THE BATMAN ザ・バットマン : 映画評論・批評
2022年3月8日更新
2022年3月11日より新宿ピカデリーほかにてロードショー
犯罪ジャンルを極め、闇の病理と正義の真価に迫るバットマン映画
バットマンの劇場実写版は、回を重ねるごとにトーンが沈み、そしてハードボイルド化していく傾向にあるようだ。マット・リーブス監督の最新作「THE BATMAN ザ・バットマン」も、グラフィックノべルのアダルトなエッセンスをより備え、いっそうの容赦と妥協を許さぬヘヴィな犯罪映画となっている。
次期市長候補が何者かによって殺害。おりしもギャングたちの跳梁跋扈で、ゴッサム・シティの治安は悪化の一途をたどっていた。富豪ブルース・ウェイン(ロバート・パティンソン)はゴッサムの浄化を求め、闇の存在バットマンとなり悪を威嚇してきたが、そのため警察組織からもマークされ、混沌はさらなる脅威を生むことになる。犯行現場に謎を残し、バットマンを挑発する殺人鬼リドラー(ポール・ダノ)の出現。ブルースはゴードン警部補(ジェフリー・ライト)と共に当該人物の足跡を追うが、その過程で警察官や検事の一大汚職が浮上し、水面下で私怨と秩序崩壊をはらむ巨大な陰謀がうごめいていることを知るのだ。
リーブス監督とクルーは“主人公の葛藤”という表現域の余白を原作「バットマン:エゴ」から見つけ、「モールス」(11)や「猿の惑星:新世紀(ライジング)」(14)「猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)」(17)と同じ再定義の姿勢で既存作の新生を図っている。未解決事件として悪名高い「ゾディアック連続殺人」にも似たリドラーの術策と劇場型犯罪。いっぽうでブルース自身も相克に苛まれ、自分が何者なのかを定められずにいる。そこに一族の呪縛という枷が食い込んでいく展開は、硬質なDC映画の極みに思われたクリストファー・ノーランのトリロジーでさえ、まっとうなスーパーヒーロー神話と解釈できるほどに病理と闇が深い。財力を駆使したハイテク兵器は実戦的で、現実世界に軸足を置いたハイパーリアルなバットマンを象徴する。だからこそ、正義という行為に重みが増し、その真価がこれまで以上に問われることになるのだ。
複雑に階層化された犯罪が明らかにする、リドラーの動機とゴッサムの暗部。それにブルースはどう立ち向かうのか——? 上映後にシアターを出て、天空にバットシグナルを探してしまうような実体感と、陰キャなバットマンの造型に対する共感。約3時間に及ぶロングストーリーは、これらの確かな感触をしっかりと握らせてくれる。また全編を通してデビッド・フィンチャー作品の韻を踏むかのようなリスペクトの構えも、映画愛の馴者リーブス監督ならではだろう。
(尾﨑一男)