劇場公開日 2020年1月18日

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オルジャスの白い馬 : インタビュー

2020年1月16日更新

森山未來、シルクロードの交差点カザフスタンで挑んだ海外初主演作を述懐

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森山未來主演、日本・カザフスタン合作「オルジャスの白い馬」が公開される。日本から俳優としての参加は森山ただひとり、事前にカザフ語でのセリフを習得し、現地での撮影に挑んだ。日本とは異なる映画製作現場と、「プライベートで再訪したい」と語るほど引きつけられた同地の魅力を森山に聞いた。(取材・文/編集部 撮影/松蔭浩之)

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父を亡くした少年オルジャスと、彼の前に突然現れた正義感の強い男カイラートの交流を、全編カザフスタンロケで詩情豊かに描いたヒューマンドラマ。森山にとって海外作品初主演作となる。秘密を抱えた異邦人、カイラートを全編カザフスタン語で熱演した。

オファーを承諾した決め手は「両監督とも仕事をしたことなかったですし、台本も仮決まりでどんな映画になるかわからなかった。でも、日本・カザフスタン合作なんて聞いたことがなかったし、僕自身中央アジアに興味があって」と明かす。「これまでヨーロッパや中東で仕事をしましたが、行ったことのないカザフスタンには、どういう人が住んでいて、どういう自然との関わり方があって、どんな文化が発展しているのか。純粋にそれを知りたい、という気持ちが強かったです」と未知なる土地への好奇心が、自らへの挑戦を促した。

竹葉リサ監督、エルラン・ヌルムハンベトフ監督の2名がクレジットされているが、日本からは森山と竹葉監督のみ、ほぼ全員がカザフスタンのスタッフという環境だった。主に現場の指揮をヌルムハンベトフ監督が執り、竹葉監督が編集に関わるという分担で進められたそう。映像作品以外でも、演劇、ダンスとジャンルの枠や国境にとらわれない活躍を見せる森山。今作では劇中のセリフはカザフ語のみ、見事な乗馬も披露している。

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「物語の舞台となる土地の人間にとっては、僕は異邦人。カザフ語は話すけれども、どこからやってきて、どこに去って行ったのかはわからない。そこがポイントだなと思うので、現地の人々の居住まいや所作にはこだわり過ぎないようにしました。もちろん、セリフは勉強しましたが、フィルムの中で何かをしよう、という意識はあまりなく、いるだけでいい、そういう意識で演じました」

「竹葉さんも仰っていますが、ストーリーよりも情感を大事にする感じ。もともとの脚本はもっと時代設定や時系列の説明があって、その説明のセリフの中で匂わすものはあったのですが、それを現場や編集で全部切っていった印象があります。より普遍的な、それぞれの存在が醸すものだけで、人間のコンポジションを成立させるように作っている。それがエルラン監督の映画の特徴とは全然違うなのかなと」

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「日本人には“あうん”や、間がすごく大事だと思うんです。何も言わず、一見何も起こらない、誰かと誰かが対峙してる時間、それが許される空気があって、映画だけではなく、生活にも浸透している。けれど、ありとあらゆる文化的背景や民族が違う人が集まっているような国でそれは通用しなくて、単に何もない時間としてしか捉えられないから、どうしてもテンポが早くなったりする。それはもの作りにも影響していて、海外で関わった舞台やダンス作品でも余計な間は要らない、という雰囲気を顕著に感じました」

「でも、カザフスタンの映画、この作品に関して言うと、“あうん”とは違う、不思議な空気感がありました。それは人と人との間にあるのではなくて、人とその後ろにある自然に対して委ねられているような。僕が寡黙な設定ということもありますが。カザフの人たちはみんなエネルギッシュで、タフで臨機応変だけれど、この映画で表わそうとしているものはもっと、そぎ落とされているものでした。向き合っているものが人間ではないという感じが、表情などに出てくるのかなと思います」

また今作では、撮影監督が画を決めるという過程を目の当たりにした。「もちろん監督と相談はしていますが、その現場に立ったときの画作りは、ほぼ撮影監督に委ねられていました。ストーリーに準じて撮りますが、それをどういう風にどのくらいのアングルで撮るかは撮影監督が決めて、そこに向かって技術、美術が動き、画も動いていく。それはヨーロッパのシステムだと思います。あとは、(撮影の)テストがありませんでした。現場に入って、役者に動きを一通り説明したら、後はそのまま撮って行く。カットをかけないときもありました。それは(英国人のバーナード・ローズ監督による)『サムライマラソン』も(デンマーク・日本・ノルウェー合作)『MISS OSAKA』もそういったやりかたでした。俳優がそういうメソッドを勉強しているということが前提にあるからということもあるのなんでしょう。どちらも僕は楽しんでやりました」

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中央アジアが舞台の作品といえば、昨年黒沢清監督、前田敦子主演でカザフスタンの隣国ウズベキスタンで撮られた「旅のおわり世界のはじまり」が記憶に新しい。ともにシルクロードの交差点と呼ばれる国を舞台にしているが、全くタイプの異なる映画だ。「ちょうどこの撮影をしている最中に、隣の国で黒沢清さんが映画を撮ってるって聞いて。あっちゃんやら、(柄本)時生や(染谷)将太が、みんな日本人の設定でウズベキスタンにいるのに、俺はひとりで何をやってるんだ?ってふと思いました(笑)」。ストイックな表現者である森山らしい設定だと記者がフォローすると、「いやいや、俺が決めたわけではないから…一瞬寂しくなりましたよ(笑)」と本音も吐露。

日本とは大きく異なる環境での撮影だったようだが、プライベートで再訪したいほど魅力のある国だったと振り返る。「日本にいると海外といえば、まず北アメリカやヨーロッパに目を向けがち。けれど、アジアの方を見ると、カザフスタンは地理的にも西洋と東洋を繋いでいて、多様性に満ち溢れています。交通の要所としても大事な場所。チャイナタウンやコリアンタウンがあるとか、そういうのではなくて、東アジア系、スラブ系、ヨーロッパ系、中東系…といろんな方が混ざっている。例えば、僕みたいな顔で青い目を持っていたり、その逆のような感じがあったり。いろんな歴史的背景もあってこういう場所が出来上がったんだと思いますが、アルマティという大きな都市に行ったとき、それがいちばん印象的でした。日本は地理的には端っこに位置していて、様々な文化のある種の到達地点だと感じますが、あそこは、僕にとってはいろんな文化の間(あいだ)にあって、同等に交わっているように見える。それがすごく面白く、魅力的な場所として映っています。行かれると不思議なカルチャーショックを味わえると思います」

今作では、ひとりのアジア人として作品の中に存在した森山。カザフスタンの壮大な自然と躍動感溢れる遊牧民の生活、そしてミニマムなセリフで人間の心の機微を掬い取る、豊かな映画を是非スクリーンで堪能して欲しい。

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