星屑の町 : インタビュー
何があっても、自分を信じる――のん、6年ぶりの実写映画で選んだのは「威力のある役」
女優・のんが「海月姫」(2014)以来となる実写劇場映画の世界に帰ってきた。ヒロイン役に抜擢された「星屑の町」の杉山泰一監督から告げられた「台風の目になってほしい」という言葉を胸に秘め、のんはスクリーンの中で躍動してみせる。名優たちと丁々発止の掛け合いを披露し、歌って、踊って、物語に華を添える。銀幕スターとしての輝きは、6年というブランクにも関わらず、全く色あせていなかった。(取材・文/編集部、写真/間庭裕基)
原作となるのは、水谷龍二、ラサール石井、小宮孝泰が結成したユニット「星屑の会」による人気舞台「星屑の町」シリーズ。地方回りの売れないムード歌謡コーラスグループ「山田修とハローナイツ」の悲哀を描いており、舞台版のオリジナルキャストである大平サブロー、ラサール石井、小宮孝泰、渡辺哲、でんでん、有薗芳記、菅原大吉、戸田恵子が続投している。
のんが演じることになったのは、田舎町で歌手になる夢を抱いているヒロイン・久間部愛。オファー当時、のん以外のキャスティングは決定済だったようで「素敵な名優の皆様の中に入っていけるということが、すごく嬉しかったんです」と振り返る。「(脚本は)素敵な喜劇だと思いました。キャスティングを知ったうえで読むことができたので『この役をでんでんさんが演じるんだ!』『戸田さんが、このセリフを言ったら格好良いな』と想像を膨らませていたんです。(思い描く光景が)とても楽しそうで、是非やりたいと思ったんです」と話す一方で、映画版オリジナルキャラクターとして、完成されたチームに加わることへの重圧もあった。
のん「舞台版で長い時間をかけて星屑の町を支えて、作品のことを熟知されている方々の中に入っていかなければいけなかったので、とても緊張しました。でも、皆さんが本当に優しくて、フランクに接して下さいました。控室で待機している光景は、まさに“ハローナイツ”のようで、そのまま映像として切り取っても面白いほどだったんです」
愛が「ハローナイツ」に“新参者”として加入するという設定も支えとなり、「星屑の町」チームに溶け込んでいったのん。物語冒頭のシーンでは、親しみのある岩手県・久慈市での撮影にも臨んでいる。彼女をまるで親戚のように出迎えた久慈市の人々。短期間の撮影だったが、思い出深いひと時となったようだ。
のん「海側の久慈は知っていたんですが、山の方の土地は足を踏み入れたことがなかったんです。今回、新たな久慈の一面を知ることができました。初めて出会う方々ばかりだったんですが、『のんちゃん』と呼んでくれて、温かく出迎えてくださったんです。初めて会った気がしないくらい“知った者同士”という感じで話しかけてくれたので、気持ちがほぐれましたし、本当に居心地がよかったです」
昭和歌謡の名曲が劇中歌として使用されている「星屑の町」。リアルタイムで慣れ親しんだ人々には勿論のこと、歌詞の字幕が映し出されるため、これまで聴いたことがない世代でも充分楽しめる仕上がりだ。のんは、本作への参加で初めて昭和歌謡の魅力に気づいたようで「(曲に)歌い手の魂、人生が込められているんです。1曲ごとに研究していくと、細かなテクニックが積み重なっていることがわかりました」と分析。「恋の季節」「ほんきかしら」、舞台版で歌い継がれてきた「MISS YOU」、映画オリジナル楽曲「シャボン玉」を歌い上げたのんに、印象的な楽曲を尋ねてみた。
のん「全ての楽曲が難しかったんですが、あえてあげるとすれば、藤圭子さんの『新宿の女』。弾き語りでしたし、愛ちゃんが初めて歌を披露する曲だったので、特に難しかったです。藤さんはこの曲を18歳でリリースされているんですが、歌詞も素晴らしくて、歌声も大人のイメージ。これを10代で発表しているなんて……。愛ちゃんは子供っぽい一面がある子なんですが、この曲だけは『無邪気には歌えない』と感じていました」
愛が「新宿の女」によって初めて歌声を響かせる場面では、「ハローナイツ」のメンバーだけでなく、観客にも才能の片鱗を感じさせなければならない。ギターをかき鳴らし、歌い始めるのん――その歌声には説得力がある。杉山監督は、筆者が現場取材に訪れた際に、こんなことを言っていた。「起用の要因のひとつは、のんさんの歌手活動。彼女が歌っている姿を見た時、昭和歌謡を歌わせたらしっくりくるんじゃないかと思ったんですよ」。杉山監督の選択は、正しかったのだ。17年から歌手活動をスタートさせているが、のん自身にどのようなメリットがもたらされたのだろうか。
のん「女優の仕事は、監督と話し合い、脚本を読み込んで“映像の中の役を演じる自分”というものを考えていく作業です。一方で、音楽は主体性が問われていて“自分のまま”ステージに立たなくてはいけない。この“自分のまま”でいることの重要性が強くなったという思いがあります。以前までは、自分が口下手だというのをあまり気にしたことがなかったんですが、曲を作ることで“自分の言葉”で伝えたいという気持ちが溢れるようになりました。『自分自身を見せたい』『どういう感情を抱いているのか』――個人として言いたいことを、しっかりと言葉にしていきたいと考えるようになりました」
この考えは、愛の内面にも通じる部分がある。夢を叶えるために上京した愛は、東京で挫折し、地元に戻ってきたという過去を抱えている。しかし、愛は歌い手としての夢を諦めず、しっかり「ハローナイツに入りたい!」と言葉にし、その主張が活路を開いていく。「自分自身に強気な部分が似ていると思いました。私も、何があっても、自分を信じるという気持ちが強いんです」と語るのん。彼女と話しているうちに、更なる強みを感じた点がある。それはセルフプロデュース力だ。
のん「私は、自分の出演が“威力”になる作品に参加していきたいと思っているんです。観客の皆さんに驚きを与え、『やっぱりこの役を演じて正解』と思ってもらえるようなもの。そういう意味では、今回の愛ちゃんは“威力のある役”だと思ったんです」
自身の魅力を明確に理解する――女優としてのあるべき姿だ。「私、自分のことが大好きなんです。小さい頃は、鏡ばかりを見続けている子でした(笑)。自分がどんな顔をしているのか、ここは好き、ここは嫌と考え続けていました。(自分の魅力に対して)最初から自覚的であるべきだなと思っていたんです。役柄とすり合わせていく作業でも、自分と役が共鳴し合って、魅力を膨らませる。そういう役作りをしてきました。役と重なっている部分、振り切って演じなければならない部分――そういうことを考えながら、芝居に打ち込むのが合っていると思っているんです」
のん「コメディが好きなので、今後もどんどん出てみたいと思っています。それとアクションにもチャレンジしてみたいです。DCやマーベルみたいなスーパーヒーローもの! 海外作品にもチャンスがあれば出てみたいです。自分が出演する“意味”がある作品であれば、何でも挑戦していきたいと思っています」
のんの前向きな言葉を聞いているうちに、心によぎった光景があった。いわて銀河鉄道線・小鳥谷駅をロケ地としたシーンである。カメラは列車内に固定され、駅のホームにのんがいる。発車とともに、手を振る彼女は後景へと遠ざかっていく。立ち止まったのんをその場に残し、カメラが離れていった――何気ないひと幕だ。現実にはあり得ないと思いながらも、こういう夢想を抱いてしまった。実は列車も、カメラも動いてはおらず、のんが世界を伴って前へ前へと“進んでいた”と。のんは、好奇心を原動力に“今”を駆け抜けている。立ち止まっている暇はない。これからも、その背中を追いかけ続けなければならない。そう決心した。