはすごいのだけど、魅力的な部分が皆無で、奥行きがない。彼氏が絶えないのなら楽しい面や愉快な面があるはずで、そういった振り幅があった方が面白いのではないだろうか。また、両親を殺させた後、どうやって換金するのか本当に頭が悪い。息子もやる前に考えろよと思う。
ホームレスにまで転落していて服が本当に汚れていて、感じが出ている。阿部サダヲがシェルターみたいな部屋で長澤まさみをボコボコにしている時に、夏帆が何もできずただ縮こまっていたのはリアルで、実際そんな感じする。
見ていてげんなりする話だった。
うーーん
長澤まさみじゃないほうがよかったんではないかと思った。
ぷっくり健康的なほっぺたを見ながら、乱暴な言葉遣いを聞いても、頑張って演じてます感しかない。
周平の子ども時代、成長した時代、共に素晴らしかった。目が、とてもいい。
長澤まさみの魚のような死んだ眼の演技。これは凄いと思う。面白いかどうかは別問題ですが。
長澤まさみが、インタビューで「まったく主人公に自己投影できなかった」と言い切ったクズ女(逆か。女の屑)を見事に演じていた映画でした。
どんどんドヨーンと濁ってくる長澤まさみの眼。これだけの汚れ役を演じることができるのは、さすが名女優とは思いますが、お話として面白いのかと言うと、抜群につまらないストーリーだとしか言いようがありません。
なので、誰かにこの映画を勧めるかと聞かれたら、速攻で胸を張って「NO」と答えることができる、そんな映画でした。
長澤まさみの熟練した演技だけを楽しむ、そういう目的であれば、観るのもアリかも知れませんが。
最後のほう、長セリフを一度のまばたきもせずに話し続ける彼女を見て、凄いなと思いました。
というわけで、もちろんCGでごまかしている部分もあるとは思いますが、もしかしたら映画のコアなファンには応えられない作品かも知れませんぜ。
私は推薦できないけど。
長澤まさみさんの新境地的な感じで違う意味で凄い作品ですが…な作品です。
かなりの問題作と観賞前から聞いてましたが実力派の長澤まさみさんが主演とあって、どうにも気になって観賞しました。
で、感想はと言うと…重い。
すんごい重い。全然救いが無い。言葉が悪いけど胸糞悪い。
実際に起こった事件を元にされているとの事ですが、あまりにもリアルに描き過ぎではないか?と思うくらい。
また、こんな事が本当に起こったのか?と信じられないくらい。事実は小説より奇なりとはよく言ったものです。
これに実力派の長澤まさみさんの迫真の演技とコメディ作品で真価を発揮(そんなイメージです)しながらもマジな演技でもさすがの阿部サダヲさんの熱演に周平役の奥平大兼くんの新人らしからぬ演技が拍車を掛け、めっちゃくちゃリアルでズンと凹むぐらいに仕上がってます。
是枝監督の「万引き家族」や「誰も知らない」の様で、でもそれらよりも重たい。
どちらかと言うと「許された子供たち」や「存在のない子供たち」を思い出しました。
面白いと言うよりかは見応えがありますが、とにかく凹んで疲れた。暗い。
観た後に"ちゃんと頑張ろう"と思ったぐらいw
こんなに救いの無いお話はアカンやろ?もうちょい希望の光を見せても良いんちゃう?と思いますw
結構好きな作品の「日日是好日」の大森立嗣監督がこんな真逆な作品を描くとはちょっとビックリ。
長澤まさみさん演じる秋子はどうしょうも無いダメダメ。母親としても女性としても人間としてもダメ。ここまで徹底していて、こんなに共感の出来ない長澤まさみさんが凄すぎて怖い。
長澤まさみさんと言えば、笑顔が素敵で可愛らしい感じで好感度が高い。
上映前に「コンフィデンスマンJP プリンセス編」の予告編が流れてましたけど、"同じ役者さんか?"と思えるぐらいのギャップがありすぎて、長澤まさみさんの演技の幅の広さを感じました。
その好感度を部分をバッサリ削ぎ落として、一切の共感が得られないのがある意味凄いんですよね。
新たな演技の新境地を開拓と言えば聞こえが良いけど、ここまでこの作品の為に強いるか?と思うぐらいです。
阿部サダヲさんの笑顔のダメダメなクズっぷりの演技も凄い。
何よりも周平役の奥平大兼さんが凄いです。
この作品からブレイクしていく雰囲気があって、今後が期待出来ます。
難点で言えば、阿部サダヲさん演じる遼が市役所役員の宇治田を階段から転げ落ちた時に刃物で刺した後がおざなりになり過ぎ。
児童相談所の職員が用意した仮の宿泊施設に遼が簡単に転がり込むのもなんか解せない。
そんなに施設のサポートってそんなにザルなのか?って思ってしまいます。
また、長澤まさみさんが綺麗過ぎるんですよね。
全てになげやりな感じで疲れた感じはあるんですが、どうにも綺麗過ぎ。
特にホームレス同様に野宿していた時ですら、まだまだ綺麗。
ポスター画像ではかなり疲れた30代後半から40代に見えますが、作中ではそうは見えない。
目でやさぐれた感じを醸し出しているのは流石なんですが綺麗過ぎるから、魅惑の悪女的にいろんな男性をたぶらかすんですが、どうにもそこには引っ掛かるんですよね。
そんなゲスっぷりの振り切りが凄い作品ですが、秋子を見ていて思うのは
どうしてこんなに他人に依存するんだろう?
どうして母親として子供をきちんと育てられないんだろう?
どうして掴みかけた立ち直る切っ掛けを簡単に捨ててしまうんだろう?
どうしてこんなに人として駄目なんだろう?
と言う事。
共依存と言う言葉が劇中にもありますが、それだけなんだろうか?
また単にネグレクトと言う言葉だけでは片付けられないんですよね。
子供が母親に依存するのは当たり前で母親が子供を思う事も当たり前だけど秋子は周平と冬華の事を思っているとは思えない。
単に自分の物と認識している子供を手放したくないだけ。
根本的に駄目で、自分ではどうすることも出来ない。
だから、周平も母が望んだ事ではあるけど、祖父母を殺害する事で自身が全ての罪を被り、そうする事で今の現状を打開し、母親と離れられる事を望んだのではないか?
正直このラスト辺りからは"こうならないで欲しかった"の連続で、祖父母を殺害する事を強要する事も、周平が祖父母を殺害する事も、周平に殺害を強要した事を否定する事もこうならないで欲しかった。
ラストの終わり方も"えっ?これで終わり??"と言うぐらいにあっさり。
…報われなさ過ぎ…
作品の煽り文で「感動の衝撃作」と書かれてましたが、正直全く感動はありません。
それどころか胸糞悪過ぎて、こんな母親がいるのか?とショックにぐらいのクズっぷり。
深読みをするとすれば、祖父母を殺害する事で、周平を自身から解き放つ事が出来るとも読めなくはないんですが、その方法を選んだのならもう人では無いんですよね。
どう考えても、秋子が周平と冬華の為を思ってやった事とは思えないし、そう解釈するにはあまりにも無理があり過ぎるんですよね。
何度も同じ言葉の繰り返しをする感想になりましたが、ここまで問題作とは思わなかった。
もう少しなにか希望の光が見えると思ってたんですが、違いましたね。
まぁいろんな意味で凄い作品でした。
作品の評価は長澤まさみさんの熱演と徹底した非道っぷりの振り切りで評価しました。
結構ガツンと来るので、正直あんまりお勧め出来ない感じではあります。
興味があられましたら、その辺りの心構えは持って観賞される事をお勧めします。
怖いし見てるのがつらい。
殴ったり叩いたり暴言がすごくて見てるのが辛くなりました。
高校生が親を殺したとかそーゆうニュース最近見ることがあり、なんで親を殺すの?頭おかしいでしょ。とか思ってたけどきっとそれは親の教育の問題でその子だけが悪いわけではないんだと感じました。
自分はあーゆう親にはなりたくない。
物足りなさはふわふわした禍々しさだから
あらすじから、共依存関係にある親子の悲劇であることは読み取れるが、鑑賞してみて、どこか少しおかしい。何となく予想していた母親の偏愛や執着がそれほど強くなかった。なんだろう、長澤まさみさんにはこの役柄は少し荷が重かったのだろうかとも思ったが、否、全くの見当違いであることに後から気づく。このふわふわ故に、この物語は悲劇以上の禍々しさがあるのだ。
母である秋子は基本的に何もしない。子である周平は基本的に何でもする。赤ん坊のように傍若無人に振る舞う母親と、その要求の全てに付き合いなだめる長男との親子関係は完全に逆転が起きている。少なくとも秋子に親としての務めを果たそうとする発想はない。
つまり秋子にとって周平は彼女が無条件に守るべき存在ではない。喩えるなら選挙の度に送られてくる投票用紙のような、彼女が何となく持っている権利だ。たいていは面倒で行かないが、取り上げられそうになると喚く、主張する。周平は生殺与奪を握られながら母親を無条件で守るように刻印された呪縛を小さな身体で受け止める。
秋子を見ても、例えば他人には理解しがたい倒錯した母性や、偏狂的な執着、彼女なりの母としての一線をほとんど感じず、ふわふわした、少しおかしな感覚になるのはこのためである。私たちは「こうした事件にはこうした母親の偏愛があって欲しい」と無意識に思って観る。だから少し物足りない。だが、きっと現実はこの程度。この程度の空っぽの親ですら、こうした重大な事件にも踏み込む洗脳した子を作り出してしまう。ここに、この事件には悲劇との呼ぶ程度では足りない、生々しい禍々しさがある。
これは秋子という稀有な重篤欠陥者の物語か。確かにそうだが、では母親は、親はどこかで誰かが教えてくれるのか。そんなところはない。そのやり方は親子の間の密室に委ねられている。
周平役を演じた新人の奥平大兼君の存在感が凄まじい。切れ長の黒目が完全に濁り切ってしまう前に、呪縛からどうにか解き放たれんことを。
全346件中、181~200件目を表示