劇場版「鬼滅の刃」無限列車編のレビュー・感想・評価
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人類の罪と罰と救いを描いている作品。感動した。
本作は少年漫画雑誌「週刊少年ジャンプ」の連載漫画「鬼滅の刃」(2016-2020)全23巻の一部のエピソードをアニメ化したアニメ映画作品である。家族を「鬼」に惨殺された主人公の炭焼きの少年竈門 炭治郎(かまど たんじろう)が家族の復讐と生き残った唯一の家族である妹の竈門 禰󠄀豆子(かまど ねずこ)の病気を救うために鬼を退治する専門部隊「鬼殺隊」に入隊し鬼と戦う物語。この映画では主人公の炭治郎が鬼退治の任務を受けて同僚の我妻 善逸(あがつま ぜんいつ)、同じく同僚の嘴平 伊之助(はしびら いのすけ)、上司の煉󠄁獄 杏寿郎(れんごく きょうじゅろう)、そして妹の竈門 禰󠄀豆子(かまど ねずこ)たちと汽車に乗り込み鬼と戦う。
点数:5.0。お勧めします。大きな見せ場が2回もあり見終わったあとの満足感が半端ない。陰鬱で重苦しい気持ちになる残忍な鬼の場面と人間の美しい生き様の場面とが対比され影と光のコントラストとなって観る者の感動の涙を誘う。
この映画の注目点は列車という高速で動く乗り物が人生の時の流れを表現しておりその車中で眠って夢を見るということはすなわち生きている時間を無駄にして娯楽を見続ける視聴者への比喩ともなっており視聴者にメッセージを投げかけている点だ。映画冒頭に出てくる墓場のシーンは墓場まであっという間の人間の短い人生の時間のなかで夢を見る意味とは?と視聴者に問うているようである。また、映画の終盤で煉󠄁獄 杏寿郎が鬼の誘いを断り人間としての死を選んだのも最初の墓場シーンにつながる良い展開である。煉󠄁獄 杏寿郎が人間としての死を選んだのはそれが鬼殺隊の戦死した者たちの墓が象徴する世代を超えた人間のつながりの素晴らしさを知っていたからである。古代人も現代人も未来人もそして家族や同僚や友人や日本社会や世界中の人もすべて人はつながって生きていて、その人類のつながりが人類の素晴らしさの源泉だと煉󠄁獄 杏寿郎は私たちに語りかけるようである。結論として本作品は人はなぜ夢を見るのか?人はなぜ死ぬのか?など見終わった視聴者に深く考えさせる超良作である。
さらに、本作品は人類の罪と罰と救いを視聴者に説明している物語だと私は思った。すべての人類は罪を負いながら生きている。人類の罪は罰されて許されないと人類は決して救われないであろう。人類は自らの罪を罰され許されて救われたいと潜在的に思っているからこの映画が大ヒットしたと思う。潜在的に人類の罪を罰して人類を救ってほしいという思いがこの作品の鬼と鬼殺隊の行動に視聴者が感動する理由である。たとえば鬼が人を苦しめ命を奪う行動はもとは人間のする無慈悲な行為である。人間の罪は罰され許されないと被害者も加害者も救われないという社会のルールが浸透しているからこの物語で鬼が倒されることに視聴者はカタルシスを感じるのだと思う。(カタルシスなのは現実では人間の罪がすべて罰され許されているわけではない不条理な現実があるからである。)逆に鬼が人を苦しめるさまも見方を変えれば鬼は(宗教的な意味で)罪深い人類を救っているように見える。閻魔大王のいる地獄で鬼たちが亡者をお仕置きする理由は人類が罪深いからである。本作の鬼はまだ生きている人間の罪を戒めている。本作品は人類の罪と罰と救いを説明した非常に優秀な映画である。
視聴:液晶テレビ(有料配信アニメタイムズ) 初視聴日:2025年7月29日(気になってはいたがやっと見た) 視聴回数:1(早送りあり) 視聴人員:1(一人で見た)
追記:
人間が鬼となって人類の罪を戒める内容の作品にアメリカ映画「ジョーカー」(2019年)という作品がある。この映画では、貧しいながら真面目で誠実に人生を生きていた主人公アーサー・フレックが理不尽にも集団ストーカーたちに人生を脅かされ我慢の限界に達し人類の罪を裁く鬼「ジョーカー」に変身する。映画「ジョーカー」(2019年)と映画「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」(2020年)は鬼が人類を裁く展開がよく似ていると思った。しかし続編映画「ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ」(2024年)では鬼となった主人公アーサー・フレックが逆に人間たちに裁判で裁かれる。鬼が人間を裁き、人間が鬼を裁くという内容が鬼と鬼殺隊が戦いあうこの「鬼滅の刃」という物語とそっくりだと私は思った。映画「ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ」(2024年)では最後には主人公のアーサー・フレックは人間に戻り、人間に裁かれ、新たなジョーカーにも裁かれるが裁かれる事こそが人間としての救いであり幸福であるとこの映画は言っているかのようである。
人間としての救いや幸福とは
1 人類のつながりを大切にする事
2 人類の罪への裁きも適切に行う事
人間としての救いや幸福とは何か。映画「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」(2020年)ではそれは家族や友人や他人を思いやり人類のつながりを大切にすることであると説く。煉󠄁獄 杏寿郎は人類のつながりこそがバトルでの強さや不老不死の欲を超えて人間に救いや幸福をもたらすと考えている。彼は家族や友人や他人とのつながりは自分の命よりも尊い人類の救いであり幸福だと考えている。映画「ジョーカー」(2019年)と映画「ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ」(2024年)では人間としての救いや幸福とは人類が裁かれることだと説いている。主人公アーサー・フレックは人類の罪を裁く鬼「ジョーカー」として人類を裁き、のちに人間に戻って彼自身が裁かれたので人類が裁かれることが人類の救いや幸福につながると考えている。まとめると、人間としての救いや幸福とは人類のつながりを大切にし、すべての人類が適切に裁かれることである、ということが映画からの啓示だと思った。
2025/8/4 追記2:人生とは無限列車のようなものである
「人生」は、人がこの世で生きていくこと、またはその間の生活や経験を指す言葉です。具体的には、生まれた瞬間から死ぬまでの期間、またはその期間に経験する出来事や感情、生き方全体を指します。(AI回答より)
人生とは通常は一個人を指す言葉であるが、私は映画「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」(2020年)を観て人生とは他人や先祖や未来人をも巻き込んだすべてを人生というのではないかと思うようになった。煉󠄁獄 杏寿郎(れんごく きょうじゅろう)は鬼に負けて死んだがこれで彼の人生は終わったのではない。人生とは肉体の死後も永遠と続く無限列車(その遺志は未来へと連結して受け継がれる)だからだ。映画のタイトルの意味から作者は「人生とは無限列車である」と言いたかったのだと私は思う。たとえば、一人の人間が生きているなら彼のまわりには無限に他の人が関係している。彼の先祖や彼と同時代に生きる人々や彼が生きたことによって必ず影響を受ける未来人たちは彼と連結し無限に列車となってつながっているのだ。
追記3:
映画作品では珍しく本作品は宗教的な内容はほとんど入っていない感じがする。序盤の墓場シーンくらいである。そのかわり、宗教と似たような週刊少年ジャンプ的な思想が入っている。週刊少年ジャンプに掲載された漫画は少年誌ゆえに正義、友情、成長、愛などのテーマが描かれることが多く、それが宗教的な思想のかわりとなっている。たとえば、鬼を退治する鬼殺隊は正義、友情、成長、自己犠牲などの要素をもっている。この思想は読者の生きかたに影響を与える。海外の映画にはキリスト教的な思想が多くの場合入っている。たとえばアメリカ映画「ジョーカー(2019年)」にはキリスト教的自己犠牲や人類の原罪など映画の中でほのめかされている。主人公のアーサー・フレックは社会から理不尽な集団ストーカー行為を受け人類の罪を一身に背負った。これはイエス・キリストが人類の罪を肩代わりしたと解釈できる。またアーサー・フレックはジョーカーに変身して悪人を裁くのだが神となって悪人たちに天罰を下したと解釈もできる。これに比べて日本の漫画作品は独特の道徳や思想が入っていると思った。
追記4:暴力を正当化する人類が暴力の連鎖を生む
本作は鬼が人間たちに暴力をふるい、人間たちがその報復として鬼殺隊という組織を編成し鬼に暴力をふるう内容のアニメ映画である。人類が暴力を正当化するのはどういう場合なのだろう。一つ目は人類は暴力をふるわれた場合はこちらも暴力を正当化できると考えている。これは当然の権利のように思える。二つ目は人類は法律や宗教の戒律やなにか主義などのルールを破ったものは暴力を正当化できると考えている。ルールを破ったものは犯罪者とみなされ犯罪者は何をされても文句が言えないと考えられている。鬼たちは人間たちに暴力をふるい、人間たちのルールを破ったので暴力をふるわれても文句が言えないと考えられている。鬼たちの側も黙ってはいない。暴力の連鎖はこうして完成する。人類が暴力を正当化するメカニズムが詳しく解明されれば暴力の連鎖を止められるかもしれないと思う。鬼たちを同じ人間と見るか獣(けもの)として見るかによって結果は変わってくると思う。本作は場合によって鬼が人間に見えたり、鬼が獣(けもの)に見えたりすると思う。この感覚は不思議だ。禰󠄀豆子は鬼なのに人間に見える。童夢は完全に獣(けもの)の仲間に見える。相手を人間と見るか獣(けもの)と見るかで暴力は正当化されるかされないかが判断されているのではないだろうか。暴力の連鎖を止めるには、つまり人間の心に潜む「鬼」を滅するには、すべての人間を人間として見るように訓練しなければならないだろう。しかし、現在の法律や宗教は人間を時として獣(けもの)として扱う。現在の法律では犯罪者は獣(けもの)とみなされる場合があり、現在の宗教では暴力の連鎖は止められない。鬼を滅するには人類の変革が必要ではないだろうか。本作は最終的には鬼を滅し、鬼を人間に戻すことがテーマであると思うがその前段階として人間とは何か、鬼と人間の違いは何か、というのが本作「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編(2020年)」である。人間は死ぬ生物なのであるが無限列車のように無限に人と人は幾世代にもつながっていてそのつながりが人間である、とこの物語は説いている。いっぽうで鬼は死なないがそのつながりはとても稀薄でそのつながりの希薄さが彼らの暴力的思想を生んでいるのであろうか。つまり暴力を正当化するには人と人とのつながりを一時的に断ち切って忘れている。人類に暴力を正当化させないためには人と人が関係していることをアピールする必要がある。現在、国内外で暴力や集団ストーカー犯罪などが行われているが人類はみなつながっているという教育が大切だと私はせつに思う。人類はみな同じ「無限列車」に乗っている乗客なのである。
追記5:呼吸について
呼吸とは剣術の流派のようなものである。呼吸は日から派生して様々な流派に分かれている。呼吸にはその技法を継承した柱と呼ばれるマスターがいる場合がある。基本的には不死身である鬼を倒すためには呼吸の剣技を使いながら特殊な刀で鬼の首を切り落とす必要がある。
日(ひ)の呼吸 源流:すべての呼吸の始祖
月(つき)の呼吸 源流:日
水(みず)の呼吸 源流:日 マスター:水柱
雷(かみなり)の呼吸 源流:日 マスター:鳴柱
炎(ほのお)の呼吸 源流:日 マスター:炎柱
岩(いわ)の呼吸 源流:日 マスター:岩柱
風(かぜ)の呼吸 源流:日 マスター:風柱
蛇(へび)の呼吸 源流:水 マスター:蛇柱
花(はな)の呼吸 源流:水 マスター:花柱
蟲(むし)の呼吸 源流:花 マスター:蟲柱
音(おと)の呼吸 源流:雷 マスター:音柱
恋(こい)の呼吸 源流:炎 マスター:恋柱
霞(かすみ)の呼吸 源流:風 マスター:霞柱
獣(けだもの)の呼吸 源流:風
追記6:血鬼術について
鬼は特殊な血液が流れている不死身の人間であるが、自分の血液を武器に変える技をもつ上位の鬼が存在する。その上位の鬼が使う技を血鬼術という。
心地よい夢
迫力のバトル 夢の世界を振り切り現実を受け入れて進む
原作漫画は読んでいません。
近々、無限城編を我が子と鑑賞予定のため、きめつの世界を予習しようとこちらを鑑賞しました。
展開は早くサクサクと戦闘に入っていきます。
前半の電車鬼編は、夢を見させて精神世界をはかいするんだとか。三段階に変形していき見応えがありました。
夢の中で生前の平和だったころの家族が揃うたんじろう、夢だと気づいて夢から出るのは嫌だけれど振り返らず、現実を受け入れて前へと進む姿は素晴らしかったです。そんなたんじろうの精神世界は清らかな天国のような世界でした。
一方黄色頭と猪頭の精神世界は真っ黒でした苦笑
そんなクスッと笑える場面もありながらの後半戦は、上弦の鬼あこざが現れて。
続編が有ることを匂わせます。
ラストあこざに向かって叫ぶたんじろうの台詞は仲間思いの感動の台詞で涙を誘いました。
キャラクター設定、夢鬼の姿や変形、迫力あるバトルシーン、今のアニメ技術はこんなに凄いんだ!とリアルな映像に感心。大人もハマる素晴らしい映画でした。
急に出てきた煉獄さんが目がほとんど動かず見開いたままで、お話もaiっぽい話し方で噛み合わず、キャラクターに慣れないうちにサヨナラとなり、感情移入出来ない所もありました。
夢鬼の最終形態があこざというわけでも、夢鬼を使っていたのがあこざというわけでも無く、夢鬼とあこざが脈絡無く連続して出場して漫画読んでないと良く分からない部分もありました。
いろいろすごい。
この圧倒的な作品を超えていけ。
煉獄さんが残したもの
あらすじ
無限列車で乗客が次々と行方不明になる事件を追って、
炭治郎、善逸、伊之助の三人は鬼殺隊の柱・煉獄杏寿郎とともに列車に乗り込む。
眠りを操る下弦の鬼との戦いを乗り越えた先に、
上弦の鬼・猗窩座が現れ、煉獄と炭治郎たちは極限の戦いに挑むことになる。
感想
久しぶりに無限列車編を見返したけど、やっぱり煉獄さんがいい。
熱くて真っすぐで、何より後輩たちへの眼差しがあったかい。
炭治郎、伊之助、善逸が慕うのも自然で、あの場にいてくれるだけで安心感があるように思えた。
下弦の鬼との戦いは振り返ると霞んでしまうほどで、
そのあとの上弦の鬼・猗窩座との戦いに気持ちを全部持っていかれた。
煉獄さんの言葉と背中が残してくれたものが大きいからこそ、
ここから先の炭治郎と猗窩座の因縁がどう続いていくのかもまた気になる。
あらためて!展開がわかってるのに心が燃える!!!
列車の閉塞感と、敵のZOCが良かった🚃
台詞回しが苦手で、TVシリーズは過去に序盤で2回場接しました。列車の閉鎖空間の怪しい感じと、敵のZOCにいて絶対絶命な感じは良かったです。後半は普通のジャンプのバトルものという感じでした。技名が〇〇の呼吸(ラマーズ法かな)、〇〇の型、とかダサい気がしますが、一周回って何か良いような感じもして来ました。JKと話題を合わせる為なら、観るかなと言う感じです。
60代オヤジが「鬼滅の刃」への想いを語る!
日本国内で歴代興収ナンバーワンの作品。いや〜、やっぱり何回見ても面白い!
公開当時は、ちょうどコロナも収まりかけて、外出したいなって思ってた時の、ほぼ単独の話題作公開だったから、タイミングも良かったんじゃないかくらいに思ってたけど、そればっかりじゃないね。 何度観ても楽しめる作品でした。
とにかく、自分もテレビアニメではまって、この後の作品もしっかり見続けてます。
何しろ、アニメの画像が綺麗で迫力満点なんで、先ずこれで楽しみたいと原作も読んでません。
新作公開にあわせての劇場版のテレビ放映、久しぶりの鑑賞でしたが、全く見劣りせず、新鮮な気持ちで楽しめました。ストーリー、展開も分かっているのに、ハラハラドキドキ、ワクワクの連続のうえに、ジワ〜っとくる場面もある。
ホンっとスゴイ一本です。
さて、本編ですが、 列車の中という限られた空間での事件。
丹次郎やねずこ、善逸、伊之助のレギュラーメンバーの大活躍は勿論ですが、ここに最強の剣士、柱の煉獄さんが絡んできて、手に汗握る大迫力のアクションシーンが展開します。
また、夢を操る鬼の攻撃がエグい。苦悩する丹次郎が切なくて、切なくて・・・。 失ったものが目の前に戻ったら・・・今度は自分から離れていかなければならない・・・いや〜、ホンッと切ない。
話は変わりますが、この作品、音楽が絶妙のタイミングで流れてきます。ここぞって時に、バッチシのサウンド。ラストの「炎」がまた、最高です。メッチャ、余韻に浸れました。
【ネタバレ】
(以下、公開当時に書いたレビューからの引用です。)
それにしても、あの最後には、驚きでした。
煉獄さんって、一番強い剣士じゃなかったんですか?まさか、こんな結末が訪れてしまうなんて。
テレビシリーズで見かけたときには、実にインパクトの強い人で、今後の展開に大いに絡んでくると思ったんだけど・・・
結局、この作品は煉獄さんメインの一本だったんですね。 そして、この経験を得て、丹次郎達がまたひとつ成長していく。
興奮覚めやらぬまま、あれもこれもと、想いが募リましたので、書き綴りたいと思います。
まず、幼子のねずこがメチャ可愛い。皆が寝てしまったピンチに起きて、何するかと思えば頭突きで出血。困った顔がまた可愛い。
なんて思ってたら、本格的に鬼の攻撃が始まって、人々を助けるために豹変するところがメチャカッコいい。
ところが、敵もさるもの。ねずこ、大ピンチ! ってところに、稲妻の如き善逸の登場!これまたメチャクチャカッコいい。豹変するところが魅力のキャラだけど、ずっと寝てればいいのにって思うくらい。
夢から目覚めるために自らの命を断ち続ける丹次郎。現実と夢の狭間がわからなくなって、あわや!ってところで助ける伊之助がまたカッコいい! まぁ、普段のうるさい伊之助は、はっきりいってウザイってくらいに嫌なんだけど、このときばかりは見直しちゃいました。良いよ、伊之助。
ただ、今回、鬼の方はドラマが無かったけど、原作でもそうなのかな?
夢を操って精神的に攻撃したり、列車と融合するメチャクチャ難敵だった。一矢、報おうとする最期になんか有りそうだったけど・・・
クライマックスに闘う上弦の鬼もどうなんだろう。戦闘能力が高くて、強いってのは解ったけど、最後の不様なこと・・・。
せめて、あそこで死んでほしかったな。煉獄さんが不憫で・・・。
これで、しばらくしたら、またあんなことがあった、こんなことがあったなんて思い出しそうなほど、印象深い作品でした。ホンッと最高です!
(追記) いよいよ始まる無限城編。壮大なクライマックスに期待もどんどん高まります。
まぁ、自分的には実写版も見てみたいって想いがあるんだけど・・・
出来たら出来たで、良くも悪くも、きっと叩かれるだろうな。
いつ観ても感動
何回も観ているがテレビでやってたので、久々の鑑賞。
煉獄さんが亡くなる所でるかさん(お母さん)に自分のやってきたことを問いかけ、褒めて貰った後の顔がそれまでの柱の顔から子供の顔になるところがなんとも切ない…何回見ても泣けてくる。
映像美もキレイで来月から始まる新しい映画も物凄く楽しみ😊😊😊
まだ序の口
鬼滅の刃は2016年週刊少年ジャンプ連載、テレビアニメ化もされ単行本の累計発行部数は、2021年2月時点で1億5000万部を突破、劇場版の本作は興行収入は404.3億円、日本歴代興行収入第1位(2025年6月時点)、全世界の興行収入は517億円、観客4135万人を動員し、「世界最高の興行収入の日本アニメ映画」としてギネス世界記録に認定という凄まじい人気話題作。
個人的には子供向けなのに刀を振り回して飛び散る血の雨の惨劇の連続だからちょっと疑問には感じますが、こんな大作を平凡なおじさんが評価するなんて恐れ多くて何も書けないというのが本音です。
鬼の妖怪が列車を襲い200人の乗客を守るために乗り込んだ鬼殺隊の面々が奮闘するホラーの様な凄まじい戦闘劇、「下弦の壱」眠り鬼・魘夢は何とか倒したものの「上弦の参」猗窩座出現で火柱の煉󠄁獄さんは殉職、鬼は一杯いるのだから一話完結で退治してくれればいいのに残念。何しろ205話迄ある長編だからまだ序の口でした。
何度でも勝ってくれと応援する
妹を救うため・・・‼️
今年の7月から劇場版第二弾である「無限城編」が三部作で公開される予定との事で、またまたお祭り騒ぎが予想される「鬼滅の刃」シリーズ‼️恥ずかしながら一作目を未鑑賞だった私‼️原作漫画はもちろん未読ですので、TVシリーズ26話をまず鑑賞し、今回のリバイバル上映に臨みました‼️大正時代の日本を舞台に、人間を襲い喰らう鬼を倒すため、そして鬼に変貌した妹を人間に戻すため、鬼狩りの道を進む主人公・炭治郎の姿を描く‼️主人公の炭治郎はじめ、妹の禰󠄀豆子、仲間の善逸、伊之助のキャラ立ちが見事だと思いますし、物語の根底にある仇討ちとか、妹のために、家族愛、友情、師弟愛、そして鬼退治とか、どれも日本人の琴線に触れるモノばかり‼️加えて今回の劇場版は舞台が列車、いつでも列車は映画の素晴らしき舞台‼️鬼の造形も、ここまで来るとモンスター映画の趣向ですね‼️そして今作の主役とも言うべき煉獄杏寿郎の魅力‼️鬼殺隊の最強の剣士「柱」のひとりである彼の凄まじい強さ、そのソードアクションはかなり見応えあります‼️それだけでなく、父と母との絆を描く人間ドラマも深いですね‼️それだけに杏寿郎のラストは胸がアツくなります‼️結論として今作は映画としてかなりの秀作なわけですが、それはTVシリーズの鑑賞ありきでの話‼️それぞれのキャラがしっかり描かれたTVシリーズを鑑賞することで、この劇場版もかなり胸に迫る作品であることに間違いはありません‼️ただ原作も読まず、TVシリーズも未見で、日本における歴代興収No.1の触れ込みに釣られて今作だけ鑑賞した場合、かなり置いてけぼりを喰らう可能性が・・・‼️
日本人の琴線に響く作品
2020年〜2021年にあれほど観たのに、再上映にすでに3回も来てしまった。遊郭編が始まるまでまた来るだろう。
なぜこれほどまでに何回観ても色々と深く考えさせられる作品なのか。
まずはセリフに哲学があるから。帰宅してマンガでセリフを確認すると、やはりほぼそのままである。
煉獄杏寿郎の弟への言動は、泣きたい時に自分より弱い存在を笑顔で励ました経験のある者ならば痛いくらいに分かるだろう。
しかも杏寿郎は弟に一切嘘は付かない。でもお前は俺とは違う、お前には兄がいると励ます。
これは出来そうでなかなか出来ない事なので杏寿郎の思いに毎回考えさせられ、引き込まれる。
なぜ煉獄杏寿郎はこのような生き方になったのかという問いに、ラストは強烈に答えを出す。
かつて日本人の母はこうであった。
上に立つ者とはどうあるべきかという世の中へのメッセージ性も強く、母の言葉は人の生き方を示す。
鬼にならないか? 何度も何度も問われる。
人は人生の中で、鬼への道に落ちそうになる出来事に何度か見舞われる。
人は切羽詰まる時に、言葉は違っても鬼のような生き方に誘われる時がある。
今だけ金だけ自分だけ等の言葉が流行る令和の世の中には、鬼になってしまった者がより競争して強くなる事だけを望んでいる。
一方、死の淵にあっても鬼になれとの誘いを即答で断り、人としての生き方を貫く姿は美しい。
何度観ても、人間とは本来こうあるべきだとのメッセージに打ちのめされる思いになる。
人は現実から目を背けて都合の良い夢を見たいものとのセリフにも、今の日本人には耳が痛い。
幻想の中で生きていると、いつかどん底に突き落とされる。
辛くても炭治郎のように、俺はもう失った!と振り返らずに前に進むしか人として生きる道はない。
何度も何度も夢から覚めるために自分を切るという覚悟に胸を打たれる。
他にもすべてのキャラクターに背景が見えて共感が出来てしまう。映像の素晴らしさはもちろん、音楽が感動を盛り上げる。
でも何よりもこの作品の一番素晴らしいところは日本人が本来持っていた美徳や哲学を思い出させてくれるところだろう。
なので、ここから先は特典が無くとも観る人は観るだろう。不況やインバウンドで旅行は行かないので、今年は鬼滅で楽しもうと思う。
時々見て己の芯を叩き直すと良い
コロナ禍中の公開時に4~5回見てボロ泣きして、今回のリバイバル上映で久しぶりに「今でもまだ泣けるかな~?」とまた見てみました。最初の頃ほどではないけれどやっぱり泣けますね。
毎度毎度の涙腺崩壊スポットは、家族が変わらず生きていて貧しいながらも賑やかに幸せに暮らし続けている夢を見ていた炭治郎が、幸せな光景への断ち切り難い思いを抱えつつ、本当なら、本当ならと苦悶しながら覚醒しようとする姿。ヤバい、思い出しただけでまた涙が。
また、性格の悪い魘夢に今度は家族が殺されて血まみれになった姿で炭治郎に怨み言をいう夢を見せられて、これ、炭治郎にとってはものすごい後悔を、痛いところを突かれていたと思うんですが、そこでうちひしがれることなく、「俺の家族がそんなことを言う訳ないだろう!俺の家族を侮辱するなー!!!」と憤怒に変えられるところが、炭治郎の強さだよなと思ったり。
各々の夢の中で善逸が禰豆子ちゃんとデートしてたり伊之助がボスとして洞窟探検隊を率いていたり、その一方で夫々の深層は真っ暗闇で侵入者を襲っちゃったりってあたりは笑えました。煉獄さんは夢も深層もちょっとキツいけど。
禰豆子ちゃんの私頑張ったでしょほめて~撫でて~の仕草は可愛かった!
ただ、魘夢との戦いの場面はちょっと間延びも感じます。マイナス0.5はそれに対して。
後半の煉獄さん対猗窩座はつくづくBGMがカッコいいですね。
亡き母に言われた「人よりも多くの才に恵まれた者は、その力を世のため人のために使わなければ」「弱き人を助けることは強く生まれた者の責務」を守って戦い続ける姿には、真の誇り高さを感じます。
日頃拗ねてだらけてぐにょり~んと捻じ曲がった己の芯がまっすぐ矯正される思いです。
うん、この映画は時々見て、曲がった自分の芯を叩き鍛え直す槌とすべきです。今回のレビューで言いたいことは以上。
次作も観に行くしかない‼︎
最新作の公開を控えリバイバル上映が行われている。この作品は当時公開時にも視聴し感動した名作。その後、家でも再視聴したがその時も涙した。その煉獄の台詞の一言一言が心に響く、いや心につき刺さる。最大の名言は『こころを燃やせ!』である。まさしく我々一人ひとりに訴えかけている。こんな作品を魅せられては次作も観なくてはならない。それもIMAXで。
このアニメはTV版もレベルが違う。まさに"レベチ"なのである。TVとて手を抜いていないのだ。あらためて日本アニメの至宝の素晴らしさが全面に出た作品。
原作も素晴らしいが絵が私のタイプでは無かった。しかしアニメは違った。この作品をより昇華させ、より高みへと押し上げている。この作品に対する全てのスタッフの熱意を「ヒシヒシ」と感じるのだ。
エンドロール後に次作映像が出るので最後まで立たないで下さい。。
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